悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい

みゅー

第1話 ルビーside

 ルビー・ファン・ディスケンス公爵令嬢は昔から、なぜか全てのことに違和感を感じていた。


 何かが違う。


 と、思いつつもそれが何かわからないまま、今日まで過ごしてきた。だがついに、その原因を知る日がやってきた。


 その日は王室主催の舞踏会だった。王太子殿下の婚約者候補として、王太子殿下にアピールするまたとない機会なので、ルビーは今日の舞踏会を心待ちにしていた。

 婚約者候補であるルビーに王太子殿下はとても優しかった。が、それは他にいる数名の婚約者候補たちにも同じだった。


 今日、ここで差をつけなければ。


 ルビーは意気込んだ。ルビーは公爵令嬢として、完璧だった。才能もあり何でもこなすことができた。ついたあだ名はミス・パーフェクト。

 幼少の頃に王太子殿下と顔合わせしてからというもの、ルビーは王太子殿下の優しさや紳士な振る舞い、麗しい微笑み、その全てに魅了されていた。

 それからというもの、ルビーは日々自己研鑽に励んだ。王太子殿下の婚約者に選ばれるならなんでも努力は惜しまない。そう思っていたので人一倍努力をしたのである。


 そして、自分磨きをしつつ、王太子殿下が好きな花だと聞けば、その花をメインに庭を作り招待したり、好きな宝石と聞けば、鉱山から一番良い石を買い取り加工しプレゼントしたりもした。


 そんなルビーに対しても、王太子殿下は明らかに社交辞令なお礼しかなかった。だが、それは誰に対しても同じ態度だったので、ルビーは気にしておらず、今のところ王太子殿下が誰と婚約するかは、全くわからなかった。


 今日は絶対に失敗が許されない。今日こそ王太子殿下に振り向いてもらいたい。


 会場に到着し、挨拶を交わすと王太子殿下以外からのダンスのお誘いは全て断り、王太子殿下からのダンスのお誘いを待った。

 王太子殿下は今日は誰と一番最初に踊るのだろう? と胸を踊らせた。なぜならルビーは自分が選ばれる自信があり、その瞬間を待っていたからだ。

 ところがこちらに向かって歩いてきた王太子殿下は、ルビーの面前を通り過ぎ、パシュート公爵令嬢の手を取りダンスに誘った。


 まさか、そんな……。


 心の中で呟き、自問する。


 何がいけなかったのか? いや、だけど、まだパシュート公爵令嬢が婚約者に選ばれた訳ではないのだから、落ち着かなくては! 


 と思いながら、仲睦まじくダンスを踊っている二人を見つめる。


 この光景、知っている。見たことがある。でもどこで?


 突然、急な目眩に襲われ、フラフラとテラスに出る。襲いくる目眩と吐き気の中、ルビーは全てを思い出した。この世界が前世で人気だった乙女ゲームの世界だと言うことを。


 その乙女ゲームは人気が出た短編ライトノベルをゲーム化したもので、主人公のリアン・ディ・パシュート公爵令嬢が、それぞれ、男性キャラクターを狙うライバルで悪役令嬢ポジションの令嬢たちと競い合い、悪役令嬢を“ざまぁ”して、お目当てのキャラクターと結ばれる。と言うストーリーだった。


 主人公であるパシュート公爵令嬢の通常ストーリーは、幼なじみであるフォルトナム公爵令息と王太子殿下の二人の間を揺れ動き、結局王太子殿下を選び、王太子殿下と結ばれると、蹴落とされた悪役令嬢でありライバルである令嬢は“ざまぁ”され退場する。と言った展開だったはずだ。


 ルビーは前世でゲームが苦手だったので、妹がやっているのをいつも横から見るのが好きだった。そしてこのゲームを遊んでいる妹に


「二股なんて良くないから最初から王太子殿下とくっつけば良いのに」


 と言ったことがあった。すると妹は


「フォルトナム公爵令息も落とさないと、ちゃんとした王太子殿下のエンディングが見れないんだよ?」


 と言われ、そんなものなのか。と思ったものだった。


 全てを思い出したルビーは、パシュート公爵令嬢が主人公なら、今までの努力は全て無駄だったことを思い知る。

 ルビーは悔しくて仕方がなかった。そして誰もいないテラスで思い切り泣き崩れた。今までの努力は全てが意味のないものだったと知ったからだ。それでもルビーは王太子殿下が好きだった。


