爺さんが山でケモミミ少女を拾ってきた

@zamasu

短編



「帰ったぞ~」


「あ、じいちゃん。おかえり」


 俺は台所からひょいと廊下に顔を出し、玄関に目を向ける。


 大学を中退した俺は実家にいるのが気まずいので、じいちゃんが一人で暮らしていた家に居候している。

 じいちゃんは最近ボケかけてきているらしく、その面倒を見る目的もあった。

 しかし、実際一緒に暮らしてみるとじいちゃんの頭は全然はっきりしていて、今日も元気に山に山菜を取りに行っていた。


 台所にやってきた農作業用の服装をしたじいちゃんが肩に積もった雪を払いながら、冷蔵庫から牛乳パックを取り出す。


グラスもコップも取ろうとしないので俺は問いかけた。


「じいちゃん、パックごと飲むの?」


「んにゃあ、実は腹を空かせて倒れておった真っ白なオコジョがおってな。

 かわいそうだったから今玄関の前まで連れて帰ってきて、縄でつないでおるんだ」


「まーた動物拾ってきたの?

 こないだもタヌキ連れてきて、なついちゃったから山に返すの大変だったじゃん。

 てか、オコジョってイタチの仲間のやつでしょ?

 たしか、絶滅危惧種かなんかじゃなかったか?」


「んにゃあ、空腹で苦しんでおる動物を見ると放っておけなくてな。

 戦後すぐ生まれて腹が減っていた子供のころの自分と重ねてしまうんでの。

 そういうわけでお前、このミルクを外にいるあの子にあげてきてくれんか?」


「ったく、しょうがねえなあもう……」


 俺は、この家で昔飼っていた犬が使っていたプラスチック製のボロボロになった皿と牛乳パックを手にして、玄関に向かう。


 ため息とともに玄関の扉を開くと、そこには少女が縄につながれたままでしゃがみこんでいた。

 そしてよく見ると、少女というか正確にはケモミミ少女だった。

 白銀の毛皮とひらひらとした純白のドレスに全身を包まれたその少女は、くりっとした目をこちらに向け、呆然としていた。

 頭には真紅のバンダナが、腹には縄がついている。


 俺たちは見つめ合い、少しの沈黙が流れた。


 

 先に口を開いたのは、俺だった。


「SSRキターーー!!」


「人をレアモンスターみたいに言わないでください!

 誰が、スーパースペシャルレアですか!!」


 少女は目を吊り上げ、俺に怒鳴る。


「すみません、もしかしてケモミミ少女の方ですか?」


「街中で偶然芸能人に会ったから興奮してるけど、嫌な印象与えたくないから少し抑えめに確認するみたいなノリやめてもらっていいですか?!」


「自分のこと有名人って…………」


「あなたが先にSSRって言ったんじゃないですか!

 いいからその牛乳こっちに寄越してください!

 こっちは寒い中、全然車の通らない道でヒッチハイクしてた挙句に倒れてたんですよ!」


「なんだ、このやたら厚かましいケモミミ少女は」


「はやくしてください! こっちは腹ペコなんです!

 さもなくばあなたをご飯代わりに食べますよ!」


「えぇぇ……性的な意味で?

 さすがケモミミ少女……夢がある…………」


 すると、彼女は顔を真っ赤にして憤慨する。

「ケモミミ少女をなんだと思っているんですか!

 はやく牛乳ください!」


 俺はしぶしぶ、皿に牛乳を注ぐ。


「わー! なんてこと考えてるんですか!

 この家にはグラスも無いんですか!

 ただでさえ、縄でつながれているのにこれ以上どんなプレイを要求しようって言うんですか!

 性癖きつすぎますよ!」


「態度のでかい野獣だな」


「や、野獣!? 女の子になんてこと言うんですか! 山奥にいた毛皮のある少女と、野生の猪の区別もつかないんですか!

 もうそのままでいいので早くください!」


 俺は下等生物を見下す目で、牛乳パックを珍客に手渡す。


 すると、そいつは両手で牛乳パックを持ち上げ、ぐびぐびと飲みだした。

 腹ペコだったのは本当なのだろう。


「うぃぃーー」


 ケモミミ少女はおっさんのように腕で口元を拭い、満足気に声をもらす。


「金曜の夜、仕事終わりの一杯目みたいな感じで牛乳飲むのやめてもらっていい?

 ケモミミ推しの全オタクがむせび泣くから」


「なに変な幻想を抱いているんですか。

 なんなら、他のケモミミ少女はもっとワイルドですよ」


「それはそれで需要ありそうだな。

 ていうか、ケモミミ少女って自分のことケモミミ少女っていうんだ。

 その自己紹介なんか嫌だ」


「さっきから文句が多いですね。

 もっと謙虚に生きたらどうなんですか?」


「いや、お前には言われたくねーよ。

 てかもう、牛乳飲んだなら帰れよ。

 もう腹減ってないだろ」


「なっ! この卑怯者!

 相手が内気な乙女で弱みを見せないのをいいことに、私を追い払おうというのですか!

 本当はお腹が空いているのに! それを言えないだけなのに!

 成長期のケモミミ少女が牛乳ごときで満腹になるとでも?!」


「いや、さっき普通に腹ペコって言ってたじゃん。

 それにしても本当に厚かましいな。

 お前がケモミミ少女じゃなくて遭難した臭いおっさんなら、とっくに通報して猟銃かまえてるんだからな」


「ふっ、つまり所詮はあなたも私の美貌のとりこ、というわけですね。

 かわいいところもあるじゃないですか…………」


 俺は家の中に入り、玄関の扉を勢いよく閉め、鍵をかける。



「あーー!!! ごめんなさい!!

 調子に乗ってすみませんでした!

 このまま家まで帰るとなると、夜明け前に凍え死ぬので、どうか一晩の寝食を提供していただけないでしょうか!!

 なんでもしますからーーー!!!!」



 俺はドアチェーンをかけたまま、静かに扉を開く。



「今、なんでもって言った??」


「うっっっ!」


 ケモミミ少女はやってしまったとばかり、焦りの表情を見せる。


「言ったよね?」


「う、うあぅ……」


「ね?」



「…………は、はい」


 俺は一度、扉を閉めてドアチェーンを外し、再び開く。


「いいだろう。お前を今夜、うちに泊めてやる」


 腕を組んで見下ろしながらニヤリと笑う俺を、ケモミミ少女は魔王軍に捕まった女騎士のような目つきで、キッっとにらむ。


 彼女はごくりとのどを鳴らし、観念したように俺に問う。


「……その条件は…………?」



 俺は深く息を吸って、口を開く。


「一連の農作業、今月分の経理のまとめ、確定申告の用意、トイレ掃除、風呂掃除、一週間分の惣菜の作り置き、そして…………!!!」


「そ……そして…………?」


「お前の笑顔だよ」


「ダーリン!!!」



 このときのケモミミ少女が、今では俺の嫁だ。


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