旅する死体

牛丼一筋46億年

0.枕

 物語ってのは、『昔々、あるところに』なんて始まり方をすることが多いですが、こいつは良くねえ。うん、良くない。

 『昔々、あるところに』なんて始まりは使い古されてますからね。皆様は耳が肥えておりやすでしょ?「ああ、なんだ聞いたことある話じゃねえか」なんて思われたらば、すぐにぴゅーっと蜘蛛の子散らすようにどっかいっちまう訳でさぁ。

 ならどんな始まりがいいかってぇと、やはり、皆様をぎょっとさせなきゃならねえ。

 つまり、エキセントリックなこと。例えば殺人。

「あー、まいったなあ。殺しちまった、殺しちまったよ。まいったなあ、うん、殺すほどでもなかったんじゃねえかなぁ」

 なんて言って茫然と立っている男が一人、そいでもって、その男の足元には倒れている男がひとり、そして立っている男の手にはダンベルが握られている。時刻は草木も眠る夜中の二時ときたもんだ。

 何が起こったかと言うと、この二人は大学生でコンビニバイトの深夜シフトに入っている同僚どうし、この倒れている男ってのが、またイヤーな奴で、ガタイが良くて、性格も悪くって、早い話がいじめっ子なわけです。一方、その立っている方っていうのは、気が弱くて、友達もいなくて、それなのに、他人の目ばかりきにしている臆病者。自分の殻に閉じこもるようなタイプの男なわけですよ。

 そんな二人が出会ってしまったら、何が起こるかはご想像の通り。男はことあるごとに気弱な男をイジメるわけですよ。


 「レジが遅い」「品出しが遅い」「馬鹿野郎、一体なになら出来るんだ」「友達もいない、度胸もない、仕事も出来ない、ないない尽くしのお前は一体何があるんだ」


 なんて、言うわけですな。まあ、気弱な男、丸尾くんと言う名前なのですが、丸尾くんは友達がいないからいじめられても誰にも相談もできない、相談できないと、どんどん心の中のモヤが膨らんでいく。そして、とうとうある日、アルバイト先に行けなくなってしまった。

 いやはや、つらいもんですな、友達がいたらば、もう少し違ったのかも知れません。

 丸尾くん、部屋の中で何も出来ず、ぼーっと突っ立っていたが、刻々と時間は過ぎていく。

 「ああ、もうバイトの時間だ、でも、体が動かねえ、つらいつらい」

 なんて丸尾くんが独り言ちていたらば、彼の部屋を


 ドンドン!ドンドン!


 と叩く音がする。

 「開けろ!馬鹿野郎!お前!自分が何をしているのかわかっているのか?」

 なんて言ういじめっ子の声はどこか楽しそうなわけで、もう嫌ですよねぇ。

 これまた運が悪かったのが、丸尾くんの一人暮らしのアパートと、バイト先ってのが距離が近くってですね、丸尾くんが来ないってんで、店長が「おい、お前、少し様子を見て来いよ」なんていじめっ子に言ったわけですよ。

 いじめっ子からしたら、してやったりですな、これでまたあいつをイジメる理由が出来たぞ、ってなもんですから、だからこのいじめっ子は意気揚々と丸尾くんのアパートまで行きましてね。

 

 ドンドン!開けろ!いるのはわかっているんだぞ。


 まるで刑事ドラマみたい言うんですね。

 「あー、怖い、もうやだなあ」

 なんて言っている丸尾くん、よしゃあいいのに、こいつも気が弱すぎてだめですな。

 ガチャリと鍵を開けてしまいましてね、そしたら胸倉をつかまれてね、馬鹿野郎、お前、何サボろうとしてんだ。なんて言ってくるわけでね。丸尾くん思わず、

「まあまあ、これには深い理由がある、さ、どうぞ、中に入って」

 なんて言ってね、深い理由はないものの、不快な理由ならばあるんだがな、とぼんやり考えて、その場しのぎでそんなこと言っちゃったわけです。

 「なるほど、ならば入らせてもらおうじゃねえか」と言っていじめっ子は部屋に入ってくる。ズカズカと部屋に入ってくるいじめっ子、その後ろ姿を見つめる、丸尾くん。

 丸尾くんの隣の棚には昔買ったダンベルがあった。この男も一時強くなろうと努力した時期があったわけですが、買ったダンベルを運んでいるだけで腰痛になっちまったもんだから、やる気がなくなっちまってダンベルは今ではインテリアと化していました。

 うん、で、目の前にはいじめっ子の後頭部、そして、手が届くところにはダンベル。

大抵の悲劇ってのは偶然と間の悪さから起きるわけでして、これも、まあ、全てのタイミングが惑星直列的にビュッと重なっちまったのです。


 殺しちまえ。


 そう思った瞬間、カッと頭に血が上る。それが一瞬でサッと冷めていく。そして、頭の中は空っぽになって何も考えられなくなった。何が起こったかって言うと、アドレナリンがドバっと出て、交感神経がビビビッと脳内を支配した。つまり、なにかってえと、丸尾くんの体は人を殺す準備をし始めたわけですな。

 ダンベルをグっと持ち、すーっと足音を立てることなく男の後ろに近づく、正攻法ではいじめっ子には勝てない。振り向くなよ、振り向くなよ。そーっと、ダンベルを振り上げる。その重みを手全体で感じる。あとは振り子の要領だ。


 えい!! ダンベルで頭をゴーン!


ってな具合に殴った、倒れる男、それを茫然と見つめる丸尾。

殴り終わった後に、更に血が引いていく。もう、失神しそうな丸尾くん。あああっと倒れそうになった。そして、口をついて出てきた言葉は、ああああ、どうしよう。ってなもんだ。自分で殺したくせしてね。


 さあさ、今から始まりますのは、世にも恐ろしい殺人落語でございやす。

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