「殿下、殿下お慕いしています。愛してます。愛しているのです」


 と、誰にともなく叫び咽び泣いた。そうして、散々泣いたあと人がやってくる気配があり、慌てて影に隠れる。こんな泣きじゃくった姿を誰かに見られるわけにはいかなかった。


 暗闇の中、目を凝らすとそこにはパシュート公爵令嬢がいた。ルビーはパシュート公爵令嬢を見つめながら思う。パシュート公爵令嬢は可憐でフワフワした感じの、いかにも守ってあげたくなるような線の細い女性だ。

 それに比べてわたくしはどうだろう? 何でも完璧にこなして、一人でも生きていけそうな逞しさだ。可愛くもなんともない。そんな劣等感を感じ、王太子殿下が彼女を選ぶのも当然かもしれない、と打ちひしがれた。そこへ、また人がやってきた。フォルトナム公爵令息だった。


 これはイベントに違いない。


 そう思いながら見ていると、フォルトナム公爵令息に抱きつくパシュート公爵令嬢、そして何か二言三言、言葉を交わすとフォルトナム公爵令息はパシュート公爵令嬢を振り払い、走ってその場を去っていった。

 フォルトナム公爵令息が立ち去ったあとも、その場でしばらく呆然と佇んでいたパシュート公爵令嬢は、程なくして会場へ戻って行った。


 ルビーはその様子を見ていて、パシュート公爵令嬢が王太子殿下のルートなのだと確信した。

 そして更に気分が落ち込んだ。なぜならパシュート公爵令嬢が王太子殿下のルートを選んだ時のライバルであり、“ざまぁ”されるのはルビーに他ならないからだ。


 今、会場にもどれば王太子殿下とパシュート公爵令嬢の二人が、お互いを情熱的に見つめ合っている。そんな姿を目にしなければならないかもしれない。

 そしてわたくしは嫉妬に狂い、醜くもパシュート公爵令嬢をいじめ抜く悪役令嬢となってしまうかもしれない。更には、そのまましつこく王太子殿下に言い寄り、拒絶された挙げ句、王太子殿下の婚約者発表の日に、無様に皆の前で“ざまぁ”されてしまうのだろう。


 それだけは避けなければならない。殿下のことは忘れなくては。


 と、ルビーは決心した。今日はまだ、ルビーは王太子殿下とダンスを踊っていないので、このまま帰るのは失礼にあたるかもしれなかった。だが、このまま会場にもどり、嫉妬にかられた挙げ句に“ざまぁ”される未来を思えば、そんなことは些細なことだ。


 それに今更王太子殿下とダンスをしたとしても焼け石に水で、王太子殿下がわたくしに振り向いてくれることもない。もう未来は変えられないのだ。


 ルビーはすぐにでもここから離れようと、会場を後にすることにした。帰りの馬車の中で


 泣くのは今日で最後にしよう。


 そう心に決め、思い切り泣いた。邸宅に着き、ボロボロになったルビーを見て何か察するものがあったのか、使用人や両親も何も言わずにそっとしておいてくれた。



 その後は数日、何もする気になれず部屋に引きこもり、王太子殿下が出席しそうな式典やお茶会は全て断った。元々勝ち気な性格で、人に弱みを見せないルビーが、無気力になり、ぼんやりと過ごしているのを見て、心配したディスケンス公爵が部屋にやってくると


「新緑の時期で、レッドウィルリバーは療養に最適のようだ。お前は頑張り過ぎたのだから、たまにはゆっくりしてはどうかな?」


 と療養へ行くことを提案した。ルビーは気晴らしになるならとそれを了承する。

 なんと言ってもあの二人から離れ、噂話すら聞こえない遠くへ行きたかった。


 レッドウィルリバーに行く前に、心機一転、髪型も見事だった縦巻きロールをやめ、目立つための濃い化粧もやめた。王太子殿下に気に入られるために着ていた派手なドレスも払い下げ、シンプルなドレスを数着だけ残した。そして荷物をまとめるとその少なさに自分でも驚いた。


