第17話 家出JKを見付けた。


「ひな、佐々倉さんの事どうするのが正解だと思う?」


 江本との電話を終え、一通り佐々倉さんの身に何があったかを察した俺は、ソファでどっしりと構えるひなのに声を掛けた。


 お前サングラス似合うな……


「ひなに難しい事は分からん。パピーはどうしたいんだ」

「そうだな……」


 俺はボスチャイルドと向かい合いながら心の整理を始めた。


 佐々倉さんとは出会って間もない。

 だが彼女の存在は既に我が家にとってとても大きなものになっている。


 突如出会った家出JKなのにな……


 家出JKは実はVtuberで、そんな女の子が通い妻になって、短いけど濃い数週間だったよ。


 俺はさ、あの子に個人的に特別な感情なんて本当に持っちゃいない。

 アラサーとJKだ。当然だろう。


 それ以前に俺には心に決めた相手が居る。

 

 だからこそ佐々倉さんは、あかりと良く似たあの子には、あかりに出来なかった事を全部してやりたいんだ。


 あの子が笑顔でこの家を出て行くなら言う事はなにもない。


 でも──


「……あのメール。もう俺とは会えませんって……あまりにも唐突過ぎるよな。あの子らしくもない」

「うむ」

「きっと、お母さんと何かあったんだろう。俺はさ、あの子の問題は全部解決してやりたいんだ」


 自分が何故ここまであの子に入れ込むのか、きっとあかりと似てるからってだけじゃないのかも知れない。

 特別な感情が無いのは今だけの事なのか──ま、今はそんな事どうでもいい。


 このままお別れだなんてごめんだね。


 突然の別れなんて1度で十分だ。


「ひなも手伝ってやるぞ」

「ありがとな。それに一度くらい挨拶が必要だと思ってたんだ。ひなの、行こう佐々倉さんの所へ」

「うむ!」


 俺はひなのの手を取り、はにかんでやる。


「で、佐々倉さんちってどこ?」

「やれやれだぜ……」





「はぁ……」


 一軒家である我が家の2階の角。

 そこが私の部屋。


 窓から眺める世界に特段変わった事はなく、ため息は増えるばかりです。


 昨日家に帰ってから母さんと沢山話し合いました。


 本当に沢山……


 結局、私の想いが母さんに届く事はありませんでした。


 詳しくは……今は考えたくありません。


 少し前の私ならきっとまた家を飛び出していたでしょう。


 ですが今の私には諒太さんが居ます。


 あの人はこんな私を見たらまた俺が何とかしてやるとか、気の済むまでここに居れば良いとか言ってくれるんでしょうね。


 ──だから私は諒太さんとはもう会わないと決めました。


 また迷惑を掛けてしまうから……


 諒太さんが倒れたのだってきっと心労もあったはずです。

 

 あの家は私にとって本当に居心地の良い場所だったから、甘え過ぎてたんです……


 だから、もう諒太さんとは──


『ひな、この辺か?』

『うむ。じぇーけーがひなの"庭"に来た時、家が近いとかで盛り上がってこの辺だと言ってたぞ』

『お前保育所の事、庭とか呼んでたのか』


 嘘……でしょ?

 窓の下に見えるのは諒太さんとひなのちゃん……?


 ……どうして……?


 ……あんな、あんな突然会えないとか送ったのに……

 今までのお礼もせず、あんな……事した、私を探して……!!


 私はいても立ってもいられず、窓を開けて叫んでしまいました。


「諒太さんっ、ひなのちゃんっ……!!」


 流れ落ちる涙が諒太さん達の元へ届いた時、2人がニヤっと笑いました。


『家出JK発見』






『みやび!?大きな声出してどうしたの!?』


「げ、やべ」

「パピー見付かるぞ!」


 佐々倉さんちが分かったのは良いが、このまま親御さんと対面するのはイメージ的に良くない気がする!


 なんか常識無いやつみたいじゃん!


 俺の予定では佐々倉さんにメールした後、丁寧に迎えられてそのままご挨拶をと思ってたんだが……

 急な訪問だから只でさえ常識には欠けるのに、これじゃ拐いに来たような雰囲気が……!


