俺の異能バトルが上手くいかないのは、どう考えても魔女っ子先輩のせいだ!

@zamasu

短編


「な!!!」


俺が大声を上げると、先輩はキョトンとした顔で見つめてくる。


「いきなりどうしたの?」

「それはこっちのセリフですよ! どういう理屈でいきなり人の首筋を舐めようと思うんですか?!」


「いやいや、事前に話し合ったじゃないの。君が言い出したことだよ? 戦闘に集中するために今後近づかないでくれって。その代わりに最後に血をくれるんでしょ?」

「い、言いましたよ! でもいきなり首に舌を当てるだなんて聞いてません!」


「新鮮な血液を得ようと思ったら、人間の体から直接吸うのが一番なんだよー。なになに、もしかして唇がよかった?」

「ば、バカをおっしゃるな! 嫁入り前の娘がはしたない! 恥を知りなさい、恥を!」


「そんなに慌てなくても。これだから女性経験のない悪魔狩りは……力はたぎるのに性欲の矛先が定まらなくてせわしないねえ」

「女性経験ぐらいありますよ! うちで飼ってる柴犬はメスです!」


「それは女性経験とは言わないよ……あるいは私が勘違いしてるとしたら、君は最低だよ」

「言ってる意味がよくわかりません! とにかく血液は注射器で取ってそれを渡すので、もう変な真似はしないでください!」


「えー、究極的産地直送しようよー」

「しません!!」



〜〜〜



放課後、そろそろ任務のために学校を出ようと教室で支度をしていると、廊下から例の魔女の声がした。


「お〜い! しょーねーん! どこー?」


なぜだ。なぜあの人はまた俺の学年のフロアをウロウロしているんだ。


いっつも俺の最高にかっこいい異能バトルの邪魔をしてからかってきやがって。

敵を強化したり、俺の武器を弱体化させたり。挙句の果てには戦闘中の俺の前で服を脱ぎ出したり。


それが嫌だから血液を渡して、もう俺に関わらないようにと約束したはずなのに。

なぜだ。なぜなんだ。



「なあ、いつもの女の先輩が呼んでるぞ。いいのか?」

黙りこくって息を潜める俺に、クラスメイトの一人が問いかける。

「いいんだ。俺には市民を救う任務がある。今日はもう時間もギリギリだからな」


「そっか。頑張れよ」

「ああ、ありがとう」

「でも……」

「どうした?」


「なんで窓から飛び降りようとしてるんだ?」


怪訝な顔のクラスメイトに、俺はスマートに答える。

「言ったろ? 時間がないのさ。階段で2階から1階に降りることすら、悪魔狩りの俺には無駄な動作なんだよ」

「そうか。でも怪我するぞ?」

「大丈夫。事前に体育用のマットを下に敷いて置いた。俺はプロだからな。プロは用意に最も時間をかけるものだ」

「そうか……」


「ああ、そういうことだ。じゃあな、これも市民の平和を守るため。悪魔狩りにはよくあることさ」

俺が窓枠から飛び出そうとすると、クラスメイトが俺の背中に触れた。

「なあ、最後に……ひとつだけいいか?」

「全く、サインならいつでも書いてやるっていつも言ってるだろ? 明日もまた先週同様に書いてやるよ」

「いや、上履きのままだぞ」



「あ、少年ここにいたの! なんで顔そんなに赤いの? 風邪? 血取りすぎた?」



〜〜〜



俺は靴を取り替え終わると、横で制服のネクタイを緩める先輩を見た。


「で、何のようですか? もう俺たちは関わり合わない約束しましたよね?」

「ドライだなー。ハンドクリーム塗ってあげようか? ほら、これいい匂いなんだよ」


「そ、そうやってまた俺にベタベタ触ろうとしないでください!」

「これはベタつかないタイプだから大丈夫だよ?」

「ハンドクリームの話じゃないありません! 先輩自身のことです!」

俺はハンドクリームを一時的に取り上げて、先輩がハンドクリームを俺に塗ろうとするのをやめさせる。


「あちゃー、こりゃ一本取られた」

「やかましわ! で、何か言いに来たんじゃないんですか?」

「ああ、そうだった。これ見てよ」

先輩は古い羊皮紙を取り出して、俺の前に広げる。

「今日の悪魔、一匹なんだよ」

「え?」

「ほら、赤い点がひとつしかない」

羊皮紙には俺たちの住む街の地図が描かれていた。確かに点は一つしかない。


「そんなバカな、いつもは街全体で100近くあるのに」

「うん、その中の一つの弱小悪魔が君の担当だね」

「やかましわ! 誰が弱小悪魔を担当する弱小悪魔狩りだ!」

「そ、そこまで言ってないけど……とにかく、いつもは悪魔の予想発生時刻に合わせて、街全体に100近くの悪魔が発生するけど、今回は予報の地点がたったの一つなんだよ!」