 ドレスや化粧道具だけではない、以前ならお稽古などの自己研鑚に励むため、ルビーの荷物はもっとおびただしい量になっただろう。

 全てを諦めるとこんなにも身軽になるものなのかと、今までどれだけ色々なことに縛られて生きてきたかを、ルビーは実感した。


 だが、今残っている数少ない持ち物の中でも、唯一王太子殿下との想い出の品であり、どうしても手放せない物があった。それは小さい頃に王太子殿下がくれた四葉のクローバーを押し花にして、栞にしたものだった。


 王太子殿下はこちらがプレゼントすれば、何でも喜んで受け取ったが、公平を期すためと言う名目で、王太子殿下は誰にもプレゼントをすることがなかった。

 そんな中、たまたまお茶会で王太子殿下が見つけたクローバーを、「捨てるのは勿体無いから」と言う理由で横に座っていたルビーにくれたものだった。


 今はまだ見ると辛いが、いつかは想い出の品として眺めることができるだろうか?


 と、思いながらルビーはそれを大切に本に挟んだ。

 数日馬車に揺られ、レッドウィルリバーに到着すると、王都とは違った景色や空気に癒される気がした。


 本を読むルビーのために、ディスケンス公爵がレッドウィルリバーにある、王室専用の図書室を開放してくれるように取り計らってくれた。

 王室と聞くと王太子殿下を思い出し、少し気後れしたがこんなところに王太子殿下が来るはずはない。それに少しずつでも、王室関係のことで傷つかないように慣れなければならない、と思い散歩がてら行くことにした。


 王室図書室ということもあり、ルビーが今までに読んだことのない本を大量に保有していた。

 毎日本を読むことしかすることがないルビーは、毎日のように図書室へ通って、王族のために用意された居心地のよい椅子で、本を読んで過ごした。


 ある日、本を読み終わり本棚に返しに本棚の前に行き、最後のページに挟んでいた栞を取り出そうと本を開くと、そこに挟んでいたはずの栞がなくなっていた。本を読む前はあったのを覚えているので、図書室のどこかに落としたのに違いなかった。


 殿下との大切な想い出の栞なのに。


 本棚と椅子の間を行ったり来たり何度も往復して探すが見つからない。ルビーはこのまま栞をなくしてしまったら、王太子殿下との最後の縁が切れてしまうような、王太子殿下に拒絶されているかのような気持ちになり、胸が締め付けられた。


「どうして見つからないの?」


 呟きながら、泣きそうになったとき、下を向いているルビーの視界に誰かからその栞が差し出された。ルビーはそれをつかむと、胸に抱きしめながら顔を上げ


「大切なものなんです! ありがとうございます!!」


 と言うと、そこに王太子殿下が立っていた。ルビーは驚き、なぜここに王太子殿下が? と困惑しながらも、クローバーを大切にとっておいたことが王太子殿下に知られてしまったと、恥ずかしくなった。王太子殿下は微笑みながら


「その栞、素敵だね」


 と言った。クローバーのことについての言及はなかった。気づいていない、と言うよりそもそも王太子殿下がそんなことを覚えているわけがないのだ。ルビーは目を伏せ努めて冷静に


「お褒めいただき、ありがとうございます。王太子殿下がいらしているとは知らず、挨拶も遅れてしまい申し訳ありません」


 と礼をした。王太子殿下は


「君はここに療養に来たと聞いている。そんなに気を使わなくてもいいよ。それより、君が以前と見た目も雰囲気も違っているので、僕は驚いているよ」


 と言ってルビーをじっと見つめた。そんないつもと様子が違う王太子殿下にルビーが戸惑っていると、後ろから


「ジェシー様、こちらにいらしたんですね!」


 とパシュート公爵令嬢の声がした。ジェシー様とは王太子殿下こと、ジェサイア・フォン・クレケンス・サイデューム王太子殿下の愛称である。

 ゲームが進み、王太子殿下との親密度が上がるとその名で呼べるようになるのだ。


 パシュート公爵令嬢はこちらに駆け寄ると、王太子殿下の腕に抱きつくようにつかまった。そして王太子殿下に見えないように、ルビーに哀れむような視線を送った。ルビーは慌てて


「これは大変失礼しました。お二人でごゆっくりお過ごしください」


 と、素早く数歩下がると、その場から駆け出した。後ろからパシュート公爵令嬢の


「ジェシー様? せっかく見つけたのですから、わたくしにお付き合いくださいましね」


 という楽しそうな声がした。


 あの二人がなぜここに? 


