第5話 ハンガー
駿と神酒は駐屯地の再奥部にあるハンガー前に来ていた。正面は大きなシャッターになっていたが、その右に通用口がある。神酒はここでもカードキーとテンキーロックを解除すると、肩で押してドアを開いた。
薄暗いハンガーの中には迷彩塗装を施されたトラックが止まっていた。荷台の前方には、人間用には大きすぎるくらいのドアが3つ並んでいる。
「鹿山(しかやま)3曹」
神酒の声が響くとトラックの下から人影が現れた。手に付いたオイルをウエスで拭っている。年の頃は二十台半ばといったところだ。鼻の下にはまるでヒゲのようにオイルが付いていた。
「やっときたな。待ってたよ」
丸っこい顔に屈託のない笑顔で迎えられた。妙に歓迎されているようだ。
「説明はよろしくね」
神酒がそう言うと、鹿山3曹はウエスを持ったまま手招きした。
「それじゃ、こっちに来てくれ」
トラックを回り込むと、そこには白地に派手な赤のストライプが入った物体が鎮座していた。
「ロボット?」
人型のそれは一見してロボットのように見えた。
だが顔の部分にはバイザーがあったものの、中には何も入っていない。
「いや、強化スーツとかですか」
そのバイザーの内側には後頭部にあたる部分に縞状のライナーが見えた。
「そ。カッコいいだろう」
「介護用のなら高校の実習授業で見たことがあります」
「介護用と一緒にするなよ」
鹿山が軽く握った拳で胸を突いた。
彼はまるで自分の事のように話していた。介護用と比べられたことが不満なのだろう。
「まあ、出力や耐久性はけた違いだけど技術的には同じようなモノだけどな」
「秘密兵器ですか」
「その通り。日本が世界に先駆けて開発した戦闘用強化スーツだ。とは言っても介護機器が実用化されているくらいだから、各国ともに技術的に作れないって訳じゃない」
と言うことは、費用対効果が見合わなかったという事だろう。
「じゃあこれは低価格を実現したって事なんですか?」
「いや。そうじゃない」
駿には今ひとつ会話の流れが見えなかった。多分に怪訝な顔をしていたはずだ。
「兵器ってのは性能と価値が正比例しない。能力が一定のスレッショルドを越えると一方的な勝利を得やすくなる」
「いきなり価値が高くなるってことですか」
「そういうことだ」
そう言うと、鹿山はATLAと書かれたスーツの肩に手を置いた。
「いいか。強化スーツは人間の能力の内、主に力を強化する。そして、それによって機動力や火力を上げることが可能だ。もしベトロニクス、電子装備の携行量を上げれば、状況認識能力を上げることもできる」
「だが、機敏さを上げることは難しい」
「でも、あの薬を使えばそれができると?」
「そうだ。そしてそれによって相乗効果が生まれる」
「なるほど、無敵の戦士ができあがる訳ですか」
「残念ながら、無敵と言うにはちょっと無理があるかな。君の配属は決定事項じゃないから詳しいことは言えないが、当然に限界もある」
そう言うと、鹿山3曹は拳でスーツの胸板を叩いた。
「例えば……見れば分かると思うけど、装甲防御力なんてないに等しい。まあそれでも小銃弾くらいは止められるから防弾チョッキ並みだな」
「力が上がるんだから装甲をつければいいんじゃないですか?」
「そんなことしたら重くなって折角の機動力がなくなっちまうよ。それに装甲ってのはある程度の厚みが必要だ。だるまみたいになっちまう」
鹿山は、言葉を切ると腰に手をやってこちらを見る。
「他にも制限はあるが、それは君が仲間になれば教えてやる。待ってるからな」
駿の肩に鹿山が手を置くとその腕に力が込めれれた。何でかは分からないが彼には歓迎されているようだ。
鹿山の話が一区切り付いたようなので、そのスーツを一目見たときから気になっていたことを聞いてみた。
「ところで、これはなんでこんな派手なカラーリングなんですか。兵器なら迷彩とかに塗るものじゃないんですか?」
