第6話 再会
座席を取り外して平らに改造されたワゴン車の最後列に乗せられると、例の殴られていた中年の男と、一つの大きなボストンバッグが横にあった。男はさらにまた殴られたのか、傷が増えているように見えた。意識も失っている。
「お前を入れる分のバッグはないからこのまま乗せるが、逃げようだなんて思うなよ。この車の後部ドアは内側から開けられないようにしてある。二列目の座席との間も見た通りガラス板でしっかりふさいである」
青髪の女は俺を両手両足を荒い麻縄で縛り直すと、そう念押しした。
「まあ、そもそもお前は能力を使えないようにしておいたし、、使えたところで私には絶対に勝てない。おとなしくしてるのが身のためだ」
バタンと後部ドアが閉められる。。
まもなく、ワゴン車は発進した。
あいつら、人工黒雷と言っていたか。やはり俺がこの体になったのは、昨夜のあの小瓶の中身だったか。
黒雷を作っただと? いったい何のために。そもそも、あれが黒雷だというのなら俺はなぜ生きているんだ。黒雷に打たれたら、俺の家族のように肉塊になるんじゃなかったのか?
俺の家族が死んだ黒雷を何かの目的のために作っている連中がいる。俺はそれを許せなかった。
しかし、今俺の体が震えているのは怒りだけではない。狂いそうなくらい大きな恐怖だ。
このあと俺はどんな目にあわされるんだ。
俺はさっき、両腕をもがれても元の体に戻ったんだぞ。この回復する体では、耐えがたい痛みを与えられたところで死ねるかわからない。
もう、何もいらないから消えてしまいたい。そう心から願っていた時、ボストンバッグの一つが勝手に開いた。
「んばっ!」
中から現れたのは、暑そうな顔をして呼吸を整える人間だった。
「君は……!」
「あ……!」
それは、昨夜の少女だった。栗色の艶やかな髪の毛を胸元まで伸ばしていて、肌はほのかに白く適度に潤っている。
彼女は、素直そうな目を俺に向け、驚いている。
「ごっめんねえ。君を巻き込んじゃったみたいだねえ」
申し訳なさそうに苦笑いする彼女に俺はつぶやくように答える。
「いえ……自分で選んでしたことですから……」
もぞもぞと動く少女に、今度は俺が聞き返す。
「あの、何してるんですか……?」
「いや、かったく縛られてんなあ、と思ってさ」
「まさか……」
「ん?」
「ここから逃げ出そうって言うんですか?」
「うん、そうだけど?」
俺は青髪の女に殴られた感触を思い出す。
「だ、ダメですよ! ほら、ここのガラス板から見えるでしょう?! あの女、ものすごい力なんです。俺、ボコボコにされたんですから! 逃げようとしたところで捕まっちゃいますよ! 余計に殴られるだけです!」
「べっつに君みたいに弱そうな男の子をボコボコにした程度でそこまでと思うけども……」
俺は自分の体のことは黙っていたかった。彼女に、彼女と関わったことで化け物になったと伝えたくなかった。どうせこのあと俺は彼女と離れ離れになるのだろうし、彼女がそれを知ってところでなんの解決にもならないのだから」
「ところで君、そのほっぺのツンツンはなんなんだい?
「……!」
俺の頬からわずかにガラス片が伸びている。秘密にしようとしたのは意味がなかったようだ。
「でも……変な薬を打たれたから、もう力が使えないと思ってたのに……」
「まあさ」
少女は身を乗り出し、ニヤリと笑う。
「それのおかげでなんとかなりそうなんじゃない?」
俺は体の位置を調整して、なんとか拘束を解くことに成功した。
「ふえ~手がしびれる~」
どこかのんきそうな彼女を尻目に、俺はとりあえず横の男の拘束も解く。
「で……なにか作戦があるんですか?」
「ないよ?」
当然と言った様子で彼女は言う。
「へ……?」
正直何か案があるのかと思っていたが、無策だったとは。正直縄をもとに戻したくなる。
「ないよ、そんなもの。あるわけないじゃん」
「じゃあ、どうするんですか……! 拘束は解けても逃げ切る算段がないんじゃどうしようもないじゃないですか!」
「作戦はないけど、逃げ切れるっていう確信はあるよ」
「は、はあ……? それってどういう……」
「まあ、私に任せておきなって」
とてつもなく不安だが、俺は彼女に従うしかなかった。
「あっれ~? ないな~」
「何してるんですか?」
「このドアどうやって開けるのかわかる? ボタンもレバーもないんだけど」
俺はため息をつく。
「改造されてて、内側からは開かないみたいですよ」
「ま、まじ?!」
俺の不安がますます大きくなる。
「もう! 確信があるんじゃなかったんですか? もう大人しくしておきましょうよ!」
「いや、大丈夫大丈夫」
