拝啓、赤さん
五右衛門
拝啓、赤さん
――エネルギー抽出開始。皆様、耳を塞いでください――
無機質な音声アナウンスは研究室全体に響き渡る。私は言われた通りに両耳を塞ぎ、装置から離れる。研究室の奥に映る鉄の扉が何処か不気味に感じた。
遂に、遂にここまで来たのだ。私はここまでよく頑張ってきた。
教育の為なら幾らでも金を注ぎ込み、愛を注いでやる。その覚悟をもって、我が子を産んだ。雨上がりの朝露のように輝いた黒い目を見た時、この子は将来大成する。そう確信した。
あの子を産む前までは、自由に伸び伸びと育てばそれで良いと思っていた。でも、それは間違いだ。自由など要らないのだ。徹底的に管理して育てる。私が優秀な子供にしてみせる……
誰かから肩を叩かれる。
「キヨミさん。もう終わりましたよ」
私は目をあける。緊張からか目も閉じてしまっていた。振り返ると、白衣を着て眼鏡を掛けた男性がいた。その端正な顔立ち、モデルだと疑うほどのスタイルには見覚えがあった。清水さんだ。私は両手を耳から離す。
「清水さん。すいません、教えていただいて」
「いえいえ、やはり緊張しますよね。あんなところに赤子がいるなんて」
清水さんは指差す。そこには私達のいる黒色を基調とした空間とは反対の白色の部屋があった。形はコンパスと鉛筆で描けてしまうほどシンプルだ。床と天井が白で、壁はガラス張りとなっている。
そして私の可愛い赤ちゃんである『ヒロ君』は、白の部屋の真ん中のベッドの上に寝かされている、複雑に入り組んだ機械に囲まれながら。
被験者を中心にして、研究員が観察しやすいような造りは実験に適している。黒の空間が研究室ならば、白の部屋は実験室といったところか。
しかし、実験室とは言ったが、肝心の被験者である我が子の顔はよく見えない。目をよく凝らしても、子供の頃に見たSF映画さながらの機械の間から、可愛らしい桃色の肌が少し見えるだけであった。
私は我が子を覆う機械に注目する。頭に幾つも付いた吸盤、足に何重にも絡みつく導線、腹を隠すほど設置された無数のカメラを見た時、激しい焦燥感に襲われた。
「もう少し近くで見ることは出来ますか」
「ええ」
清水さんは私よりも早く実験室に駆け寄る。私も近づき、ガラスに手を当てて上から覗き込むようにして部屋の隅々まで見る。遠くからでは死角になって分からなかったが、真っ白な床には玩具が散らばっていた。
その中には赤ちゃんが遊ぶにしては大きめの赤色と青色のボールがあり、積み木、布でできた人形、子供用のナイフ等、様々な種類の玩具が乱雑に置かれていた。
「珍しいですね。今の時代にナイフだなんて。今の赤子の玩具はVRが主流でしょうに」
後ろから清水さんの声がしたので前のめりになった体を戻す。確かにそうだ。ナイフなんて骨董品は何年前のものか。今は警察も特殊改造が組み込まれた警棒を使いボタン一つで対象者を捕まえる。一般市民も所持している人がいるとの噂だ。人が人を殺す時代は終わったのだ。今は皆一人一人自分を守る手段を持っている。
その他の玩具もあまりに古く、二〇四五年を生きる私にとってはかなり異様だ。私は親として、この時代遅れな玩具に無性に腹が立ち、思わず口が開く。
「確かに不思議です。今は玩具一つとっても重要です。積み木や着せ替え人形もVRで似たようなことができます。しかも、VRの方が種類も豊富です。昔、少子化を抱えていた日本は教育に力を入れました。そして、日本の教育分野は世界でトップクラスになりつつあるのです。なのにその日本政府教育機関の研究所がどうしてこんなものを……」
私はハッとして黙り込む。つい語りすぎてしまった。恐る恐る清水さんを見る。彼の眼鏡フレームの奥に映る瞳は、真っ直ぐこちらを見ていた。
「私もそう思います。世界で見ると、石油の枯渇による他エネルギーの供給など様々な問題が発生しています。教育はその無数の問題を解決するカギになります。未来ある若者を育てることこそが、解決不可能だといわれてきた問題全てに少しの可能性を創り、大きな希望を託すことができるんです。だから私達は彼らが歩く道を舗装しなければならないんです」
そう語る清水さんの目は輝いていた。
成程、この人は道の整備だけに飽き足りず、皆の為になるのならと真っ先に行動して、光ある若者の道標にもなろうとしているのだと思った。彼のように信念を持つ者の目、何かを成し遂げる者の目は、どの場所にいても総じて活躍できるはずだ。
世の中時代遅れな物はある。でも、変わらないものもあるはずだ。もしかすると、彼のような人が世界を発展させていくのかもしれない。彼と話していると不思議とそう思えてくる。眼鏡の奥に映る熱い想いを、私は応援したい。
