僕たちはなぜ生きているのか

柳田 國春

僕たちはなぜ生きているのか

 僕は元々「始まり」という言葉にとても惹かれていた。何が、いつ、どこで起こったのかを、解き明かしたくて仕方がなかった。

 この世に数ある「起源」の中で僕を最も惹きつけたのは、宇宙と生物の起源だった。

 宇宙は、いや世界はどのように始まったのか。宇宙の始まりにビッグバンがあったとされるが、ビッグバンはどうして、どのように起こったのか。そもそも、「世界」とは何なのか。宇宙なのか。それとも、宇宙の外側に何かあるのか。ビッグバンの前はどんなふうだったのか。

 実験室の中で、無機物から有機物を作り出す実験は成功している。しかし、有機物から生物がうまれる過程は未だ解明されていない。地球は初め灼熱の星で、生物は存在し得なかったはずだ。宇宙から飛来したのでなければ、地球の歴史のどこかで生物が誕生したことになる。物体と生物の違いは何か。生物にあって物体に無いものは何か。どのようにして、物体は生物に成るのか。生命とはなにか。また「死」も、生命の有無について考えるときには見過ごせない事象である。生物の生と死を隔てるものは何なのか。死は不可逆だ。人が生き返ることはない。息を引き取った老人の遺体。それと、ほんの5秒前の生きていた体は何が違うのか。何も変わらないように見える。しかしそこに厳然と存在を主張する、越えがたいなにか。

 そんな僕を夢中にして止まない「起源」達は、あるとき僕をある疑問へと行きつかせた。

「僕たちの生に、意味はあるのか。」高二の初夏のことである。

 その頃僕は、あまり学校でうまくいっていなくて、よく頭の中で考え事をしていた。進路の事、勉強の事、日常生活の事、いろいろぐるぐる考えて、ふとその疑問に行き当ってしまった。それはとても恐ろしい疑問だった。きっとすぐ答えにたどり着いてしまったからだろう、僕はその疑問に蓋をして、数か月間考えないようにしていた。

 疑問の蓋を開けたのは、夏休み明けだった。僕は、堪らなくなって学校に行けなくなっていた。僕は一度、自分自身と向き合わなければならなかった。そんな中で、僕はついに、恐ろしいあの疑問をもう一度考えてみよう、と思った。

 答えは案外、すぐに出た。まず僕は肉体に答えを求めた。そこに意味がありそうな気がしたのだ。しかし、高校生活も半ばに差し掛かって、生物選択者の僕はそこそこ自分の体について詳しくなってしまっていた。魂の存在を認めない僕にとって、自分がただの原子の塊であるということは、もはや自明の理だった。次に、僕は世界に自分が生きた証を残すことを考えた。生きた証が意味になる、と考えた。だが数瞬後、昔はこれで良かったのに、と思った。小さい頃の僕の夢は歴史に名を残すことだった。歴史の教科書に載って、偉い人たちの仲間入りをしたかった。しかし、もう違う。それでは駄目だ、と思う。歴史に残ったから、何だ。教科書に載ったから、何だ。偉い人として称えられるから、何だ。そんな、人類が滅びてしまえば、地球が滅びてしまえば跡形もなく消し飛んでしまうような、ちっぽけなものが世界に刻まれた証なものか。僕はそれを否定した。

 そして僕は、否応無しに理解させられた。

 意味はない。

 それが答えだった。考えてはいけなかったのだ。生物と物体の違いなんて、考えてはいけなかった。宇宙の外側になんて、思いを馳せてはいけなかった。ただ無為に生まれ、時を過ごし、死ぬ。それだけなのだ。濡れた手を振れば水滴が飛ぶ。つま先で空のペットボトルを蹴れば、倒れる。それらと全く同じ。

 意味無シ。

 それから僕は漫然と数週間を生きた。自ら生きる意味を失ってしまった僕は、生きる目標までも失ってしまった。けれども、やがて転機が訪れる。体調が回復し、精神状態が向上して、少しずつ学校に行けるようになると、僕は、生きることに意味はない、ということに対して違う考え方をするようになった。意味がないのなら、無いでいい。そう開き直れるようになったのだ。これで僕は随分と楽になった。そうするとここに、新たな問いが浮かんでくる。何を目指して生きるか、である。しかし、僕の中には既に答えがあった。自己満足である。意味がないのなら、もうあとは自己満足しかない。自分の生き様に納得して、満足して死ぬこと。これが僕が目指すべき未来なのだと自ずから分かった。人生に意味などいらないのである。どう生きて、それを自分がどう感じるか。本当に大切なのはそれだけである。

 長々しく書いたが、これが僕の結論である。

 人生とは、究極の自己満足なのだ。

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僕たちはなぜ生きているのか 柳田 國春 @yanagida-kuniharu

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