 そう思いながらルビーは必死に走る。せっかくここまで逃れて二人のことを少しずつでも忘れるように努力していたのに、今は先程の二人の姿が脳裏に焼きついてはなれない。しかもパシュート公爵令嬢は王太子殿下をジェシー様と呼んでいた。胸がかきむしられる思いだった。


 なぜ今なの? なぜここでなの?


 泣かないと決めていたのに、涙が溢れる。屋敷に戻ると


「王都に戻ります! 今、すぐに!!」


 と、執事に命令する。有無を言わさぬルビーの様子に、驚いた執事は戸惑いながらも


「かしこまりました」


 と、他の使用人へ準備の指示を出した。ルビーは荷物は後でもかまわなかったので


わたくしは今すぐに発ちます。馬車を用意して!」


 と、馬車を用意させすぐにレッドウィルリバーを発った。ルビーは一瞬だろうとここにはいられないと思ったからだ。

 馬車に揺られながら、この先、あとどれぐらいあの二人に苦しめられるのだろう。それならば、王都にもどったらすぐにでもどこかに嫁いでしまおう。そう思った。


 王都に戻ると、ディスケンス公爵は驚き


「なぜ戻ってきた?」


 と言ったが、ため息をつくと


「失敗したのだな」


 と呟いた。せっかくお父様が気晴らしにとレッドウィルリバーへ行くように手配してくださったのに、とその気持ちを裏切ってしまったようで悲しかった。


「お父様、ごめんなさい。急に王都に帰りたくなってしまったのです」


 そう言うと、ディスケンス公爵は優しくルビーの頭を撫で


「大丈夫、お前はなにも気にしなくて良いのだ」


 と、言った。そこでルビーは伝える


「お父様、わたくしの嫁ぎ先を決めてください。わたくしはお父様の決めてくださった相手なら、幸せになれると信じております。では宜しくお願い致します」


 とだけ言った。ディスケンス公爵は悲しい顔をしたが


「わかっている。大丈夫だ」


 と頷いた。それを見てわたくしも頷くと自室へ戻った。それからはまたしばらく引きこもりの日々が続いた。たまにディスケンス公爵婦人が


「ルビー、新しいドレスを作りに行きましょう」


 と誘ってくれたりもしたが、全くと言っていいほどそんな気分にはなれずルビーは


「お母様、ありがとうございます。もう少し時間をください」


 とだけ伝えると、ディスケンス公爵婦人は悲しそうに微笑み、それ以上はなにも言わなかった。


 ある日、ディスケンス公爵が舞踏会の招待状を手に


「ルビー、この舞踏会だけは王室の命令で出席せねばならない。おそらく王太子殿下の婚約発表があるのだろう」


 と言った。運命は残酷だ。どうやって避けようが、抗おうが、わたくしはゲーム通り“ざまぁ”されてしまう運命なのだ。運良く“ざまぁ”されなくとも、幸せな王太子殿下とパシュート公爵令嬢を見せつけられるのに変わりはないのだから“ざまぁ”されるのと差異はない。ルビーがそう思い絶望していると、続けてディスケンス公爵は


「それに、その舞踏会でお前の婚約相手を紹介することになっている。だから相手の顔に泥を塗らぬように、必ず出席しなさい」


 と言った。ルビーは覚悟を決めた。


 舞踏会の当日、以前のルビーならドレスからアクセサリー、小物に至るまで厳しくチェックし、念入りにデザイナーと相談して決めただろうが、そんな気力もなく全てディスケンス公爵が準備したものを着せられるままに、身に着けた。


 ディスケンス公爵にエスコートされ会場入りし、挨拶回りがすむと目立たぬよう壁際に立って、下を向いた。


 いつまでこの苦行を強いられるのだろうか? 今下を向いているこの瞬間も、王太子殿下とパシュート公爵令嬢がダンスフロアの主役になっているに違いなかった。


 だが、もう二人とわたくしは関係ない。わたくしは今日から王太子殿下ではなく、違う男性を愛していかなければならないのだ。そう思っていると、周囲がざわついていることに気づいた。


