周回勇者の救世RTA ~異世界とかどうでもいいのでさっさと日本に帰ってゲームやる~

86式中年

序章 とある限定管理神の悲哀

 天界、等と呼ばれている場所がある。


 神が住まう座。生命がその終りを迎えた後に向かう天国。あるいは遍く地上を見下ろす桃源郷。様々な呼称、表現があるが、そこに住んでいる者達にとってはより端的に表現できる呼び名がある。


 剪定世界。


 あらゆる世界の系統樹の幹に相当する、あらゆる世界を管理する世界。それが天界の呼び名であり、そして同時に役割でもあった。


 そこで暮らす者達―――人の感覚で言うならば神や天使は、日夜自身が担当する世界に対し責任を持って管理し、異常や歪みを発見すれば修復保守を行う。場合によっては天変地異などで環境を激変させ、生命を淘汰することすら厭わない。まるで歪な葉や枝を剪定するかのようだ―――と自嘲気味に創造神が皮肉ったことからそう命名された。これは、神達自身が己が役割を過たぬために自戒の意味で付けたとも語られている。


 そんな世界の一角で、初級限定神リフィールは目を背けたくなる現実に直面していた。


 下っ端である天使からコツコツと実績を積み重ね、近頃やっとこさ試験に受かって初級で限定ではあるものの神を名乗ることが出来るようになった彼女は、小さく未熟ではあるが自分が管理する世界を任されたのだ。


 気合を入れて丁寧に見守って管理しようとしていたら、何故か担当世界の魔王が邪神化。着々と力をつけて、何だか次元の壁を突き破ろうとしている。下手したら剪定世界に乱入しかねない。


 無論、彼女と手をこまねいているばかりではなかった。神はその全能で管理世界に直接手出しは出来ず、現地人を強化したり異世界人を呼んで力を与えて依頼したりと、自らの権能の範囲内で何とか保守を試みたのだ。


 だが、その邪神は現地人を配下と共に数の暴力で殺して周り、異世界人を転移直後に殺してみせた。どうも行動を先読みされているようにしか見えない。


 今やリフィールの姿は何とも草臥れていた。美しかった桃色の長髪は艶を失い、綺羅星のような翠の瞳はハイライトを消し、隈は歌舞伎役者が如くはっきりと浮かび、何だか頬も窪んできた。体重も落ちて今なら肋が浮かんでいるかもしれない。同期が今の彼女を見たのなら、絶食ダイエットでもしているのかと尋ねることだろう。


 もうどうにも為す術がなく、ほとほと困ったリフィールは上司である先輩の元を訪れた。押しも押されもせぬ上級神で、剪定世界のアイドルが如く美しく人望もある彼女は、その形の良い眉を跳ね上げてリフィールに対し説教をした。


 逐次報告もなく手に負えなくなってから投げてくるとかアンタ本当に社会人?等と痛烈なお叱りをもらい、今度は胃にダメージを貰って涙目になるリフィールを、先輩女神は流石に哀れに思ったか深く吐息して手を差し伸べることにした。


「―――しゃぁない、か。まぁ、アンタ新人だし?ここでヘマするとあたしも管理責任問われるしねぇ………」

「え?な、何とかなるんですか!?」


 まぁね、と先輩は頷いて説明した。


 要は邪神殺せる戦力を送り込めば良い。今までリフィールがやってきたことと同じように思えるが、少々手管が違って、言うならばその発展形らしい。


「人材に当てはあるのよ。ただ、ちょっと使い辛い性格と言うか何と言うか………」

「こ、この際何でもいいです!折角管理神になったばっかりなのに降格でまた下っ端天使からやり直しは嫌です!」


 当然、管理するべき世界を管理できずに滅ぼしたのならば減点対象で―――ついこの間に神に昇神したばかりの彼女に切れる身銭などなく、崖っぷちなのである。


「んー………でも、これ、本来は横紙破りだからアンタが監督しなきゃならないんだけど。それでもいいの?」

「監督、ですか?」

「そう。強すぎる異世界人がヒャッハーし過ぎて魔王より酷い被害になりました、なんてならないように―――まぁ、早い話旅に同行して手綱を締めなさいってこと」

「え、勇者と旅ですか?」

「言っても受肉してって訳じゃなくて、意識体だけでもいいんだけどさ」

「それって四六時中ですか?」

「そりゃそうよ」


 え、それは困るとリフィールは思った。何故なら。


「今週末、合コンあるんですけど?」

「代わりに行ってあげるわよ?」

「だ、ダメです!今回の合コン昇神した同期同士の親睦会兼ねてるんですから!先輩来たら一人で逆ハーになるじゃないですか!!」

「じゃぁ、とっとと終わらすことね」

「そんな無茶苦茶な!一週間で片付くわけないじゃないですか!!」

「因みに魔王が邪神化するような特記事例の最長時間は500年ね。何と一族10代に渡る死闘だったわ」

「俺の○を越えてゆけか!!」

「最高でも三世代ぐらいにしてほしいわよね」

「ドラ○エか!」

「アンタ結構アタシの管理世界のゲームやってるわね」

「え?え、えへへ………。昔、職場見学の時に色々体験させてくれたじゃないですか、先輩。あの時から結構ハマっちゃって………」


 てへへ、と実に俗な誤魔化し方をする後輩に先輩女神は呆れたように吐息して話を戻す。


「まぁ、しょうがないか。可愛い後輩のためだ。アイツに渡りはつけてあげる。ただ、交渉は自分でしなさいよ?」

「えっと、さっきから言ってるその人って何なんですか?」

「帰還勇者よ」

「え?異世界に行って、わざわざ帰ってきたんですか?大抵はチートで無双だーとかハーレムだーって喜びません?」

「そ。違う世界が肌に合わなかったみたいでね。しかも10回呼び出されて、世界を救った後全部拒否って戻って来てる」

「え。なにそれ超ベテラン勇者」

「ただまぁ、結構繊細なヤツでね。面倒臭い性格しているし、その我を押し通すだけの力も持っている」

「またまたぁ………管理神に刃向かえるわけ………」

「最高管理神にゲンコツ食らわせたヤツなんだけど」

「うっそぉ………」


 因みに最高管理神は即ちこの管理世界を作った創造神である。彼女達にとっては父祖であり、絶対的に抗えない存在であったりする。


 それにゲンコツなどと、恐れ多いを通り越して卒倒モノであった。


「しかも最高管理神ったら『元気があって大変よろしい』って超気に入っちゃってんの」

「な、何者なんです?その人」

「鳴神隼人。18歳の日本人。かつて特記事項世界を10度救い、初回以外は全て単独で救世を成し得ている―――別名、周回勇者」


 先輩女神はまるで出来の悪い弟でも思い出すようにクスクスと笑って続けた。


「―――普通の高校生よ」

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