弾け散れ、純愛
@zamasu
短編
【十年前、王女八歳の誕生日会にて】
「モアウィ王女、愛しております」
「ダメよ、キューカンバ。あなたが王に近しい貴族の長男とは言え、私は隣国の王子と結婚することが決まっているのよ」
「でも、僕たちは愛し合っている!」
「ええ、その通りよ。でもこれはお父様をはじめとする国の指導者たちが決めたこと。とても逆らえないわ」
「王女、王様は言ってましたよね。魔王を倒したものの望みは何でも叶えると」
「あなた、まさか…………」
「私が魔王を倒し、王女をお迎えに上がります!」
「そんなの危険すぎるわ! 国王直属の騎士団が大勢の冒険者を率いても、その住処(すみか)にすらたどり着けなかったというのに……」
「僕はまだ八歳ですが、これからきっと強くなります。そして世界最強の戦士として魔王を倒し、あなたと結婚して見せる!」
「キューカンバ……」
【現在、王女18歳】
「何としてでも城への侵入を阻止しろ! やつを絶対に王女に近づけるな!」
王直近の大臣が衛兵たちに怒鳴りつけるのを、モアウィ王女は城の高層にある自室の窓から眺めていた。
「彼はきっと来るわ……約束、したんだもの…………」
突然、城の正門が勢いよく、衛兵たちを吹き飛ばすとともに、開かれた。
「王よ! 約束が違うぞ! 私は魔王討伐の褒美として、モアウィ王女との結婚を望む!
決して王の座などいらない! 私が欲しいのは愛する人と過ごす安寧の日々だけだ!」
広間に入る巨大な扉の前から勇者キューカンバを見下ろす王、チョベリグ。
王が手で合図をすると、どこからともなく大人二人分ほどの巨体の戦士が地面に着地した。
戦士はキューカンバの正面に仁王立ちし、名乗った。
「我が名はフナッチー! 王国騎士団、最強の大隊長にして、貴様の横暴を止める者だ。
勇者よ、自らの過ちに気づき給え!」
「約束を裏切ったのはそちらである! 私は何としてでも、王女のあの美しい瞳に再び映って見せる!」
「ならば、力ずくでも阻止させてもらう!」
「望むところだ!」
フナッチーが斧を両手に持ち、勇者キューカンバに襲い掛かる。
キューカンバは来ていたマントを脱ぎ棄てると、右手を正面に向かってまっすぐに伸ばし、叫んだ。
「スキル! アルティメットサンダーバースト!!!」
すると一筋の閃光が大隊長に向かって走り、斧を貫通したのち、その所有者にも直撃した。
次の瞬間、ギラギラと白光りする半球がキューカンバを中心にして拡大し、あたりを包み込み、爆音を響かせた。
土煙が去ったあとの光景は、はっきりとした状況の変化を示していた。
半球の中にいた者たちは勇者キューカンバを含め、全員が全裸である。
布製の衣服はもちろん、あらゆる金属製の防具や武具などの装備までもが分解され、塵と化していた。
これが、勇者キューカンバがあらゆるモンスターとの死闘の末手に入れた、伝説のマジックスキル、アルティメットサンダーバーストの力なのであった。
閃光に導かれた光の帳(とばり)は、その中に立っている発動者以外を強力な魔力により、攻撃、無力化させるだけでなく、倫理観からも解き放つのだ。
(ただし、倫理観から解き放たれるのはスキル使用者本人もである。)
勇者キューカンバは、その場にひれ伏すようにして倒れる騎士団員たちの間を歩き、王の前に立った。
「王よ。一国の権力者ならば、意地でも自らの言葉に従ってみてはいかがなのですか?」
「ならん、ならぬのだ。たとえこの座を奪われようとも、愛する娘を貴様のような変態の妻とするわけにはいかんのだ」
キューカンバは深く息を吸い、言った。
「王よ、人は私を勇者と呼びます。あらゆる苦しみを与えた魔王から、この世界を解放したからです。
しかし、私はただの人間だ。
王女を愛する気持ちの前では、人々の言う気高い意志も、民を思う優しさも、森に埋もれる一握りの砂と変わらないのです。
むしろ、それらを有し、人々に分け与えようというあなたの前では、私は本当にただの一人の男に過ぎないのでしょう。しかし————!」
王はビクリと体を小さく動かし、勇者を見つめる。
「私は彼女を愛してしまったのです。彼女の心に、己の全てをゆだねてしまったのです。もう、私は愛に……囚われているのです」
「くっっっ——」
「王よ、私の愛は本物です。どうか、王女との結婚を認めてはいただけないでしょうか?」
王は静かに目を閉じる。
自分の中に感じるのは恐怖だけだった。
公衆の面前で、全裸になるわけにはいかない。
人として、男として、王としての威厳がある。
騎士団が全滅した今、自分一人でこの魔王を倒した男に抵抗してもどうにもなるまい。
王は覚悟を決めた。
「さらっていけ。私は貴様と王女の結婚は絶対に認めん。これは一国の主としての明確な言葉である。だが——」
王はキッとした目をして言う。
「愛と言う暴力には、王であろうと勇者であろうと、何者であろうが、かなうはずはないのだ」
「王よ…………」
勇者キューカンバは王の横を駆け抜け、王女の部屋を目指した。
王の瞳から流れる、一筋の涙を尻目に。
「キューカンバ!!」
「王女——」
王女は勇者に抱きつく。
「もう、名前で呼んで……」
この瞬間、キューカンバの精神は限界を迎えた。
心が、愛によって完全に支配されたのだ。
精神の波長はキューカンバの心臓に伝わり、スキルを含むすべての能力の根源である、生命の核にたどり着いた。
そして、その時をもって核は崩壊した。
勇者は王女のことをしっかりと抱きしめ、答えた。
「愛してるよ、モアウィ」
二人を包み込むすべては、弾け散った。
もう、二人を縛るものは何もない。
二人がただ、隣で生きているだけなのだ。
弾け散れ、純愛 @zamasu
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