「……魔女の予報はあてになりませんからね……俺がさっき調べたときはいつも通りでしたよ」

「そんなことないよ! よっぽど悪魔狩りの予報より正確だって! 私のも、さっきまではいつも通りだったの! こっちの予報が先に切り替わっただけだと思う!」


俺はそう言われて、口をへの字に曲げながら手首の時計を見る。

「うちの予報時計は、いつも通りですよ。100どころか今回は150近くあります。どうせ今回もいつも通り大したことない襲撃ですよ」

「でもでも、魔女の予報では一個なんだって!」


「どっちにしろ、何が問題なんです? 仕事が100か1かの違いじゃないですか」

「昔、魔女の国で大きな被害が出た時、同じようなことがあったの」

「というと?」


「予報時刻の直前になって、悪魔の予報点が一ヶ所に集まったの。その時は街全体を奇襲するはずだった弱い悪魔が一つの体にまとまって、すごく強い悪魔が襲撃してきた。分散した魔女たちは集結するのに時間がかかって、被害者もたくさん出たの!」

「そう言って敵勢力である悪魔狩りを翻弄させる気じゃないでしょうね……」


「そんなことしないってば! 悪魔狩りに敵意があったら、君なんかとっくに殺してるっての!」

「お、恐ろしいことを言いますね……」

「あ! ほら!」

先輩の指差す先を見ると、俺の時計に表示される悪魔の予報地点が一つに集約し始めていた。

「んな! 本当に集まってきた……!」

「ほらほら! やっぱり魔女の予報の方が早くて正確なんだよ!」

「くっ、くそ。悔しい……けど、ていうかこれ……」

「そう、今回の唯一の予報された地点が、この学校なの」



〜〜〜



「そ、そんな! でも予報時刻まであと10分もないですよ! 今から悪魔狩りが集まったんじゃ間に合わない!」

「だからやるんだよ!」

「え?」

「君と私の二人で、この街丸ごと分の悪魔を倒すの」


俺史上、最もやばい異能バトルが始まろうとしていた。



〜〜〜



「ううぅ……ちょ、吸いすぎじゃないですか?」


 非常階段の扉の裏側。

 あぐらをかく俺の前で、先輩は意外にも上品な姿勢でしゃがみ込んでいる。


「待って待って、あとちょっと。あとちょーっとだから」


先輩の唇は、俺の首筋から血液を奪い続ける。


「ま、まだですか?」


「もうちょいだよ。血液の摂取量は魔女の強さに比例するからね。大事なことだよ」


別に血なんか吸わなくたって、もともと強いくせに。

俺は悔しいがそう思った。


 先輩は、白く透き通った頬を俺の鎖骨に当てて、集中する。先輩の艶やかな黒髪は、俺の胸をくすぐった。



 そのまま数十秒が流れ、俺の苛立ちは限界を迎えた。


「長いです!」


 俺は無理矢理、自分の体を横にずらし、残念そうな顔をする魔女を引き剥がした。



「ああん、あともう少しでフルチャージだったのに!」


 ワイシャツのボタンを閉めながら、俺は彼女をにらむ。

「このペースじゃ、フルチャージの前に俺が干からびます!」


 それに、長時間こんなことをしているわけにはいかない。

もう予報時刻がかなり迫っている。


「いやあ、最高においしかったぞ! 少年!」


 先輩はそう言って、血のついた口を片手で拭いながら、反対の手で俺の肩をぽんぽんと叩く。


悪魔を倒すためとはいえ、一日に二度も敵である魔女に血を吸われるとは屈辱だ。


 