「あ、すいません。つい熱くなってしまって。エネルギーのことになると……」
清水さんは恥ずかしそうに笑う。
「いえ、大丈夫ですよ。今までは口数の少ないイメージだったので、ギャップがあってカッコよかったです。清水さんってエネルギー研究の方だったんですか」
「ええ、そうです。一仁さんからは何も聞いてなかったんですね」
「はい、夫からは『僕がいない間は彼を頼ってくれ』としか聞かされてないです」
一仁さんもこの教育機関の研究者の一人だ。そして、私の夫である。清水さんと一仁さんは同じ名門大学出身だ。一仁さんの方が先輩である。ここ一週間は仕事が山積みらしく、中々会えていない。実験当日くらいは会いたいと思っていたがどこにも姿が見当たらない。この巨大な研究所の中では探す気力も起きない。
「あら、そうでしたか」
清水さんは心底驚いたような表情を浮かべる。そして、少し咳払いをして白衣を整える。
「では改めまして、私は園田一仁さん発案の『ベイビーレター計画』のエネルギー開発を一任されている清水弘人と申します」
清水さんは礼する。何処までも丁寧で律儀な人である。
「よろしくお願いいたします」
私も礼する。顔を上げると清水さんと目が合った。
「すいません。エネルギー関係の最終チェックがあるので私はこれで」
「はい、お時間取らせてしまいすいません」
私はもう一度礼をする。忙しなく働く研究員の足音が響く。
「大丈夫ですよ。エネルギーは準備するのが大変なだけで、当日はこれくらいしか仕事がないんですよね」
「そうなんですね。私はてっきり準備よりも開発の方が難しそうに思いました」
「あはは……」
歯切れの悪い返事をする。私は清水さんを見る。メガネのプリズムが反射して表情がよく分からない。清水さんは後ろを向く。そして、後ろ姿のまま、
「赤子は見えましたか」
「いえ、近づいたら見えるかと思いましたが、全く」
「そうですか」
清水さんは歩みを進めた。彼の踏みしめる足音がやけに耳に残る。
私は一度全体を見回す。それにしてもこの研究室は広い。この研究所の中で最も大きな場所と知らされていたが、ここまでとは。
余りにも広い為、四本の円柱の柱が実験室を中心として対角線上に建っている。ここからだとよく見えないが、この一本一本の円柱の奥は他の部屋へと繋がる道があり、今も研究員達が行き来している。
その時、五人の研究員が実験室の前に立った。一人が女性で、残りは男性だ。その女性は後ろ姿でも分かるほど大きかった。
その中の一人の研究員がガラスに手を当てる。
当てた手を中心にして光り輝く青色の線が広がっていく。ガラスがひび割れるという風ではなく、あくまで縦と横に規則的に線が伸びていく。気づけば無数に輝く正方形が研究室内を照らす。そして青に輝く正方形達はゆっくりと浮き出てきて、ホログラムになって消えていく。実験室と研究室を隔てていたガラスがなくなり、誰でも入れる状態になった。
研究員達は何事もなかったかのように実験室の中に入り、機械の最終確認をしていた。
私は実験室の際まで移動して前傾姿勢で隈なく中を見る。流石に研究員でもない私が中に入るのは不味いと思い、足は踏み入れなかった。我ながら子供のような行動だ。でも、もし何か不具合があったらと思うと、居ても立っても居られなかった。
実験に失敗したら……あの子に嫌われたら。私は、私の今までは。
雑念だった。
私は実験室の天井を見た。先ほどは分からなかったが、無数の小さな穴が開いている。床も同様に無数の穴が開いていた。
今度は床に散らばった玩具を見る。初め気になっていたナイフを見てみる。よく見るとかなりリアルだ、本物と疑うほどに。私はナイフを拾おうと試みるも、かなり遠い位置にある。中に入れば取れるが、そこまで見たい訳ではないので、仕方なく近くの人形を拾い上げる。金髪の少女が笑顔でこちらを見ている。それにしても、赤子用だとしたらかなり大きくて重い。目の縫われ方も雑で何とも陳腐だ。背中にはファスナーが付いていた。
でもこの人形の顔、何処かで見たような。私は暫く考えるがよく分からなかった。手に持っていた人形を元の場所に戻す。
私は前を向く。黒の空間から白の部屋、黒い機械に囲まれた中心には、赤みがかった白い肌。外側から黒、白、黒、白の順で変わる単調な色に混ざる薄い赤。私は元々「赤」という漢字は好きだ。でも、この赤色だけは特別に好きだ。その赤色を見つめていたら吸い込まれてしまいそうなほどに。
「ベイビーレター計画……」
ふと言葉を漏らす。
エネルギー抽出型記憶転送装置、通称『手紙』。これは、私と一仁さんが名付けた。