「とりあえず隠れるぞひな──」

「……手遅れだ」

「え?」


 俺がひなのを抱き抱えようとしゃがみ込んだ時だった。


 ──ガチャ。


「……あなたは……?」


 俺が今にも逃げようとしている所を思いっきり見られてしまった……


 こんな時どう動くのが正解だろうか?


 脳内をフル回転させ、焦りに焦った俺の脳内コンピューターはあり得ない答えを弾き出してしまった。


 ……俺が出した答えはこうだ。


「お、お母様、いつもお世話になっております、みやびさんの"夫"の浅田諒太と申します……!!」


 その場に居た佐々倉さんの母親は勿論、2階から俺達を見下ろしていた佐々倉さんまでもが言葉揃えて言った。


『……はい……!?』


 2人の言葉は一緒だったが声色は違った。

 佐々倉さんは酷く顔を赤くして。

 

 一方母親の方は低く冷たい声で──


「……やっちまったな、パピー……」


 俺の胸元でジト目を作るひなの。


 ……お前くらいは俺に優しい視線を送ってくれよ。





「はぁ……ひとまず事情は分かりました。あなたがみやびのよく言ってた"諒太さん"なのですね」

「……誤解を招くような発言をして本当に申し訳ございません」


 我が家周辺の郊外の中でも一等地である場所に一軒家を構える佐々倉家に通された俺とひなの。


 何とか佐々倉さんの説明と、俺の釈明の甲斐あって母君の誤解は解けた。はず……


 と言うかひなのの存在がでかかった。


 この子が居なかったら俺は完全に変質者だ。

 自分の家に置いていた子が出ていったから取り戻しに来たアラサー……マジひなのに感謝。


 まぁひなののせいでこんな訳の分からん状況になっているとも言えるのだが。


「……さて、それで浅田さん。一体どのようなご用でこちらへ?」


 佐々倉さんの母親──雅子まさこさんが美しい所作で耳に髪を掛ける。


 恐ろしい事に美しいのは所作だけではない。


 切れ長の目元も、艶のあるしなやかなボブっぽい髪も、抜群のスタイルも、その何もかもが美しい。


 ……おっそろしい母ちゃんだな佐々倉さん。


 俺はクロスの敷かれたテーブルを囲む雅子さんの隣に座る佐々倉さんをチラリと見た。


 彼女と視線が合う事はなく、ずっと下を向いてしまっている。


 やれやれ、仕方ねぇな。


「私の用と言うのはこの子の事です。なにやらお母様とその、言い合いをしてしまった、と」

「えぇ、ですが果たしてそれがあなたに何の関係が……?」


 ま、至極当然の反応だな。


 この人からしたら本当に俺という存在は何なのか、謎なわけだし。


「関係……ですか。そうですね、それ程大層な関係ではありません」

「……!」


 俺のその言葉に佐々倉さんがびくっと肩震わせた。


 ……そう不安がるなって。


「ですが、私はこの子の背負う問題を解決してやるだけの関係ではあります」

「……良く分からないのですが」

「お母様は私とみやびさんとの関係をきちんとお伺いで?」


 俺の問いに雅子さんは横に首を振った。


「私がこの子から聞いたのは"自分の夢を応援してくれる人が出来た"と"大人の男性でこれからはその人の元で頑張る"ただそれだけです」


 ……おいおい……きちんと母親を説得したんじゃないのかよ。


「お母様はその説明でご納得されたので?」

「そんな訳がないでしょう。ただこの子は言って聞く子じゃありません。きちんと夜は帰って来るのなら、満足するまでは放置しておくつもりだっただけです」


 雅子さんは「ですが」と続けた。


「この子の将来に傷が付くような事は放置しておけません。だから私は言ったんです」


 俺は、次の雅子さんの言葉に思わず拳を握ってしまった。


 それは母親としては当然の判断で、何も悪い事はない。

 だけどそれは佐々倉さんの大事なものを踏み滲る言葉だった。


「そんなくだらないものに貴重な学生の時間を費やして、その上人生を台無しにするなら配信活動とやらは勿論、その男性の家に行くことも禁じると」

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