「やっぱ、もうひとくちぃ!」

「や、やめ……! 離れてください! もう十分吸いましたよ! これ以上飲まれたら体に影響がでます!」


「えぇ〜、もうちょっとだけ〜おねが〜い。ほんとにちょっとだからさ〜」

「ダメです!」



 大人しくなったかと思うと、先輩はさっきより少し悲しそうな顔をしてうつむいている。ちらっとこちらを見つめる上目遣いは俺の思考を混乱させた。

 魔女とはいえ、これだけの美人にそんな顔をされると、さすがに罪悪感のようなものが生まれてくる。


「うっ、じゃ、じゃあ……本当にひとくちですよ?」

「やったー! 君は本当にちょろいなー!」


「なっ、騙しましたね! やっぱりなしです!」

「そんなあ〜。諦めて倒れるまで私に血を吸わせてくれよ〜。ねえねえ〜?」


「くっ、調子に乗ってると、マジでぶっ飛ばしますよ!」

「全くも〜照れ屋だな〜。顔、真っ赤だぞ〜。ていうか君がこの私を倒すなんて絶対無理だし〜」

「ば、馬鹿にしないでください! 時間がないってのに!」


俺は慌てて時計を見る。いざとなってゾッとした。

時計の予報時刻は残り7秒だった。


6


5


「まずい!」


4


3


「へ?」

先輩は間抜けな声を出して、首を傾げる。


2


1


 血を吸おうと両手を伸ばしてくる先輩を無視し、俺はドアノブに手をかける。


0


 そのとき鉄が砕けるような重い音が、校舎に響き渡った。


 俺はドアを開けて廊下を走り、一番近くの窓から音のした方向を見る。


「くそ! こんなにでかいなんて!」


 そこから見えたのは、今にも生徒たちを襲わんとするガーゴイルの姿だった。

 生徒たち一般人は、悪魔であるガーゴイルを目視することができない。



 体長は二メートルほど。痩せ細った石の体の足元には、出現時のものと思われる破壊の後があった。


 地面を元にして発生したのだろう。

 コンクリートが大きくえぐれ、その周りには放射状に亀裂が走っている。飛び散った破片が当たったのか、数人の生徒が血を流していた。各階の窓から生徒たちが中庭を見て騒ぎ、あたりはパニック状態だった。