今から二十年ほど前のことだ。日本政府は少子化に悩まされ続けていた。政府は様々な対策を講じたが、根本的な解決には至らなかった。その中で、最後の希望として水面下で進められたのが『ベイビーレター計画』だった。
一仁さんは少子化を解決することは難しいと思い、個々の子供の能力を高めようと考えていた。少数でも優秀な子供を育てる。思考を伴わない作業は全てAIに任せて、残りの問題を優秀な子供たちに託す。それが一仁さんの見解だった。
それは根本的な解決ではなかったものの、少子化問題の新たな切り口として政府からの注目を浴びた。徐々にその話は大きくなり、一仁さんは発案者としてこの少子化対策を『ベイビーレター計画』と名付けた。今の大人達が近い将来大人になる赤子達の為に尽力し、その意思や想いを届けるのが手紙の様だからだと私に話した。
そして、今回の実験は『ベイビーレター計画』の集大成とも言える。一仁さんは日本の少子化問題を大きく改善させた人物だ。彼はこの研究において最も権力があった。被験者を選ぶ際に、一仁さんは私の子供を推薦した。私が一仁さんに頼み込んだのだ。
目の前に映る巨大な機械を見て足が震えているのは事実だが、後悔はしていない。この実験で、私の子はさらに優秀になるのだから。
何時の間にか実験室にいた研究員はいなくなっていた。私は何処かもたれる場所がないかを探した。ずっと立っていたので休める場所が欲しかったのだ。丁度真後ろに円柱の柱があったのでもたれることにした。私は客人であり、実験時刻が来るまでは好きにしていいと言われた。しかし、研究所であるため、下手に動くと、我が身に危険が及ぶ可能性がある。一応客人であるので椅子ぐらいは用意していてもよいのではないか。
「キヨミさん」
後ろから声がする。女性の声だった。円柱から顔を出して見ると、椅子に座る女性がいた。彼女は研究室からでた道の隅に座っていた。道幅が広いため他の研究員の邪魔になることもなさそうだ。椅子は木製で、この場の雰囲気にあまりそぐわないものであった。きっと何処からか持ち出したものだろう。
彼女は白衣を羽織っており、研究員の方だと一目でわかった。黒髪で髪型はロング、横顔だけで分かる目の大きさ。柱から覗きこむ私と目が合うと、彼女は座ったまま此方の方を向く。正面から見ると、やはり美人な方だと思った。
「こんにちは。あ、すいません座ったまま」
彼女は立ち上がろうとする。
「いえ、そんなことはいいから座って」
その女性は、失礼します、と小声で言い席に着く。勿論、座れることなら座りたかったが彼女のお腹を見るとそんな事はどうでもよくなった。
「あなた妊婦でしょ。どうしてここに? 」
「ああ、えっと、先ずは突然お声掛けしてすいません。私は清水麻紀といいます。私はエネルギー関連の研究者で……」
「清水さんって、あの清水さん? ごめんなさい割り込んで」
私は思わず聞いてしまった。
「あ、はい……その、清水弘人とは結婚して二年目です。で、私もその『ベイビーレター計画』に参加している研究員の一人です。ですけど今はとてもじゃありませんが実験に協力できなくて。それでも実験当日くらいは顔を出したいと思い、育休期間で無理を承知で夫に頼んだんです」
麻紀さんの声はどこか自信なさげで弱弱しい。しかし、よく考えてみれば清水さんが今の玩具をよく知っていたのはそういうことだったのか。
「あの……ここじゃなんですし、別の部屋に行きませんか? 提出しないといけない書類もありますし」
私は麻紀さんの背中を支えてゆっくりと持ち上げる。麻紀さんは驚き急いで立ち上がりそうになるが、それをもう片方の手で制止させる。
「ゆっくりで大丈夫ですから」
立ち上がった麻紀さんを見ると妊婦の頃の私を思い出す。落ちるわけがないのに両手でお腹を抱えてしまうのはよくあることだ。
「では……行きましょうか」
黒い研究室から一歩進めると、そこはごく普通の廊下が続く。まあ、普通といっても床は如何にも高級そうな材質でできているのだが。研究室に入る前は驚いたが、今となってはあの黒の空間の方が異質だ。麻紀さんは私と一定の距離を置き、大事そうにお腹を抱える。
ふと疑問が湧き出てきた。
私と麻紀さんが会った場所は私がこの実験室に入った時とは反対側に位置していた。しかし、幾ら何でも一人の女性と椅子の存在に気づかないなんてことがあり得るのだろうか。きっとこの人は私が清水さんと話しているときを見つけて、私の目を盗んでここで待っていた。
なら何故今、姿を現した? 彼女に不信感を覚える。少し探りを入れてみることにする。
「麻紀さんとはいいママ友になれそうです」
私は麻紀さんを見て笑みを浮かべる。彼女は私と反対の方向を向き、酷く怯えた様子でいた。
