ヤギの現実逃避。
庭くじら
第1話 ヤギと幽霊
***
セミの騒音で目を覚ました、夏休み三日目のことだった。
ここ数日は外に出て疲れたのか体がいつもより重い。
明らかに重いと、そう思う。
「いや、重すぎないか?」
そう思って薄い夏用布団を見ると、上に何かいた。
女の子だった。ついでに言えば幼女。
まだ夢を見ているのかもしれない。
「なるほど布団に幼女が乗っている夢か……。」
将来が不安になった。
一応、頬とかひっぱったが、残念ながら効果なし。
そもそもこれ意味あんのか。
疑念は晴れない。
とりあえず冷静になろう。
そう思い、夏用布団でその子を包んで床に下ろそうとして。
「ダンっ!」
その子を思いっきり床に落とした。
「……。」
俺の寝床は二段ベットの上だけになっていて、落ちるとそれなりに痛い。
色々不安になって床をおそるおそる眺めてみたが、その子は完璧に寝ていた。
むしろ今ので熟睡度が上がってしまって、永遠の眠りについてしまったのではないかと恐怖するほどだ。
よく見ると呼吸で肩が動いてたりするので生存しているのだろう。
待てよ。この光景はまずいんじゃないか。
ベッドの上から落とす虐待をした後、上から幼女を眺めてニヤニヤ……
ロリコンでDVとか救いようがねぇ。はい。現実逃避!現実逃避!
それにしてもよく寝ている。
目覚まし時計が聞こえないタイプなのかもしれない。
本当に今更だが、うちにこんな子はいない。
居候の従兄弟は、そんなに幼く無いし、その友達説ってのも無理がある。
この子はまだ小学生くらいに見えるし。
床に落ちたその子をクイックルワイパーの柄で突いてみた。
つんつん。
「反応なしか」
もう一度。
「反応なし。まあ、あっても困るんだけど……。」
困った。非常に困った。
「ねぇ、ヤギ氏ぃ〜。空から美少女が降ってきたらどうしよう?」と先週ほざいていた木村に連絡すべきだろうか。
考えるまでもなく否である。あいつは天性のロリコンだし、この子が危ない。
友達からの救助を諦めて、ひとまずお茶でも飲みに一階へ向かう。
階段を一段ずつ下っていくと脳が冴えていって、今の絶望的な状況をよく理解できてしまった。「これだから現実は……。」
冷蔵庫の麦茶を2つコップに注ぎ、お盆に乗せる。
「あ、」
「おはよう。」
リビングで噂の従兄弟とエンカウントしたから律儀に挨拶した。
「はよう。」
「消されたおを不憫に思わないのか。」
可哀想だろ。美化語のおとは違うんだぞ。
「うるさい。」
朝から長ったらしい駄弁はいらないらしい。
ひらがな4文字で俺を黙らせた彼女はノナという。
本人曰く、漢字で書くと野菜になるのが嫌らしい。
そんでもって俺の用意した麦茶をごくごくと飲み干してしまった。
「あの、それ。」
「うん?私のでしょ?
たまには気が効くじゃん。」
「だ、だろー。」
まさか「部屋に幼女がいて、その子にもあげようと思ったのですよー」なんてほざいたら警察を呼ばれかねない。
もし、奇跡的に呼ばれなくても、俺の家庭内ヒエラルキーは冷蔵庫の隙間にご在住であろうゴキブリ以下になることは避けられないだろうし。
ここは誤魔化すしかねぇ。誰に言われるでもなくそう感じた。
いわゆる生存本能ってやつだろう。
ノナが去った後にもう一つコップを出して麦茶を注ぐ。その間わずか2秒。
体感だけど。
其の疾きこと風の如しって感じで階段を駆け上がった。
揺れる麦茶、焦る内心、ぶつけた小指(痛え)。
そのすべてを持って帰還した。
その狭い六畳一間の空間にはやはり幻覚ではなく先客がいるのだった。
これでもかと言うほどに、ふてぶてしく寝てますけど。
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