回想~人生最良の日~
これはまだひなのが産まれる前の話。
「ちょっとりょーた!聞いてるの!?」
「……聞いてるって……少しほっといてくれよ……」
とある日の昼過ぎ、俺は上司との飲み会に駆り出され朝帰りを果たていた。
こんなの次の日は1日中ゴロゴロしたくなるだろ?
だがそうは問屋が卸さない。
いや、新妻が、だな。
「はぁ!?放っておいてくれですって……?へぇ新妻様にそんな事言うんですか、そうですか」
「……え、なに、ユラユラこっちに近付くな──」
「えい」
「!?」
あかりは寝転ぶ俺の目の前にやってきて、そのまま唇を奪っていった。
「おはよーのちゅーだよ♡」
「お……おう……」
にっこりと、怖いくらいに笑顔のあかり。
「目、覚ましてくれた?♡りょーたが起きてくれるなら気持ち良い事もしてあげるよ??」
「……そ、そうだな……」
「ただし」
「へ?」
あかりは最初から持っていたらしい、俺が昨日着ていたスーツのポケットを探り、1枚の名刺を取り出した。
──課長達に連れられて訪れたキャバクラの。
「それでも起きてくれないならこれについて、詳し~~く聞きましょうか?りょ……お……た……?」
「ひぃ!?」
俺は慌てて飛び起きた。
勿論ベッドの上で正座してな。
「……あ、あの、あかりさんや?俺は誓ってやましいことは──」
「へぇ?起きてくれたのにわざわざ語ってくれるんだ?言い訳しないと相当まずい事でもあるのかしら?」
「め、滅相もございません!!」
怖い!新妻がすっごい怖い!!
めっちゃ笑顔なのにすっごい声が冷えきってるの!
昨日の飲み会でかました一発芸の周りの雰囲気よりも断然冷たい!!
「あ、あかり、本当に何もないから!これは上司に連れられてどうしようもなくて……!」
「……へぇ、それで?」
「そ、それで……えーっと……」
「……ぷっ」
「あかり……?」
あかりは吹き出したように笑い出した。
「ふひひひ!!りょーた必死すぎ!なに?本当に隠したい事でもあるの?」
「な、ないよ!誓ってない!!」
「ひひひ!あーお腹いた!」
「お前なぁ……」
ベッドの上で仰向けで転げ回るあかりは首だけこちらへ向けた。
涙の残った瞳でこちらを見つめている。
「いやぁ笑った。今年に入って一番おもしろかった」
「……俺の必死の弁解がそんなにおもしろいかよ」
「おもしろいよ~。そんなにあたしと別れたくないの?どんだけあたしの事大好きなんだよ!って」
「あ、当たり前だろ!お前は俺の──」
あかりは頭を逆さまに向けて俺の台詞を奪った。
「──心に決めた相手、でしょ?」
「そ……そうだよ。なんか悪いのかよ」
「んーん!ちょっと重いけどそう言ってくれるのは嬉しい」
「重い……てか、そう言うお前だって重いだろ?付き合ってる頃お前、俺が本当に浮気したら殺すとか言ってたじゃねーか」
「え?そりゃそうでしょ?りょーたも浮気相手もどっちも殺すよ?ま、でも今はりょーたに死なれたら困るかも」
「……今だけなのかよ……」
あかりは「うんしょっ」とゆっくりと体を起こし、テーブルに置いていたらしいコーヒーカップを渡してくれた。
「ありがとう」
「いえいえ。あ、それで死なれたら困る理由だけどさ」
「一応聞こうか?」
俺はコーヒーを飲みながらその理由とやらを聞こうとカップに口を付けた。
そしてあかりは見計らったようにそのタイミングで唐突に告げた。
「うん。だってりょーたパピーになるんだもん」
「ぶぅーーーー!!!」
俺はおもいっきりコーヒーを吹き出した。
ぼたぼたと垂れる雫を拭う事もせず、大きく見開いた目であかりを見つめた。
と言うか固まってそれしか出来なかった。
「ふひひ、狙い通り吹き出したね!あーばっちぃ!」
俺は赤い顔で微笑むあかりの方にフラりフラりと近付いた。
「……な、なぁあかり……そ、それってさ……」
「だから言ったじゃん赤ちゃんだって。あたしとりょーたの♡」
「……あ、あぁ……そうか……!!」
「わっ!!」
俺はコーヒーまみれの体だが、そんな事も忘れてあかりの体を優しく抱き締めた。
「あかり……!ありがとう……!!」
「ふふっありがとうって何よ。あたし達2人の結晶でしょ?」
「分かってるっ……分かってるけど……ありがとうな……!!」
「あーあーそんな泣かないでよ。コーヒーでべっちょべちょだしぃ」
そう言いながらもあかりは俺の頭を撫でながら離れる事はしなかった。
たぶん、俺にはこれ以上に幸せな時間はもう来ない。
そんな風に思える程、俺は涙を流して喜んだ。
「ったく、本当に分かってるのー?これからが大変なんだから!ちゃんとこの子をこの世に産んであげて、2人でこの子を幸せにしないといけないんだから!泣いてる暇なんてないよ!!」
「……分かってる……!」
俺は強く返事をした。
そしてあかりは俺の両肩を掴んで真剣な表情を見せた。
「ね、りょーた?これだけは約束して」
「? なんだ?」
その瞳の強さを、俺は忘れた事はない。
「──あたしとこの子の命、どっちかを選ばなきゃいけない事になったら迷わずこの子を選んで」
「……!」
俺は思わず目を逸らしてしまう。
……選べる、わけねぇよ。
俺にはまだ自覚も、覚悟も、何もかもあかりには及ばないんだから……
「こーら、後になってりょーたが後悔しないように今言ってるの。これはさ、あたしからの命令。もしもあたしを選んだら絶対りょーたを許さないから」
「俺は……!俺はお前を幸せにするって決めてる……!だけど……あかりとの子供も大事で……無理だよ、俺には選べねぇ──」
「りょーた」
あかりは俺の口にそっと人差し指を当て、笑顔を向けた。
「今まで十分幸せは貰った。これからはこの子にも分けてあげて。これはお願い」
「……だけど……!」
「ま、これはもしもの話だよ!大丈夫、あたし達2人でこの子を幸せにするつもりだから!」
「……脅かすなよ……ったく……」
あかりは悪戯が成功した子供のようにはにかんだ後、突如暗い顔に変わって俺の体から離れた。
「……だから、浮気なんてしてる暇ないからね……??」
「し、してねーって!!おい、あかり!?聞いてる!?あかりーーー!!」
──そしてこの日から約9ヵ月後、俺は人生で最も幸せな瞬間を迎える事となる。
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