 ルビーは顔を上げる。すると会場の人々が道を開け、そこを王太子殿下が通ってルビーに向かってまっすぐ歩いてくる姿が見えた。そして王太子殿下は、ルビーに手を差し伸べ


「一曲踊っていただけないでしょうか?」


 と、言った。そこでルビーは気がつく、ルビーが王太子殿下と揃いの淡い紫色のドレスを着ていることに。

 差し出された手を取り、フロアの中央まで王太子殿下に手を引かれていくと、王太子殿下はグイっとルビーの腰を引き寄せた。音楽が始まり、ステップに合わせながら王太子殿下にルビーは囁く


「王太子殿下、揃いのドレスで申し訳ありません」


 すると殿下は微笑み


「なぜ謝る? そのドレスを贈ったのは僕なのに」


 と言った。驚き王太子殿下の顔を見ると、王太子殿下はうっとりとルビーを見つめ返した。ルビーはその微笑みに顔を真っ赤にしながら


「で、王太子殿下はパシュート公爵令嬢と婚約なさるのでは?」


 と答える。王太子殿下は


「まさか! なぜそう思ったんだい? とにかく君と僕はちゃんと話をしなければいけないね」


 と、ルビーの額にキスをした。あまりの恥ずかしさに、力が入らなくなってしまったルビーを王太子殿下は支えダンスを踊りきる。その後、ルビーを抱きかかえ、フロアの中央に立ち


「皆はもう、気づいていると思うが、私の婚約者を発表しよう。ルビー・ファン・ディスケンス公爵令嬢だ」


 と言って、ルビーの手の甲にキスをした。ルビーは叫び声が出そうになりながら、それを我慢し王太子殿下に


「王太子殿下、違いますわ、婚約は発表をまって」


 と支離滅裂なことを呟いた。王太子殿下はそんなルビーを愛おしそうに見ると


「照れているの? そんな君が愛おしいよ」


 と、唇に軽くキスをする。湧きあがる会場の中に令嬢たちの悲鳴がまじる。だが会場は祝福ムードで溢れた。


 そこに突然、金切り声が響く。パシュート公爵令嬢だった。パシュート公爵令嬢は一歩前に出ると


「ジェシー様、酷いですわ! わたくしを選んでくれるのではないのですか?」


 と叫ぶ。王太子殿下は無表情になり


「いつ誰が君を婚約者にするといった? 私は立場上、婚約者候補の令嬢には平等に接していた。いい機会だから言うが、パシュート公爵令嬢、君は勝手に私の名前を愛称で呼び、勝手につきまとい、勝手に婚約者候補の筆頭であると噂を流した。こちらは大変迷惑だった。本来なら追放を言い渡すところだが、君の父親のパシュート公爵に免じてそれだけは許してやろう。だが、今後一切王室関係の行事への参加は禁止する」


 と言い放った。パシュート公爵令嬢はその場に座り込み


「なんで? だって私、主人公なのに……」


 と呟いていたが、父親のパシュート公爵に連れられて帰って行った。王太子殿下はルビーを抱えたまま


「少しテラスへ行って話をしようか」


 と言い、周囲に向かって


「今日、この喜ばしい日を皆も楽しむがよい!」


 と言った。会場から拍手と歓声が上がる中、ルビーは王太子殿下に抱きかかえられたままテラスへ出た。

 外の風で赤くなった顔を冷ましていると殿下が話し始める。


「実は少し前の舞踏会の時に、パシュート公爵令嬢とダンスを踊ったあと、並んで立っていた順に次に君にダンスを申し込もうとした。ところが君がいつもと違った様子でテラスへ向かうの見て、追いかけたんだ」