「もしかして背中触られるの嫌でした? ごめんなさい。妊婦はいつもお腹の子の心配をしなきゃいけないですものね。でも、安心して下さい、私は子を持つ者としていい先輩になりますよ」
「いえ……すいません心配して頂いて」
彼女は少しだけ笑顔を浮かべた。今がチャンスか……
「麻紀さんが座っていた椅子、運ぶの大変だったでしょう? 声を掛けて下さればお手伝いしましたのに」
麻紀さんの顔を見る。相変わらず何かに怯えている様子だった。返答まで数秒かかった。
「あぁ、それは……うちの研究員に頼みました。つい先ほど運んでもらったばかりなのに申し訳ないことをしちゃいましたね」
やはり、私より後にここに来たのだ。もう少しだけ攻めてみる。
「どうして、わざわざ私に声をかけたんですか。道案内までしてもらって」
先程よりも長い沈黙が続く。明らかに返答に困っている様子だ。
「それは書類を書いてるか確認するためで……」
「この研究所には沢山の研究員がいると聞いています。それこそ、貴方のように突然の欠員がでても問題ない様に。その中で客人である私をサポートする担当がいないのは可笑しくないですかね、政府の機関なのに。それに、実験開始直前に書く資料ってなんですか」
「……」
彼女は何も言わずに下を向く。図星だ。この女、何かある。鎌を掛けるだけのつもりだったが、つい言いすぎてしまった。ただでさえ長い廊下がより長く感じる。
麻紀さんは「控え室」と書かれたプレートを片手で示した。信用はならないが、やることもないので彼女についていくことにしたのだ。中に入るとエアコンがよく効いていて寒いと感じるほどだった。中はシンプルな造りで、荷物を入れる棚、長机に椅子が三つ。私は木製の椅子に腰掛ける。反対側には二つの椅子。隣を見ると、本来そこに椅子があったかのように、不器用に空いた空間があった。
「キヨミさん、先程の質問に答えることができず、すいません。でも、此方にある書類は本当に書く必要があります」
タブレットの画面が映し出された。見出しには『実験同意書』と書かれていた。
「この書類は本来今書くものではありません。実験開始直前、起動ボタンを押す前にキヨミさんがサインする。言わば最終確認です。しかし、直前の直前に書く義務はないのです」
「なんでですか? 」
「本人の選択をギリギリまで受け入れることができるようにする為です」
「違います! そういうことじゃないです。ならなぜ私はこの書類を今ここで書く必要があるのですか」
私は怒気を強くして言った。
「それは……今この場所でないといけないからです」
質問の答えになっていない。私は机を両手で思い切り叩き立ち上がる。エアコンで冷えていた為か、机はひんやりと冷たかった。私は研究室に戻ろうと足を進める。
「待って下さい! 」
麻紀さんに片腕で肩を持たれて制止される。
「これは、貴方の為なんです。貴方の家族の……」
私は目を見開く。自然と席に着く。
「家族の為とは、どういうことですか」
「ごめんなさい、私から言えるのはここまでです。後はこれを見て下さい」
すると、机に一冊のノートが置かれた。
「あの……そのノートはキヨミさんのご主人様の研究日誌です。書類が書き終わっても時間が余ると思いますので、ぜひ目を通してみて下さい……」
私は頷く。麻紀さんを見るとその目は今にも泣きそうな顔をしていた。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……私は……」
麻紀さんが走り出して部屋を出ていく。
「ちょっと! そんなに走ったら」
私は思わず声を荒げて廊下に出て、辺りを見渡す。しかし、麻紀さんの姿は消えてしまった。床に何か落ちている。私はそれを拾う。ガラス瓶だ。ラベルには英語で睡眠薬と書かれていた。
麻紀さんは妊婦。きっと彼女も並々ならぬストレスを抱えていたのだ。彼女が清水さんについて何か言いかけていたのは、喧嘩でもしたのか。真相は分からない。
私は部屋の中に戻る。そしてこの部屋、ありとあらゆるものが古い。木製の椅子なんて今じゃ超高級品だ。私は棚の下の引き出しを開ける。中には沢山の玩具が入っていた。
色々と気になることはあるが、とりあえず書類に目を通してみる。実験日は「二〇四五年八月十日」と記されている。その下に『ベイビーレター計画』の説明と、発案者「園田一仁」と記されていた。
そしてその下に、その妻『セキキヨミ』と書かれていた。
この事を友達に話した時は変だと言われた。何もおかしなことではない。私は一仁さんと話しあって「選択的夫婦別氏制度」を取り入れただけだ。私はこの珍しい苗字が気に入っているし、一仁さんにとっても「園田」は思い入れのある苗字だった。それだけの話だ。
