第64話 一難去ってまた一難

 グアアアアアアア。


 目が覚めると、黄色と黒の縦じま模様。牙が異常に進化し、明らかに肉食獣を逸脱したような面構え。口を開いたはトラ型のモンスターだ。

 サーベルタイガーもどきといったものだろうか。


 僕を食らおうとしている体の中は何かがうごめいているようで不気味で、ぞっとして。


「ひいいいいいいいいいいいいいいい」

 とりあえず、にげませう。歯を食いしばって、前身のばねを利用して、飛び起きる。土のにおいと濃い樹木の匂いが僕の肺を満たしては、一気に抜ける。


「息を切らしながら、アラサーのサラリーマンの体力ってこんなにあるのかね」


 と、辺りを見回すと何か木の葉っぱのへりに立っていることに気付いた。

 下は虚空ともいえるほどの地上が大分下。


「アハハ……。こりゃあ、落ちたら死ぬよね。まず確実に」


 汗が頬をゆっくりとつたう。体はアドレナリンがドバドバ体から出ているのか、興奮している。充実した感覚。なぜか笑みがこぼれる。

 トラ型のモンスターがすでに僕の目の前にいる。

 しつこいねえ。

 僕をぴったり追ってきていて、隙が無い。逃げる以外のアクションをすればすぐに四肢から鋭い爪で殺せると思っているのだろう。明らかに獲物を追い詰める肉食獣といったところ。

 とはいうものの、獲物を前に舌なめずりをするわけではなく、じっくりと追いつめて、安全に捕まえようとしているといったところか。


 モンスターも僕も立ち止まっているが、それは単にどちらともが食うか食われるかで、隙を作れば均衡が崩れるのがわかっていて動けないだけ。

 追いつめられる自分。どうするか。うだうだ考えてもどうしようもない状況、なら。


「ま、どうにかなるよね。大体は」

 ふと、自分の何かが落ちる。動けば死ぬ状況なのに、体の震えが色々な意味で止まらない。呪紋を使おうにもそのタイムラグ自体を許さない程度の状態。

 

 そういえば、マオウたちは大丈夫だろうか。まあ死ぬかもしれない自分には関係ないかもしれないが。


 思考がそれた瞬間、トラのモンスターが牙をむく。

 しびれを切らしたか。僕を食らおうと前進してきた。


「このおっ!」

 呪紋を出す暇はない。だが、場所が悪い。

 左右に避ければ――それは爪の餌食。

 正面から突っ込み、スライディングで四肢の下を潜り抜けようと走る。

 そうはさせないと後ろ足を僕の顔に叩きつけようとするが――


「甘いねッ! ホントッ!」


 時間がほんの、ほんの一瞬だけ作られた。ラッキーな時間を左踝に込めて、筋肉の増強が走る。ピリッとする電力の流れのような幻痛。歯を食いしばり、トラモンスターの右の後ろ脚を掴む。


「どおおおおおっせいっ!!!」


 筋肉の力に任せて、モンスターの右の後ろ脚をヘリのがけの外めがけて投げる。


グアアアアアアアアアアアッ!


 悲鳴の声を上げたトラモンスターは重力に抵抗できず、虚空から地面へと落ちていった。


「何とかなっ、たな」

 息を切らしながら、僕は窮地から脱出したことをやっと、感じた。


 そして、周りを見渡す。

 崖の下の地肌がどうも、木のように見える。

 

「ここって、何かの樹木の上なのか?」

 

 これまた、ヘビィな状況だねえ。なんてこったい。


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