おまけ2 ヤマさんってさ
これは、3人が北野天満宮に訪れる直前に交わした、空き教室内での会話である。
◇
「さて、今日はどこに行きましょうかね」
法学部棟4階空き教室で、ススムはスマホを操作しながら活動場所を考えていた。
「ザ・観光地な場所行ってみたいかも」
アユミもススムの訪問地決定談義に加わる。
「ザ・観光地でございますか。この辺りだと金閣寺や仁和寺、あとは北野天満宮といったところですかね」
「うわ、全部すごい有名なところだ。そう考えると、ここら辺ってかなり観光名所揃ってるよね」
「ええ、おまけに祇園のあたりに比べれば人もいませんから、観光しやすいのですよね」
西園寺記念大学周辺のエリアは京都の中でもかなりのネームバリューを持つ名所が揃っているわりに、京都駅から離れていることもあって、祇園を含む東山エリアと比べると観光客数は少ない。さらに、敷地が広大な寺社が多いため、人が溢れると言うような窮屈な観光にはなり辛く、比較的ゆったりとした観光時間を送れるのだ。
「あのさ……」
頬杖をつき、ススムをボーッと見ていたトオルが口を開いた。
「話変わって申し訳ないんだけど、ヤマさんって京都出身なんだよね?」
トオルの発言に、ススムは不思議そうに小首を傾げる。
「ええ、そうですが……どうされました?」
「いや、大したことじゃないんだけどね!ヤマさんが関西弁喋ってるのって聞いたことないなって思ってさ。ちょっと気になって。急にごめんな」
「あーでも確かに。山城くんが関西弁話してるのって聞いたことないね」
アユミが人差し指を頬にトンと置き、呟いた。
「ああ、そんなことですか。それはですね……」
そう言うと、ススムは座っている椅子をコロコロと前後に転がす。
「あたくしの両親は2人とも関東出身なのですよ。父が東京で母が神奈川の出身でございましてね。そういった理由で家での会話は標準語なので、標準語の方があたくしとしてはネイティブなのですよ」
「え、意外。ヤマさんって生粋の京都人なんだと思ってた」
トオルは軽く握った手を口元に当て、目を少し見開いた。
「ふふふ、トオル殿、実は違ったのですよ。父も母も京都好きでしてね。それはもう、地元には帰らずに京都で就職をするくらいに。そんな両親の影響もあって、あたくしも京都が好きなのかもしれません」
「ご両親からの英才教育の賜物か……その、山城くんのご両親は何の仕事してるの?実は私も京都で就職いいなって思っててさ、参考にしたい」
「へぇ!駿河さん京都就職希望なんだ!」
「おお!それはいいですね!参考になるかは分かりませんが、父は京都の情報誌を出版している出版社に勤務しておりまして、母は京阪に勤めております」
「2人とも好きを仕事にって感じでいいね」
そう言うと、アユミは合わせた手を口元に持って行き、楽しそうに笑った。
トオルもアユミにつられて微笑んだあと、でもそっかー、と天井を仰いだ。
「ヤマさんは結局関西弁喋れないのか。ちょっと聞いてみたかったな」
すると、ススムがトオルの肩に手を置き、眼鏡の位置を直しながら、ふふふと笑う。
「誰が関西弁を話せないと言いましたかトオル殿。あたくしは標準語の方がネイティブなだけであります。20年近く京都に住んでいるのですから、関西弁だって話せるに決まっているではありませんか。これぞ京都弁といった感じのものもしっかりと習得しておりますよ」
日差しが窓際に座っているススムのみを明るく照らす。きらりと光る眼鏡がダイヤモンドに見えた。今のススムなら、バレンシアガのモデルをやらせてもそれなりにこなすのではないかと思えてしまうほどに頼もしい。そんな様子を見たトオルとアユミは、目を輝かせながら、ススムに顔を近づける。
「マジ?ヤマさん京都弁喋れんの!?」
「聞かせて聞かせて!山城くん!」
「も、もう、仕方ないでございますな」
ススムは少し顔を赤らめながら、それでは、と咳払いをする。トオルとアユミは鼻息を荒くしながらススムの次の言葉を待つが、どうしたことか、一向に言葉を発する気配がない。
「ど、どうしたの、山城くん」
「大丈夫かヤマさん?もしかして具合でも悪くなった?」
微動だにしないススムをトオルとアユミの2人が本気で心配し始めたとき、ススムが左手を頭の後ろに持って行き、照れた表情で頭を掻いた。
「い、いやぁ、何と言うかその、いざやってと言われるとなかなか言葉が出てこないものでございますなぁ」
ススムをスポットライトのように照らしていた陽の光が、歪で不格好な薄い雲によって遮られた。静まり返る室内に、乾いた冷たい風が通り抜けた気がした洛楽倶楽部の3人であった。
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