私は一通り書類を書き終えた。途中の研究員紹介で、タブレットの画面に清水さん夫婦が出てきた。どちらも良い大学を出ていてやはり頭もいいのだと思った。書き間違いがないか同じページを三度は見直した。「次に進む」をタップして、更新を待つ。
暫くするとゴシック体で『園田(そのだ)博(ひろ)隆(たか)様のベイビーレター計画の参加に同意します』と書かれた画面になった、可愛らしい顔写真と共に。このチェック欄にチェックを入れれば、私はこの大規模な実験に同意したことになる。母親としての責任が、重くのしかかる。
思えばここまで長かった。私と一仁さんは一心同体。酸いも甘いも知っている。あの子が生まれた時も、ずっと私に寄り添ってくれたのだ。勿論、あの子がいなければこの計画はスタートすらしなかっただろう。私は優秀な子供を育てなければならない使命があるのだ。
隣の『研究日誌』を見た。今の時代紙に文を書くなど珍しい。ノートを捲る。どこか懐かしい感触だ。見た感じ毎日ではなく、何か特別なことがあった時だけ記されるようだ。
二〇四〇年六月三日
私達は赤ちゃんを授かった。記念に育児日誌兼研究日誌を書くことにする。表紙には見られていいように研究日誌と書いておく。自由に元気よく育ってほしいな。
二〇四〇年七月二十日
我が子の顔を見ると自然と勇気が出てくる。何かをしてあげたくなる。そう思った私は、沢山の玩具を買ってあげた。特に気に入ってくれたのはこの金髪の人形。赤ちゃんが両手で抱えるほどの大きさで、しかも軽い。
今の時代VRが主流だが、実際に手で触って楽しめるものの方がいいに決まっている。こういう考え方が時代遅れと言われるのかもな。
二〇四一年六月十二日
一か月前、幸弘(ゆきひろ)が亡くなった。まだ一歳のお誕生日も迎えていなかったのに。妻に話しかけても生が抜けた顔で「うん……うん」と頷くばかりだ。人は人を失うとこんなにも無気力に、弱々しくなるのだと知った。私も辛い。でも今は、妻を支えなければ。
それに、『ベイビーレター計画』も今順調に進んでいる。そうだ……これでキヨミを救える。元気づけることができるかもしれない。
私はあの時の事を思い出す。博隆には兄がいた。園田幸弘という兄が。初めて幸弘の顔を見た時、本当に可愛くて仕方なかった。でも、別れは一瞬だった。世界全体の機械化が進められた頃、日本は公害に悩まされていた。政府は該当地域にマスク等の対策を講じて最低限に抑えることはできた。だが、不幸にも幸弘が被害にあった。私は涙をぐっとこらえる。
私は次のページを捲る。その後は研究の成果が綴られていた。ノートもちょうど半分に差し掛かったところ、つい最近の話題が出てきた。
二〇四五年四月十日
遂に二人目の子供が生まれた。でも、キヨミの様子が変だ。いつも教育がどうとか言っている。遊ぶにしても、昔のように人形遊びや積み木ではなく、VRだ。幸弘のこともあってか、子供を育てるというより、監視や管理に近いような。もう少し待ってくれキヨミ。『手紙』が完成すれば、お前も分かってくれるはずだ。
それはそうと、研究仲間でもあり、旧友の清水君が何やら瓶を大事そうに持っていた。薬剤師の友人から譲り受けたものらしく、如何やら「妊婦や赤ちゃんでも安心して使える睡眠薬」らしい。彼ももうすぐ子供を授かることだし、奥さんを安心させたいのだろう。
二〇四五年六月二十八日
先月、清水君から二人きりの相談を受けた。私はひどく彼を𠮟責した。感情任せになってしまった。彼は私の右腕だ。あくまでこれは研究に研究を重ねた結果分かったことなのだ。覚悟を決めねばならない。
その時だった。
――緊急事態発生! 緊急事態発生! ――
大音量の警告音と共にアナウンスが鳴り響く。何事かと思い、廊下を走り先ほどまでいた場所に戻った。右手に研究日誌とタブレットを握りしめたまま。
研究室の中は騒然としていた。私は辺りを見渡し清水さんを見つけると、
「どうしたんですか! 」
会うや否や大声で聞いてしまった。
「……」
清水さんは何も答えない。一度我が子の顔を見なければ安心できない。私は実験室のガラスを何度も叩いて割ろうとする。しかし、何人かの研究員に止められてしまう。
「キヨミさん! ガラスを割るのは……中に入りたいなら」
一人の研究員が円形のガラスに手を当てる。繋ぎ目すら分からなかったガラス張りに青色の線が浮かぶ。私は人ひとりが入れる隙間ができた瞬間に中に入り、我が子の元へ行く。
「博隆じゃない……誰? この子」
その赤子はぐっすりと眠っていた。
「誰なのよこの子は! 」
私は何か変わった事がないか辺りを見渡す。研究員に様子のおかしい人はいない。次は白の部屋に注目する。ナイフに人形、積み木に青いボールに……
