第一部
第1話 正義の勇者、登場 1
ここは、ファンタジーの世界。
人間、エルフ、ドワーフ。ホビットに獣人に妖精、はたまたゴブリンに吸血鬼にトロルにドラゴン。そんなさまざまな種族が入り乱れて暮らし、ときには助け合い、ときには血を流しあう。
これはそんな世界の物語です。
ファンタジア大陸最大の国、ファンタジア王国。我こそは大陸の盟主なり、とでもいいたげに大陸の名をそのまま冠しています。
よく晴れた、春のある日のことです。このファンタジア王国にある田舎の村、イナカンでは、ちょっとしたイベントが始まろうとしていました。
イナカン村の一軒の家に、村人たちが裏庭を囲むように集まっていました。
この借家の現在の主はアリウス・アリゲイト博士。村で唯一のエルフで、王立魔法学院の元教授という、なかなかに立派な肩書を持っています。
このエルフの魔法学者が、今日これから、自分が住んでいる借家の裏庭で正義の勇者を異世界から召喚する予定になっているのです。これを知った村人たちは、こんな楽しそうな出し物はめったにないと、サーカスか手品でも見物するような気持ちで集まってきたのでした。
博士が借りている家の裏庭はそんなに広くはありません。一方は家の壁面、その他の三方は人間の腰ほどの高さの板塀で囲まれています。
その裏庭いっぱいを使って、召喚儀式の準備がなされていました。
地面には、複雑な図形とルーン文字を組み合わせた、召喚用の魔法陣が描かれています。さらに魔法陣の周囲には、いくつもの魔導具が設置されていました。
水晶球、儀式用のワンド、指輪、首飾り、角の生えた動物の頭蓋骨、なんだかわからない鉱石らしきもの、同じくなんだかわからない鳥の羽などなど。
儀式の準備は整っているようですが、肝心の博士が見当たりません。
博士は、庭の板塀のところで何やら作業をしていました。二、三人の村人に手伝ってもらいながら、塀に等間隔に防御の護符を張り付けているのです。予定外に見物人が集まってしまったため、安全のためのこんな作業が増えてしまったのでした。
正直なところ、博士はちょっと困っていました。
この世界では、魔法というものは慎重に扱うべきもので、場合によっては危険なものなのです。特に、召喚術のような高度な魔法はなおさらです。面白い見世物とは違うのです。
本来なら、秘密にしてこっそり執り行うべきでした。
ですが、博士ははやる気持ちを抑えきれず、親しい村人の何人かに『ここだけの話』として、召喚儀式のことを喋ってしまったのです。
もちろん、危険だから来ないようにとは言いました。しかし、押すな押すなと言われれば押してしまうのが人情というもの。来るなと言われれば行ってみたくなるものなのです。
こうして、数日の間に『ここだけの話』は『公然の秘密』になってしまったのでした。
ようやくすべて準備が整い、博士が魔法陣の前に来たところで、見物客の一人である、太った雑貨屋のおじさんが声を掛けました。
おじさんは博士とは親しい友達で、最初にこの計画を聞いたうちの一人です。
「博士、まずはスピーチやってくれよ!」
博士は怪訝な顔をします。いきなり予想外のリクエストをうけ、出鼻をくじかれました。先が思いやられます。
「スピ-チじゃと?」
「そうだよ。サーカスだって団長が前口上やるだろ? ああいうの頼むよ」
いいぞーやれやれー! という無責任な掛け声が飛んできます。エルフの魔法学者は仕方なく、村人たちの前に立って挨拶を始めます。
「えー、お集まりの皆さん、本日はありがとう。さて、歴史をひもとくに、この世界は五百年ごとに平和の時代と混沌の時代を繰り返しておる。今は平和な時代の最終盤じゃ。残念ながら、いつ混沌の時代が始まってもおかしくない時期に来ておる」
いきなり真面目な話が始まったため、村人たちは困惑の表情を浮かべています。ショーの前に、こんな堅苦しい話を聞きたいわけではありません。もっとパーッと、楽しく盛り上がる話が聞きたいのです。
しかし、博士は話を続けます。
「そこでわしは、来たるべき混沌の時代に備えて異世界から正義の勇者を召喚することにしたのじゃ。一般にはあまり知られておらんが、世界というものは我々が生きているこの世界以外にも、さまざまな世界がたくさん存在しておる。これは過去の偉大な魔術師たちの理論からも明らかじゃ。そうした異世界の一つから、正義の心を持った勇者を召喚する」
博士の話には身振り手振りまでつきはじめ、滑舌もなめらかになってきて、なかなか調子が良くなってきました。
もしかすると、博士は自分で自分の言葉に酔いしれるタイプなのかもしれません。
「しかーし! 正義なら誰でもいいというわけにはいかん。生活や風習などが、このファンタジア世界で受け入れられる存在でなくては。そこでわしは、ある世界に注目した。この世界と非常によく似た、兄弟姉妹のような世界があるらしいのじゃ。わしは長年研究をつづけ、この兄弟世界から勇者を召喚する方法を編み出したのじゃ!」
村人たちは話についていけず、ぽかんとしています。子供たちは飽きてしまったのでしょうか、魔導具の頭蓋骨に石を投げつけて的当て遊びを始めました。
「それはすなわち、魔法陣と魔導具を適正に組み合わせ適切に配置することによって、両世界のマナを……」
「博士、アリゲイト博士! 口上はもういいよ、充分聞いたよ。むしろ長すぎるし意味が解らないよ」
「えっ? いや、ここからが大事なのじゃが……」
「小難しい話はもういいから。それより、もったいぶらずに実際やって見せてくれよ」
「もったいぶるって、お前さんたちがスピーチをしろと言うから……まあいいわい。皆、もっと下がるのじゃ。護符より前には絶対に頭や手を出してはならんぞ」
たまりかねた雑貨屋のおじさんが場を仕切って、博士の退屈なスピーチを終わらせました。まばらな拍手の中、ようやく儀式が始まろうとしています。
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