第8話 賭場アラシの吉田
「もう一回だ」
善人面でルールを教えてくれた男は、最早悪鬼の形相だ。ムキになっているらしい。賭け事で感情的になるのは悪手なのだが。
「でももう、あなたには賭け金が」
「俺が着てる衣服だ! 身ぐるみ全部もってけ!」
吉田はダイスを振った。イカサマせず普通に振ったのだが、ヨシュアが勝ってしまった。
「もう一回」
男は服を脱ぎ、殆ど裸である。吉田は目のやり場に困った。
「本当にその辺にしておきませんか?」
「うるせえ! 初心者に負けるわけにはいかねぇんだよ!」
「ビギナーズラックですって。それに今度こそ賭けるものが」
「俺の身分をかけてやる! 負けたら借金奴隷にでも何でもなってやるよ!」
男はヨシュアに薄汚い羊皮紙を叩きつけた。ウッツと名前がかかれたどうやらそれが身分証らしかった。
借金奴隷は自分の身体を担保に借金をし、その借金を返済するために働かされる身分のこと。ヨシュアは困惑した顔を吉田に向ける。吉田もたぶん同じ顔をしているだろう。仕方ない、と吉田は男が勝利するようダイス目を操作する。
「やった! 勝った! 俺が勝ったんだ!」
男は飛び上がって喜んだ。感涙せんばかりだが、奴隷になるかどうかの大一番に勝利したのだから気持ちはわかる。
「良かったですね。では服を返しますので、お開きに」
「何言ってるんだ。やっとツキが回って来たんだ。俺の勝負はここからだ!」
吉田は仕方なしにダイスを振った。男は最終的に借金奴隷になった。
「なんでだー!」
男は叫ぶ。吉田も同意見だ。何度も逃げ道を用意してあげたのにこのザマだ。賭け事は人を狂わせる力がある、と改めて思った。
「よう、儲けてるみたいだな」
大柄の男性が声をかけて来た。
「マルコの兄貴!」
「だが、ウッツを奴隷にしたのはやり過ぎだ。次は俺が相手だ」
吉田はダイスを振った。マルコの兄貴までもが借金奴隷になった。
「なんでだー!」
マルコの兄貴が頭を掻きむしっている。吉田は呆れ顔だ。奴隷なんて現代の価値観では所有するわけにはいかないので、颯爽と登場したマルコの兄貴に最初は勝利を譲った。これがマズかった。ウッツとやらの所有権を早々に返して終わりたかったのだが、これは勝てると踏み、マルコの兄貴がその後も勝負を続けたのだ。
最初に負けて相手をその気にさせ、後から金を巻き上げるのはギャンブラーがよく使う手法だった、と思い出したが後の祭りだ。
吉田たちは負けるわけにはいかないので、どうしても勝負を続けるならこうなってしまう。だいたい、吉田からダイスを取り上げない限り、負けることはないのだ。
二人の男が頭を抱え、この世の終わりのような顔をしている。吉田もどうしようと頭を抱えた。
「おいおい、新顔が俺のシマで随分でかい顔をしているようだな」
そこへ、髭を蓄えた恰幅の良い男が現れた。
「ハンスの旦那!」
すっかり注目の的になっている吉田たちのテーブルの周囲から、ひそひそと声が聞こえてくる。
「この賭場のドンだ」
「あの男なら……」
「おい兄ちゃんたち、俺と勝負しろや」
吉田はダイスを振った。計三名を借金奴隷にしてしまった。
「なんでだー!」
繰り返すようだが、吉田がダイスを振り続ける限り、賭場のドンが何人やって来たって負けることはないのだ。
「便利だから借金奴隷にしといたら?」
と、無責任な発言をするヨシュアを黙らせ、奴隷を持つのが倫理的にも、イカサマで勝った心情的に嫌だった吉田は告げた。
自分たちは遠縁のガライ家に遊びに来た身分で借金奴隷なんて要らないので、身分証は返すから、ガライ家で二週間くらいタダ働きするように、と。
酒場を出る頃には夜も更けていた。頼りない灯を手に周囲を警戒しながら、吉田は革袋を担ぎ直す。マルコの兄貴から分捕った袋はすっかり重くなっている。ちゃんと数えてはいないが、ヨシュアの目算では三十ドゥガードくらいはあるようだ。
「賭博って楽に儲かるんだね」
貴族令息が呑気に言い放つ。吉田は釘を刺した。
「その思考は危ないですよ。賭博で儲かるのは
今日吉田がやったことを普段は
「だから、賭け事に手を出さないと決めていたヨシュア様のご決断は正しいと思いますよ」
なかなかそういう風に冷静に損得勘定できる者はいない。だいたいは目先の期待や、運やツキと言うありもしないものに縋り、これだけ負けたなら今度こそ、と無駄を取り返そうとする感情に振り回されるものだ。
「でも、吉田と組めば すぐ稼げそうだね」
ヨシュアの発言に瞠目する。ホテルは自分の夢ではあるが、別に大金をホテル業で儲ける必要は無い。正直、モラルの低さからホテル経営には自信が無くなっていたが、賭博師としてはやっていけそうだ。
賭場を回り、金を巻き上げる賭博場アラシの吉田。そんな風に名を馳せるのも良いかも、と思わずにやけた。
* * *
後日、再び例の酒場を訪れたところ、表に下手な字で張り紙があった。
『領主似の二人組、入店拒否』
どうやら出禁にされてしまった。稼ぎ過ぎたのもあるが、常連客を三人も借金奴隷にしてしまったのだから無理もない。
他の酒場も回ったが、同業者で評判になっているらしく、席に着くや否や主人が出てきて「これ飲んだら帰ってくれ」と酒を出す。安酒を啜りながら、やはり楽して金儲けはできないな、と吉田は肩を落とすのだった。
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