赤いボールがなくなっている。
私は大事そうにお腹を抱える麻紀さんの姿を見つけた。麻紀さんの元へ駆け寄る。近くには清水さんもいた。
「緊急事態ってこのことみたいね。麻紀さん、悪いけどそのお腹見せてくれる? きっと赤いボールがあるはずよ、妊婦って噓だったのね」
「嫌です! 」
「キヨミさん! 落ちついてください! 赤いボールならあそこにあるでしょう」
清水さんは実験室を指さした。そこには入り組んだ機械に挟まる赤のボールがあった。清水さんはさらに口を開く。
「実験の試運転として循環装置を稼働したんです。稼働中は密閉空間になるので、赤子が呼吸できるようにと床から天井に向けて空気が流れるようにしていたんです。そしたら本来取り除くはずだった赤ちゃん用の玩具が入ったままでして、赤いボールの位置も悪くて機械にハマって……」
どんな風が吹けば赤いボールだけ器用に浮かび上がって、機械に挟まるのだろうか。
「もういいよ、弘人。そんなバレバレの噓。本当のことを話そうよ」
「麻紀、俺はお前のことを思って…………大体、お前のせいなんだぞ! 」
清水さんの怒声が響く。そして、麻紀さんを平手打ちした。
「お前が此奴に変な情を持たなければ、僕たちの計画は完璧だったんだぞ。俺の目を盗んでコソコソ何かしやがって」
私はただ、話を聞くことしか出来なかった。他の研究員達もザワついていた。
清水さんは全てを諦めた様に深呼吸をする。その目には輝きなどなく、ただ淡々と事の経緯を説明した。
「一仁くんはこのベイビーレター計画を進めるにあたって、エネルギー担当の研究員がいないことを嘆いていました。そこで私に頼み込んできたんです。話を聞けば聞くほど夢のある話で、是非この計画に参加したいと思いました。そして、私はこの巨大な装置『手紙』を安定して稼働できるエネルギーの開発を任されたんです。石油と同じくらいのエネルギーを見つけるのは困難を極めました。でも、気づいたんですよ。なぜ石油にこだわっていたのか。あくまで欲しいのは生命エネルギーだということに」
何か凄く不吉な予感がする。
エネルギー抽出型記憶転送装置、通称『手紙』。それは簡潔に言えば、赤子の親に対する気持ちを正確に読み取り、それをその親に伝えるものだ。『ベイビーレター計画』のテーマが大人達から赤子に未来を託すものだとしたら、その集大成とも言える『手紙』はその反対だ。赤子が大人に向けて気持ちを伝える。そうすることで、小さなうちから精密なコミュニケーションを取ることが可能になり、親子関係の絆が深まる。
環境は人を創る。なるべく早くにより良い環境を作ることで、より優秀な子供が出来るのだ。
「この『手紙』に必要なエネルギーの中で最も難しいのは生命エネルギーです。しかもこの装置の肝である記憶転送に関わる部分。今までは生命エネルギーを他のエネルギーでどう代用するかを考えていましたが、その必要はありませんでした。
直接得ればいいのです。生命エネルギーを。長年の研究の結果、生命エネルギーは血に多く含まれると分かりました。
しかし、これだけの巨大装置、ネズミやモルモットなどの小動物では無理です。かといってライオンや虎などの大型動物は融通が利かない。そして遂に見つけたんですよ、適任を。『人間』です」
起きたこと、考えたことを本当にただ淡々と述べている。その時一人の研究員が口を開く。
「キヨミさん、一仁さんは? 」
「いえ、知らないです」
目の前の悪魔が不適に笑う。
「あれぇ、今日はキヨミさんとずっと一緒にいるって言っていたのに」
私はガラス越しに鉄の扉が見えた。私は一目散にその扉の前へ向かい、扉を開こうとする。かなり重くて片方の扉を開けるだけでも十秒はかかった。
「一仁さん!」
私は磔になった枯れ木のような色をした人間に抱きつく。
「キ……ヨミ」
一仁さんの声がする。枯れ葉が擦れるような声だった。
「すまない、彼奴に騙されてここに……記憶転送には、『血の繋がった』人間が必要だと。でも良かった……博隆の想いが聞けたか」
私は何も言えなかった。『ベイビーレター計画』の集大成、『手紙』は失敗に終わったのだから。
「お前の顔が見れて……よかった。そして、キヨミ実はな……ここの実験室の玩具は……全て僕たちの家のものだ……」
声こそ出ていないが、意識はある。まだ助かる可能性がある。その時、悪魔の声がした。
「もう、キヨミさん、まだ話はついてないですよ。ごめんなさいねぇ、エネルギーのことになるとつい熱くなっちゃうもんですから。おや、これは一仁さんじゃありませんか。ご無沙汰してます。私達の子の為にありがとうございました。実験は麻紀のせいで失敗に終わりましたが」