少女は慌てて俺をたしなめる。
「いい? 私が合図を出したら同時にドアを蹴って」
「力技じゃないですか。それで開く確証もないし、開いたところで車は走ってるんですよ?」
「まあまあ、私任せなさいって」
「……わかりました」
もうどうにでもなれ、そう思った。
「いくよ? っせーの!」
俺は少女とタイミングを合わせて、数回ドアを蹴る。
しかし、ドアは開かない。
そのとき、車は止まった。
「まずい!」
俺がそう言っても少女は少しも焦っていない様子だった。
窓の外には林が広がっている。少なくとも本部とやらに着いたわけではないようだ。ドアをけ破ろうとしていることに気づかれたか。
案の定、米村が助手席を降りてこちらに向かってくる。
「くそっ!」
少女は俺の肩をポンポンと叩くと拳を見せる。皮膚の硬化は頬で一片のガラスができただけで、拳は素のままだ。しかしもう引き返せない。やるだけやるしかない。
ドアが開いた瞬間、俺の拳がみぞおちを、少女の蹴りが股間をとそれぞれ米村を打撃する。
意外にもうまくいき、米村はその場にうずくまった。俺は予期せぬチャンスに驚く。
「はやく!」
少女の声にハッとし、慌てて車から降りる。
駆け出そうとして、振り返った。俺の視界の中で、気絶した男が目立つ。
「くっそ!」
車の中に戻る俺に気づいて、少女は叫んだ。
「何してるの! 急いで!!」
俺は彼女に叫び返す。
「この人を置いていけない!」
俺は気絶してビクともしないスーツの男の首元に触れる。脈はやっぱりある。この人はまだ生きている。
運転席のドアが開く音がした。
ガラス板越しに、青髪の女がナイフを持って降りてくるのが見えた。
女の足音が近づく。俺は一度後部を振り返った。女が倒れている米村に気づき、すぐに俺の方へナイフを振り下ろしに来る。
俺は即座に横に体をずらし、攻撃を避ける。
今度は水平に向かってくるナイフ。俺は女の腕をしたから両手でおさえ、もみ合いになる。
「っぁああああ!」
俺は叫びながら、女の腕をつかみ続ける。車の中と地面の間にある高低差のおかげで、やつは蹴りを使うことはできない。
女は初めて出会ったときの能力は使っていないように見える。能力を使う余裕がないのか、やつも俺と同じで力が使えない状態なのかはわからない。
とにかく、偶然にも女は以前よりも弱かった。
そのとき、少女が青髪の女の横に現れる。女は俺の相手をするのに精いっぱいで少女を気にする余裕はない。そのとき少女は瞬時に女の上着を漁り、何かを取った。
蹴ろうとする女を少女が避けたその直後、電撃が女を吹き飛ばした。
何が起きたのかと混乱していると、人差し指と中指を立てた片手を女に向ける少女の姿が目に入った。
「いこう!」
少女がそう叫ぶのを掛け声に、俺は男を背中にかついで駆け出した。
俺たちが少しの間、人気のない道路を走るとすぐに背後からエンジン音が聞こえた。あのワゴン車だ。
俺はすぐ横を走る少女に言う。
「林の中へ!」
女の乗ったワゴン車がヘッドライトを眩しく光らせて、俺たちに向かってくる。
俺は男を背中に乗せて道路の外側にある木の陰に逃げようとするが、少女はその場に立ち止まったまま動かない。
「こっちにはやく! ひかれたらひとたまりもない!」
少女はじっと車を見据えて逃げようとしない。
「これじゃあ走って逃げてもいつか追いつかれる」
彼女は静かに息を吐くと、車に向かって左腕を伸ばした。
「ここでけりをつける!」
伸ばした左腕の先で広げられた手のひら。その上に人差し指と中指だけを伸ばした右手が乗せられる。二本の指は真っすぐにワゴン車を狙っている。
加速するワゴン車が少女を轢いてしまうというとき、突如落雷の轟くような音が至近距離で爆裂した。
ゆっくりと目を開くと、ワゴン車は五十メートルほど彼方に吹き飛ばされていた。
俺は、彼女の凛とした横顔から目が離せなかった。
一緒に捕まっていた男を病院に預けた俺たちは、三階建ての古いビルの階段を登っていた。
「ここ」
ドアの前でそう端的に告げる彼女に、俺は無言でうなずく。
「あと、言い忘れてたけど……」
少女はどこか言いにくそうな様子で言葉を絞り出そうとする。
「なんですか?」
「あの、私ってあんまりこういうこと言うの得意じゃないんだけどさ……」
俺は彼女の意図が分からず、首をかしげて次の言葉を待つ。
「ありがと。助けてくれて……二回も……」
彼女はきまり悪そうにそう言い終えると、慣れた手つきで無機質なドアを開いた。
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