 と言ったあと、王太子殿下は少し照れたように


「そうしたらテラスで君が泣きながら、僕を愛してると……」


 そこまで王太子殿下が言った瞬間に


「いやーっっ!!」


 と、ルビーは王太子殿下の口を思わず塞ぐ。王太子殿下は嬉しそうに自身の口にあてられたルビーの手を取ると


「パーフェクトで、完璧だと思っていた君が涙していることにまず僕は驚いた。そしてあの愛の告白は魂の叫びだった。僕は今まで君の何を見ていたのだろう? そう反省した」


 と言った。ルビーは恥ずかしさのあまり、顔を伏せる。王太子殿下はそんなルビーを見て微笑み、ルビーの手にキスをすると話を続ける。


「その時に声をかけようとしたが、パシュート公爵令嬢とフォルトナム公爵令息と男爵令嬢もテラスへ出てきたので、声をかけるタイミングを逸してしまった」


 ルビーは王太子殿下に訊いた


「では、あの後パシュート公爵令嬢が、その、フォルトナム公爵令息に抱きついたのは……」


 と言うと、王太子殿下は頷き


「見ていたよ。あの堅物フォルトナム公爵令息が、最近年下婚約者の男爵令嬢に夢中で首ったけだという話が社交界で噂されていたから、計算高いパシュート公爵令嬢は焦ったのだろうな」


 と言うと、苦笑し


「だが、パシュート公爵令嬢の目論みは見事に失敗に終わり、フォルトナム公爵令息はパシュート公爵令嬢を邪険に振り払うと、男爵令嬢を追いかけて行った」


 と言った。あのときルビーからは男爵令嬢も見えず、フォルトナム公爵令息とパシュート公爵令嬢がどんな会話をしているのかもわからなかったが、そんなことがあったのかと愕然とした。そのまま王太子殿下は続ける。


「あの二人のことはどうでもいい。大変だったのはその後の僕たちのことだ。君と話がしたくとも何があったのか、君はなぜか引きこもってしまって話もできなかった。仕方なく君の父上のディスケンス公爵と相談して、レッドウィルリバーの図書室へ招待して、ゆっくり話ができる機会を作ってもらった」


 ルビーは驚くと


「あれはお父様が取り計らってくださったのではなくて?」


 と王太子殿下に訊く。王太子殿下は困ったように笑い


「取り計らったというか、君と二人きりでちゃんと話をするために君がレッドウィルリバーの図書室へ行くように、ディスケンス公爵と仕組んだんだ」


 ルビーは驚きつつも疑問を口にした。


「でもあの時、パシュート公爵令嬢が……」


 そう言うと、王太子殿下は苦い顔をし


「彼女には困ったよ、フォルトナム公爵令息に振られあとがないと悟ったのか、散々僕を追いかけまわしてね。パシュート公爵の力を使ってあの場に現れた」


 ルビーは納得した。王太子殿下は続けて


「それでも僕にとって収穫はあったよ。まさか君が僕のあげたクローバーを押し花にして持っているとはね。本当に嬉しかった」


 そう言うと微笑み、そして辛そうな顔をすると


「君が離れていこうとしているのを感じて、あんなにも胸がかきむしられる思いをしたのは初めてだった」


 と言った。そして、ルビーの足を地面におろし、両手でルビーの頬を包むと瞳の奥をじっと見つめ


「君がいつも完璧なのも、何もかもが僕を思ってのことだとわかったのに、どうして君を愛さずにいられるものか」


 と言ったあと、思い切りルビーを抱き締めた。ルビーはボロボロと涙を流しながら、王太子殿下を抱き締め返すと


「王太子殿下はパシュート公爵令嬢を愛しているのだと思っておりました。王太子殿下はわたくしにとって全てでしたので、それが辛かったのです」


 と言うと、王太子殿下はルビーの顔を覗き込み、ルビーの涙を拭いながら


「そんな勘違いをさせるようなことをして申し訳なかった。月並みな言い方だが、君は僕に真実の愛を教えてくれた。愛している。君だけだ。本当だ。君しかいないよ。何度でも言うよ、心から愛している」


 と言うと


「結婚してくれるね?」


 と言った。ルビーは目を潤ませ王太子殿下を見つめ返すと


「はい」


 と返事をした。王太子殿下はルビーに深いキスをすると


「君に永遠の愛を誓おう」


 と言った。


 その後、国を挙げて二人の結婚式が盛大に執り行われた。王族の結婚では珍しく恋愛結婚であり、国民に祝福される要因となった。また結婚してからの熱愛ぶりは隣国でまで噂されるほどであった。


 パシュート公爵令嬢はその後どこかの侯爵家へ嫁ぎ、社交界に出てくることは一切なかった。


 こうしてルビーの物語は幕を閉じた。

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