清水さんは深くお辞儀する。その両手には先ほどぐっすりと眠っていた赤子が大事そうに抱えられていた。
「清水……お前」
一仁さんは出せる限界の声で言い、清水さんを睨んだ。
「キヨミさん。ついて来て下さい。来ないとこの男、殺しますよ」
清水さんは気味の悪いほど穏やかな声で話した。
「なんなの、なんなんだよあんたは」
私は激昂する。
「え? 私はただ、言葉巧みに操られて、まんまと自分の命を失う結果になったことと、この子の為に騙されて頂いたことに感謝をしていただけですよ。あ、そうだ麻紀、お腹の中の子を見せてあげなさい」
清水さんは麻紀さんに駆け寄る。そして、清水さんは両手に抱えた赤子を実験室のベッドに戻し、麻紀さんの服の下から手を入れてその中のものを取り出し、私を手招きする。
近づくと、清水さんが手に抱えているものを渡してきた。
暖かそうな毛布にくるまれたその中にいたのは、博隆だった。ぐっすりとよく眠っていた。
「いやぁ、ごめんなさいね。騙すような真似して。でも、安心してください。安全な睡眠薬でよく眠っていますよ」
適当にばらまかれた思われた点は、繋げてみると一つの真っ直ぐな線となる。やけに麻紀さんが小声だったのはそういうことだったのか。そして、研究員が椅子を運んだのは噓だった。もう産んでいれば、椅子など一人で運べるのだから。
「麻紀は朝に赤子を入れ替えることと、入れ替えた赤子を隠すことが仕事だったのですが……」
清水は麻紀の側まで走り、助走をつけて殴る。麻紀は床でのたうち回るようにして叫ぶ。
「まさかここまで使えないとは」
私は清水夫妻を睨む。
「どうして、こんなことをしたんですか。私の夫をあんな姿に」
「仕方ないよ、必要経費だもん。私は何としても早く我が子に『手紙』を使いたかったんだ。でも、その為には一仁くんが邪魔だった。彼も僕と同じ奥さん第一だからね」
ハハハッと、清水は笑う。お前と一仁さんを一緒にするな。
「だから僕は考え悩んだ。そんな時に丁度、エネルギーに人間が必要なのが分かった。だから僕は彼に声を掛け、噓をついた。彼、僕をとても気に入ってるみたいで、すぐに信じたよ」
「そんなの、少し待てば……夫はあんな姿にならなくて済んだのに」
「少し? 違うね。僕はその少しすらも惜しかった。準備が大変だとも言っているだろう。それに、優秀な子供を作るのがベイビーレター計画の本質だろ。僕と麻紀は一流大学を出ている。幾ら一仁くんが凄くても、君がただ育児に五月蠅い女だとねぇ。一仁くんからよく相談を受けるんだよ、君のこと」
怒りが頂点に達した。体が震える。皆のために真っ先に行動するのは良いことだ。でも、これは違う。私が私であるため、一仁さんが一仁さんであるために必要なことなのだ。私は手に持っていた物を床に置く。
「キヨミちゃん、もしかして俺のこと殺そうとしてる? 」
「ええ」
清水が大声で笑いだす。
「本当にバカじゃん、女の力で男を殺せると思ってるの。それこそ、ナイフでもなければ」
ナイフでも、なければ……
私は実験室に散らばる玩具へ手を伸ばす。
目の前が一転する。
清水に足を掛けられたみたいだ。でも、目的のものは拾うことができた。
「ハハ、この僕が、彼奴の怪しい行動に、気付かないとでも? 」
清水はゆっくりと私の元へ近づき、銀色に輝くナイフを拾い上げる。そして、大きく振り上げる。刃先が輝く。清水の眼鏡が乱反射する。
「そんな不細工な人形で何ができる! これで終わりだ!」
私の腹のあたりに刺されたであろうナイフは、清水によってゆっくりと引き抜かれていく。
「どうして……」
彼は尻餅をつく。当然だろう。彼の持ったナイフは偽物だったのだから。
私は何事もなかったかのように立ち上がり、金髪の可愛い人形のファスナーを開く。中に入っていたのは小型のナイフ。通りで重いはずだ。
私は彼を見つめる。
世の中時代遅れな殺しの道具はあるが、いつの時代においても人を殺す時の目の輝きは同じなのかもしれない。
「やめろ、やめてくれ」
清水は恐る恐る立ち上がる。私が狙うのは決まっている。最後に情けをかけてやろう。
私は猪のように猪突猛進で突き進む。ナイフを前に突き出して。
狙う獲物はやっと立ち上がろうとしているこの女。清水麻紀だ。
「やめろぉぉ! 」
清水は声を張り上げるだけで命を懸けて守ろうとはしていない。もし守っていたら命だけは奪わぬつもりでいたのに。何処が一仁さんと似ているというのだ。麻紀が此方を見る。その目は完全に生を失っていた。
麻紀がおもむろに手を伸ばし、清水の腕を掴み引っ張る。
「え? 」
清水は麻紀の前に移動する。ナイフは清水の腹部に突き刺さる。
