第7話 金策のための金策

 ホテルに防犯対策をしなければならない。客を犯罪者から守る対策ではなく、犯罪者予備軍の客からホテルの従業員と財産を守るための対策だ。


 客室から簡単に外に出られれば、備品を持ち逃げ出来るし、料金を踏み倒して逃げられる。他の客室に侵入して盗みや殺しを働くこともできるかもしれない。


 有難いことに、両翼を伸ばす形の屋敷は殆どの部屋が中央にあるホールを通る構造になっている。そこに受付を作れば良い。入ってすぐに受付があり、出る時には受付を通らなければならない、殆どのホテルに共通する出入り口を限定する造りである。

 現状のままではいけない。外への出入り口がある部屋もあるが、簡単に外に出入りできないよう工事をしなければならない。

 そのためには金が要る。これはホテルとして営業するための必要な支出。初期投資、後でより大きな利益を生み出す出費だ。

 しかし、ホテル経営に半信半疑の未亡人の財布の紐は固い。自分で金を稼ぐ他ない。


「ヨシュア様に資金調達を手伝っていただきたいのです」


 この男にお願いするのは癪だが、頼りになる男……は語弊があるが、金を持ち逃げしない男が他にいないのだから仕方ない。


 夕暮れ時、吉田たちは街の外れに向かった。行く先は酒場だ。酒を大っぴらに売るには許可が要るため、表向きは料理店と言うことになっている。看板にはイノシシが描かれていた。字を読める人が少ないので、看板は絵を描いてあるものが多い。


 店内は薄暗く、燭台の灯のみしかない。テーブルクロスはかける意味もないくらい汚れている。店内は男が多いようだが、出された料理を鷲掴み獣のように食らう者、酌をする女の尻を撫でる者、大声で歌う者。その内喧嘩が始まり食器が飛び交う。

 想像より数倍酷い。居酒屋ってもっと和やかなものではなかっただろうか。


「ここで何をやるの?」


 だが、目当てはこういう場所だからこそのものだ。


「決まってます。賭博です」


 テーブルにカードや双六があるのを見つけた。どの世界でも、こうした表沙汰にできない場所で人が賭けに興じるのは同じ。


「なんだい兄ちゃん、こんなところに何の用だ?」


 隣の席でダイスを振っていた男が声をかけてきた。酒場にいる破落戸、儲けたらしく機嫌は良さそうだが。


「こちらの坊ちゃんが賭け事に興味があるので、お連れしたんです」


 ヨシュアが吉田の腕を引き小声で囁く。


「俺、賭博嫌い」

「そうだったんですか?!」

「だって負けてばかりだもん」


 理由を聞いて納得した。

 件の男はヨシュアの値踏みをしていた。身なりから金持ちであることが伺える。男にしては綺麗な手を見るに、良い所のお坊ちゃん。こんなところまで従者について来てもらう頼りない男。


 たぶん前にヨシュアを賭け事に誘った人物も同じ結論に達しただろう。

 こいつはカモだ。


「大丈夫。勝たせてあげますよ」


 吉田はにやりと笑った。


「それにしても兄ちゃん、どっかで見た顔だな」

「ご主人はよく領主様に似てるって言われるんです。ガライ家の遠縁なのですよ」


 言われる前に先に言う。こんなところに領主が居たと知られたら、評判がさらに悪くなってしまう。一応変装の為に金髪の鬘を被っているが。


「そうだったのか。これも何かの縁だな。俺がルールを教えてやる」


 そう言って男は、何人かで金を賭け、三つのダイスを転がし、出た目が一番多い人物が場に出た金を総取りすると言う、比較的単純なルールを説明した。


「じゃ、やってみるか。参加者は俺と兄ちゃんと、そこの従者はどうする?」

「私、ダイスを振ってみたいです!」


 吉田は元気よく手を挙げた。男は嫌そうな顔をしたものの、「まあ良いだろう」と頷いた。


 吉田は三つの木製のダイスとお椀のような陶器の器を手にした。そうして、ダイスを振ること十数回。


「嘘だろ……」


 男が呆然と呟いている。有り金が無くなってしまったのだから無理もない。


 実は吉田は狙った目を出すことができる。

 以前動画を見ていて忘年会の余興でやろうと思い立ち、数か月間仕事の後に猛特訓した。しかし、対象であるダイスが小さすぎて、宴会のステージ上で披露しても反応はイマイチだった。あの時の不憫な努力は報われたのだ。


 奇妙な動きをする吉田の指先だったが、初心者なので不慣れなだけだと思ってくれたようだ。不審に思われないように五回に一回は負けているが、負ける場合はヨシュアにハンドサインを送ってるので、損失は最低限だ。

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