鹿山は伺うような視線を神酒に向けた。彼女は仕方ないというように苦笑すると頷いた。
「これは試作機なんだよ。ATLAってのは防衛装備庁の事だ」
「まだ量産されていないんですか」
さっきまでの歯切れの良い言葉とは裏腹に、鹿山は言いよどんでいた。
「このスーツはパイロットに合わせた特注だから、量産っていうのは語弊があるが……実用型がない訳じゃない」
神酒が制止しないので見せられない訳ではないのだろう。黙ったまま言葉の先を待った。
「あんまり見せたくないんだけどな」
そう言うと鹿山はハンガーの奥に向かって歩き出した。
「こっちだ」
迷彩塗装のトラックの後ろにまわると、車の後ろにかけられたタラップを上った。鹿山が分厚いドアを引くと嫌な音を立てながらドアは開いた。
中に入ると、左の側面にはモニターが並んでいる。ちょっとした指揮所といった感じだった。
「この車は指揮支援車なんだ」
鹿山は備え付けの椅子の後ろを通って更に奥に進む。そしてオリーブドラブに染められたカーテンを開けた。
そこは左右が人一人分よりは若干広い範囲で仕切られている。その仕切りの一つ一つに外につながる跳ね上げ式のドアが付いていた。区画は左右に三つづつあり、一つを除いて全て空だった。
駿は先ほど見たスーツと同じようなモノがあることを想像していた。しかし、そこにあった
のは完全に別物と呼ぶべきモノだった。何せそこにあったのはスーツらしきものではあるものの、下半身しかなかったのだ。
「あの……これだけ?」
下半身だけしかないスーツを指さして問うと、それに答えたのは後ろから付いてきていた神酒だった。
「予算が下りなくてね」
彼女はため息をつくと言葉を続けた。
「もともと下半身のみのファーストパッケージと全身のセカンドパッケージの両形態で開発されてきたから、これでも不完全というわけじゃないわ。上半身がないので重火器の扱いは厳しいけど、軽い分むしろ機動力は高いのよ」
なるほどそういうモノもありなのかと思う。介護用のスーツでも下半身のみのモノも多かった。
そのことには納得した駿は残る疑問を聞いてみた。赤白の試作機を見たときから気になっていたことがあったのだ。
「この膝の上にある蹄みたいなものは何ですか?」
「見てのとおりの蹄だよ」
再び鹿山が答えた。
「蹄?」
「君は筋力が二倍になったとして二倍の早さで走れると思うかい?」
駿は足が太くなった自分を想像してみたが、早く走ろうとすると足がもつれて転んだ。
「無理でしょうね。足の回転がついていきません」
「そう。あの薬を使ってもそんなことは無理だ。では、どうすれば早く走れると思う?」
「足が長くなればってことですか?」
「そのとおり。でも膝の位置を変えることはむずかしいし、下肢だけ長くすればバランスが悪い。そこで、こうした訳だ」
鹿山がスーツにつながれた機器のコントローラを叩くと、折り畳まれていた足先が音も無く伸びた。
「馬とかダチョウの足をイメージしてもらえば分かりやすいと思うけど、こいつを使うと馬鹿でかい靴を履いてつま先立ちするような感じになる。人間の足は靴だけ巨大化させたところでつま先で立てるほどの筋力はないが、機械の足なら可能なんだ」
伸び上がったスーツは、腰の位置が駿の目線よりも上にあった。
「これによって歩幅は2倍以上に伸び、速度もそれに比例して上がる。戦車なみ。いや、森の中でも高速移動できることを考えれば、戦車以上の機動力があるのさ」
駿は、口を開くことなく頷いた。
「さてと。では装備を見てもらったところで移動しましょうか」
そう言って神酒がきびすを返すと、鹿山が肩に手を回してしみじみと言った。
「じゃあな。ホントに待ってるからな」
駿は彼が危ない人なのかもしれないと懸念を抱きながら、急いで神酒の後を追った。
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