 俺は窓を開け、窓枠の上に飛び乗る。



「お、ヒーロー登場かな?」

「うるさいな……茶化さないでください」


「ここ、三階だよ?」

「馬鹿にしないでください。あなたは自分がそれなりに実力のある魔女だからって、こっち側の人間を舐めすぎなんですよ。全く、悪魔狩りをなんだと思ってるんですか……」


「ほいほい、そりゃ失礼しました。まあ、がんばれー。私は予定通り後方支援でいくから! しっかりやりなよー!」

「言われなくても、そのつもりです」


 俺は左手を腰に置き、右の拳を握って、一度ゆっくりと深呼吸する。


そして、空気に溶けている武器に念じた。

 するとガラス片のような黒光りする粒子が周囲に発生した。



「来い、ツキカラス」



 バシュッと空気が抜けるような音を立てて、粒子は俺の手元に集まった。それは刀の形を作り上げる。

 刀は粒子を螺旋状(らせんじょう)にまとっていた。



 俺は勢いよく踏み出し、空中に飛ぶ。


 鋭い金属音を連れて瞬時に抜刀すると、粒子が一斉にあたりに漏れ出した。


 俺は持ち手をしっかりと握り、粒子をかき分けながらガーゴイルの頭上に落下していく。


 こちらに気づいたガーゴイルが、俺をギロリとにらみつける。



「起動」


 刀は輝き、キィンと高い音が空気を振動させる。



 俺は迷いなく地面に着地すると同時に、ガーゴイルの頭を切り落とした。




「グガッッ、ギガガッッ」


 ガーゴイルの体が節々から塵となり、崩壊を始める。



 俺は小さくため息をつく。そして、


「ギャーーーー!!!」


叫んだ。



「しょうねーん! 大丈夫かーい?!」



「足が折れました! 両足……! 折れましたぁああああ!」


先輩は、しらけた顔で指からヒョイと濃緑の閃光を放つ。


魔法は俺の足を治癒した。


「あ、少年! やばいぞ!」

「え?」


先輩はそう言って、窓から身を乗り出す。


「ほらほら!」


 先輩の指差す方向を見ると、切り落としたガーゴイルの頭部がボコボコと膨らみ始めていた。


「うわ、まじかよ…………」


 俺が再び刀を構えた直後、ガーゴイルの頭部は爆発した。



 むせかえる胸をおさえる中、粉塵が去っていく。

そこには体が生えかけの、二体のガーゴイルの姿があった。


 丸い胴体から、曲がった手足が伸びている。

 全身の大きさは先程より縮こまり、その分少しがっちりとした体格が形成されている気がした。




 俺が数回瞬きをしているうちに、あっという間に全身が完成する。


直後、二体が同時に俺に向かって突進してきた。



先に来た一体の拳を、刃で受け止める。

 俺は、一体目を弾いて二体目の攻撃に備えようとするが、やつは全身を絡めて刀を離さない。


「クソッ!」


 重くて刀を振り切れず、一体目が離れる直前に、横腹に二体目の頭突きを食らった。



 俺はなんとか刀は持ったまま、地面に転がった。



 完全に立ちきれず、よろけたまま距離を取る。


 二体のガーゴイルはニタニタと笑いながら、余裕そうにこちらを見下す。



「「ギギギッッ」」


 互いの両手を合わせたかと思うと、ガーゴイルたちは再び合体し、元の細々とした長身の一体に戻った。


 ガーゴイルが地面を強く踏む。すると俺に向かってコンクリートに亀裂が走った。それは直前で柱となり飛び出す。


顔面に当たる寸前で体をそり、次の予想される屈折に備えて、刀を振り上げる。


 柱は、切り口を焼いたように真っ赤にして二等分され、数個のガレキがガーゴイルに向かって飛ぶ。



 そのとき俺は、やつが手で片目をおさえたことに気づいた。手を離したとき、灰色の体で唯一光る、赤い煌めきが見えた。



「核はそこか……」


 剣先をガーゴイルに向けて構え、駆け出そうと地面を蹴った瞬間…………俺は倒れた。



「はっ?」



「おーい! またまた大丈夫かーい?」


 先輩がのんきな声で言う。


 まずい。先輩に血を渡しすぎた。おそらく貧血だ。



 片目を反射させたガーゴイルと目が合う。


 万事休すか。

 そう思ったとき、やつは俺ではなく周囲で腰を抜かしていた一人の生徒に向かって歩き出した。


 悪魔特有の殺戮衝動が、俺よりもすぐに倒せそうな標的に優先して働いたらしい。




 助けなきゃ。俺は悪魔狩りだ。

人を助けられないなら、何のために悪魔狩りになったんだ。

今ここであの生徒を助けなきゃ、俺には何の意味があるんだ。



 動け、動け。



 そう念じてみるものの、首や手を少し伸ばすので精一杯だった。



 たくさん訓練したのに、それでもまだ俺は人を救えないのか。

そう思って奥歯を強く噛んだとき、視界の隅で真っ白な閃光が輝いた。


 目がチカチカして、目に映るもの全てが白く塗りつぶされる。




 視界が元に戻ると、目の前で先輩がしゃがみ込んでいた。


 その奥でガーゴイルが、生徒に手を伸ばしたまま硬直している。



「少年、助けが必要かな?」


「悔しいけどそうです。手伝ってください。おそらく先輩に血を吸われたせいで貧血なんです」


「えー、違うと思うよー。たぶんだけど、ガレキに毒性のあるガスが混ざってたっぽいよ」


 全く気づかなかった。俺は本当に未熟なんだな。


「そうですか……ところで先輩、俺の代わりにあいつを倒してくれると助かるんですけど」


「どうしよっかなー」


「なっ! このままじゃ、あの生徒が死んでしまいます!」


「ふーん、君が後方支援に徹しろって言ったんだけどなー」


「ぐっ」


そうだ。俺は自分がかっこいい異能バトルをしたいからと先輩にそう言っていた。

敵が強敵にも関わらず、自分の実力と比べて無謀にも関わず。

だって男の子ってそういうものじゃん?


俺は苦虫を噛んで噛んで噛みまくった気分で、カタコトで言う。


「すみません。俺が間違ってました。最前線で戦ってくださいー」


「あとそういえば、もう私と関わりたくないって言ってた気がするなー。悪魔と上手く戦えないのはいつも私が横から入ってきて邪魔するからだって。でも今回は都合良くお願いするのかー」


それは少しはそうじゃん?そうじゃん?