白衣が血で滲む。私はナイフを引き抜く。赤黒い血が真っ白な床に滴る。清水は未だに自分の置かれた状況を理解できていない様だった。
今度は心臓めがけて一刺しする。清水はこの世のものとは思えない声をあげる。致命傷を与えられた事で、清水は遂に理解したのか私の肩を握る。
だがもう遅い。私は何度もナイフを抜き刺しする。肩に握られた手が重力に従って垂れ下がるまで私は刺した。清水が私にもたれかかる。私が血にまみれたナイフを抜いて離れると、清水はうつ伏せになって倒れる。眼鏡が割れる音がした。
人が人を殺す時代はまだ終わらなかった。変わらないものだった。
私は手に持ったナイフで、今度は麻紀を刺そうとする。
「待って、話を聞いて」
力ない言葉と同時に麻紀は警棒を突き出す。特殊改造が施された警棒……噂は本当か。ということはこの女、自分で守る手段を持っていながらも、彼奴を犠牲にしたのか。
「お礼を言わせて、ありがとう。殺してくれて」
私は突き出したナイフを下げる。
「私はこんなこと本当はしたくなかった。でも彼奴が怖くて。でも、でも貴方を、一仁さんを苦しませたくなかった」
「だから私は貴方に接触を試みた。此奴の目を盗んでね。そして、私は貴方に知ってほしいことがたくさんあった。でも、それを直接言えば、貴方は暴れるだろうと思った。そして、清水に全てバレて私が殺されてしまう。だから私は貴方に察してほしかった。 今置かれている状況を。少しでも気づいてもらいやすくするためにも、一仁さんがよく使っていた部屋に連れていき、一仁さんの研究日誌を渡した」
麻紀は実験室の機械に挟まれた赤いボールを指さす。
「私は貴方達を騙したくなかった。だから朝取り替えるときにこのボールをお腹の中に入れればバレないと思った。でも結局清水にバレた。 それでも諦めきれなかった私は実験室の最終確認の研究員を装い、実験室の中に入った。そして、去り際に赤のボールを機械の隙間にねじ込んだ。こうすれば、実験は中止になると思った。実際に緊急アナウンスが鳴ったけど、遅かったみたい」
私はあの五人の姿を思い出す。一人だけふくよかな研究員がいた。後ろ姿だけじゃ分からなかった。
「エネルギー抽出開始のアナウンスが入った時点で、一仁さんは既に苦しめられていた。その後も私は『実験同意書』をわざと離れたところに持ち出して、実験開始を長引かせようとしたけどダメだった見たい」
彼女の言うことはもしかしたら噓なのかもしれない。でも今は、野望を抱いた輝いた目なんかより、生を失ったこの目の方が信用できる。私は口を開く。
「貴方、捕まるの? 」
「ええ、きっとね。殺人罪にはならないと思うけど、実験における大事な書類を勝手に持ち出して、サインをさせてしまったことは、大きな罪になる」
「サイン? 何を言ってるの」
私はタブレットと研究日誌を拾い上げる。そして、タブレットの『実験同意書』をスクロールして最後の画面を見せる。チェックはされてなかった。
「私はあくまで目を通しただけよ。チェック何てしてない。だってあの時の貴方、信用できなかったもの」
麻紀は乾いた声で笑う。突き出した警棒を下す。
「そして、最後に一つだけ。その研究日誌の最後のページを開いてみて。じゃあね、次はママ友として出会えたら」
私は麻紀の背中を見送る。私は麻紀を許した訳ではない。正直、警棒がなければ殺していた。
私は言われた通りに研究日誌を手に取る。
最後のページを開いた。
――拝啓、赤(せき)清美(きよみ)さんへ――
前略
『ベイビーレター計画』が無事に終わったらこのノートを貴方に見せようと決めておりました。何故か研究員の方には育児日記だと知られています。
もし博隆が大人になった時、自分が赤子の時に書いた手紙を見せたらどんな表情をするのでしょうか。私は正直悩んでいるのです。優秀な子供を育てることが本当に良いことなのか。本当は貴方が昔していた、自由に伸び伸びと育てていたやり方が正しいと思っていたのです。幸弘がいなくなってから、ずっと考えています。
そして、私はこの『ベイビーレター計画』の本当の意味を貴方に、赤さんに伝える必要があると思いました。この『手紙』は優秀な子供を作るためのものではないのです。
子供の気持ち、温かさを知って、優しさを知って、ただ、戻ってほしかったのです。あの頃の貴方に。
草々
あの日、私はもう誰も失わせないと誓った。もしかしたら、その時から教育に取り憑かれていたのかもしれない。
機能停止した機械と死骸が、私に重く伸し掛かる。
(終わり)
拝啓、赤さん 五右衛門 @2021bungei02
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