だが仕方ない。


「今後ともよろしくお願いシマス!」

カタコトを言い終えると、先輩は笑った。


「じゃ、契約だね」

「契約?」

「魔術の基本。契約だよ。君は私に自分の体を提供することを誓って、私が好きな時に好きなように血を吸えるようにするの! その代わり私はいつでも君が困ったとき一緒に戦ってあげる! おっけい?」


全く、なんてひどい条件だ。こんな発想には闇金も嫉妬する。

しかしこれも全て、俺がかっこいい悪魔狩りでありたいとわがままだった代償だろう。


「で、どうする?」


「あーもう! わかりましたよ! 契約します! 血でも肉でも、皮でも髪の毛でもなんでもあげますよ! 俺の全身好きにしていいです! さっさとしてください!」


「お〜言うね〜」



 先輩はふふっと目を細めて笑うと、俺に向かって手を伸ばした。



「じゃ、契約成立」


 先輩は、俺のだらんとした右手をギュッと握る。


 俺と先輩の手の甲に、奇妙な模様が浮かび上がった。

 同時にその一瞬だけ、先輩の両腕を埋め尽くす、大量の紋章が色付いた。




 もがいていたガーゴイルが、力ずくで魔術の見えない拘束破った。重い拳を生徒めがけて再び振り下ろす。




「じゃ、行きますか」


 先輩が地面に手のひらをつけると、狙われた生徒の周りをシャボン玉のような半球が包み込み、ぶつかったガーゴイルの片手を砕いた。



「一(エット)」



 先輩の右手から細いナイフが飛び出る。


 ナイフは綺麗な放物線を描き、魔法陣を目印にしてガーゴイルの肩に突き刺さった。



 先輩は閃光と共に、一瞬でガーゴイルの横に転移する。


 ガーゴイルは、残ったもう片方の手を振り上げて攻撃しようとする。しかし先輩は軽々と体をずらして避けた。


「二(トヴォ)」



 かなり硬いはずのガーゴイルの石の横腹に、真っ直ぐに迷いなく、ナイフが追加される。



「三(トレ)」



 最後に下顎のあたりからナイフを突き上げられると、ガーゴイルは地面を蹴っ飛ばし、先輩と向き合いながら数メートル距離を取る。




 先輩の体は所々、白い電気を帯びていた。


 次第にその電気は細く鋭く、動きも速くなり、銀色に近付く。



 彼女の髪も同じ色に染まる。




「縦軸代入、ストックホルム四番」


 この世で最後の一人である魔女の生き残りは、右手を地面と平行に伸ばす。




「演算開始」




 彼女が指をパチンと鳴らすと、銀色の雷電が一直線にガーゴイルに向かって突き進んだ。


 ガーゴイルはそれを防ごうと、地面から岩の壁を作りかけるが、そんな抵抗を物ともせず電撃はガーゴイルの片目、やつの核を砕いた。




 砂になって飛散していくガーゴイルを背後に、先輩は俺に駆け寄る。


「どう? どうだった? かっこよかった? 惚れた?」

「はいはい、すごいったらないですよ。本当にもう、バケモノです」


「全く、そうやってまた意地悪なこと言うんだから〜。悪魔を倒せたんだから、もっとニコニコしなよ〜」

「いくら悪魔を倒したとはいえ、こっちはこれから血肉を提供する身なんですよ。憂鬱にもなります。まあ、契約は契約だから仕方ないですけど。それにしたって血を好きなだけ吸われるのはやっぱり……」


「ふーん、血を吸う、ねぇ〜」



「え?」


 先輩はしゃがんで俺に目線を近づけ、膝をつく。


「ん? 君はさっき、全身を好きにしていいって言ったんだよ?」



「え、じゃ、じゃあ……一体何のために…………」


「う〜んとね〜」


 先輩は今日一番の腹立たしい笑顔をして、俺の頭をなでる。

そして、俺のおでこにキスをした。



「君みたいな年頃の男の子が興味あること……かもね!」



「は、はあ??」


「ま、楽しみにしときなよ! しょーねん!」



 俺は、絶対に赤くなってる顔を隠すため、硬い地面に伏せる。


「あなたって人は、ほんとに…………」


「ニヒヒッ! さーて、まずは何をしよっかな〜」




これは先輩が、俺の最高にかっこいい異能バトルの邪魔をして、ラブコメを押し付けてくる物語である。


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