第15話 清楚系美女に、俺はなる!


「ハッ!!」


 七回目が始まっちまった! ウィッグがないと先には進めないってのにチロルちゃんは何もわかってない‼︎


「……………………って、あ……れ?」


 あっ、ログボログボ。今日は接続障害の詫び石貰えるって話だったよな。


「はいゴチ~」


 ……はぁ。純粋に夜寝て朝起きただけ。


 そっか。あれは全部、夢だったのか。

 アニメの見過ぎ、ゲームのし過ぎが祟ったかな。


 ったく。俺の頭ファンタジーかよ。


 パソコンにフィギュア、カードゲームにその他etcを売って百万円。正気の沙汰じゃねえだろ。……死よりも恐ろしいだろうが。無くなったら生きてる意味がなくなっちまうじゃねえかよ!


 夢って恐ろしい。……いや、これはもう悪夢の部類に入るな。


 …………うん腹減った。喉乾いた。体も重いし、なんだか怠い。変な夢のせいで満身創痍な気分。


 ……んま、とりあえず顔洗って飯だな。


 憂鬱な朝は贅沢に卵二個使ってしまおう! そんで気分をリフレッシュ!






 ◇


 って思ったのに…………。


「あっ……」


 出勤前の親父と玄関で鉢合わせてしまった。

 俺の部屋は二階にあって、階段を降りるとすぐに玄関がある。家の構造が招いた惨事。……否。


 変な夢のせいで、家庭内リスクマネジメントを怠ってしまったが為の当然の結果。


 時刻は朝の七時前。

 普段の俺なら決して部屋から出るようなマヌケはしない。


 求職中も失業保険を貰い終わり一年が過ぎればニートにジョブチェンジする。


 パワハラ系ブラック企業に勤めて体を壊してしまったとか、今は旅の途中だとか、俺たちの戦い職探しはこれからだ! などと言っても一切の言い訳が立たないのだから全くもって世知辛い世の中だ。


 とはいえ実家住みで三食昼寝付きともなれば文句のひとつも出てこない。


 父ちゃん母ちゃんには感謝しかない。


 でも──。三十五年ローンで買ったマイホームにシロアリやネズミではなくニートが巣食っているともなれば、ここには良好な親子関係などあるわけもなく──。


 できうる限り顔を合わせないのがお互いのためだったりする──。



 背広に白髪混じりのオールバック。絵に書いたような昭和を漂わせる厳格な風貌。


 バッチリ決まっている様子からは家出る三分前な感じを漂わせていた。


 あと三分起きるのが遅かったら。……ちくしょう。なんて思ってしまうのは仕方のないこと。


 まぁ……。顔を合わせてしまった以上、逃げるのはかえって逆効果だ。

 だからここは堂々と、それでいて少しだけ申し訳なさそうにして挨拶をする。


「おはよう」

「あっ、お、お、おはようございます」


 ──ズドンッ。


 あれ? 尻餅着いちゃった。大股広げてガクガクしちまってるんだが? しかもなぜ敬語?


 いや……これってそういうことか?

 おいおい。待ってくれよ。確かに久々だ。こうやって顔を合わせるのは半年か? 一年か?


 怖いニュースも最近多くなったよ。


 でも、あんた! 俺に怯えるようなタチか?

 あんたに会わないように家の中を逃げ回って生活してるのはこっちだぞ?!

 

「悪い。もう顔見せないから」

「えっ、あっ、いや……。み、みさこぉ! みさこぉぉぉぉ!」


 っておい! 尻餅つきながら母ちゃんの名前を叫ぶなよ?!

 これじゃあまるで俺が張っ倒したみたいじゃないかよ?!


「はいはい。なんですか。電車の時間に遅れちゃいま────ッ」


 って、え……?

 どったの母ちゃん。そんなヒステリックな顔して?


「み、みさこ?」

「あ、あなた?」


 真剣な眼差しで見つめ合っている……?


「ついにたかしがやりおった。誘拐だ……。け、警察に電話を……終わった。もう終わりだ…………」


「あなた待って、か、彼シャツにトランクスよ……?」


 誘拐、警察、おわた、彼シャツ、トランクス?


 これって、まさか……。


 そーっと胸に手を伸ばす。

 そーっとそーっと……。


 「────────ッッ!!」


 衝撃ッ!


 特盛ッ‼︎ ダブル特盛ッ!!!! おっきなお山がドドンのドーン!


 あれは夢なんかじゃなかったんだ!


 俺の頭はファンタジーじゃなかったんだ!


 あれもこれもそれもみんなみぃーんなぜんぶ!


 現実だったんだよ!


 よし来た! そうとわかれば──。


「初めまして。お父様、お母様。わたくし、たかし様の婚約者のセツナ・ベアトリーゼと申します。何卒、よろしくお願い申し上げます」


 って、おーーい! ちょっと違うぞ。いや、色々違うぞ。むしろ全然違うぞ。


 もっと柔らかく……柔らかく。


「あらやだ。緊張しちゃって。えっと、たかしさんとお付き合いさせていただいております。昨日はその……お泊まりで……初の朝チュンを……子供は野球チームが作れるくらい欲しいと思ってます!」


 ちがうだろぉぉおお! 落ち着けおれぇぇええ! 願望を親にぶちまけるなぁぁああ!


 一度でいいから女の子を自分の部屋に連れ込んで朝チュンしたかった。そんな人生だった…………。なんて願望をぶちまけている場合じゃない!


 親父も母ちゃんもポカーンとして口がマッハに開いちゃってるよ。このままじゃ顎外れちゃうよ‼︎


 とにかく落ち着け。……大丈夫。


 不確かでありえない状況ではあるが、セツナベアトリーゼとしての振る舞いには自信がある。


 短い生涯だったが死んでは戻ってを六度も繰り返したからな。そんで今が七度目ってわけだ。


 だったら今まで通り全力で、切り抜ける!


「あらやだ。本当にわたしったらなにを言っているのかしら…………。たかしさんのことが好きです。大好きなんです。この気持ちに嘘はありません」


 ……うん。本当に俺、なに言っちゃってんの?!


 







 +

 

 とはいえ──。


 厳格な親父がいつまでも腰を抜かして驚いているわけもなく──。


「セツナさん。息子に脅されている訳ではないのですか? もしそうじゃないのなら騙されてます。これは親としての監督責任。今日に至るまでの経緯を話していただけませんか?」


 くっ。俺をなんだと思ってやがる。

 悲しいぜ親父。あんまりだよ。


「いえ。たかしさんの事を心の底から愛しています。澄んだ瞳、キリッとした唇、気の利くスマートなお人柄。わたしには勿体無いくらいの聖人君子です」


 ──ズドンッ。


 あれ? また尻餅着いちゃったよ。大股広げてガクガクしちゃった。


 ま、まあ。流石に盛り過ぎたかな。でもな、痩せればスマートだ。

 それに姿形なんて光の反射に過ぎない。大切なのは心だ。


「あなた。セツナさんの服装をみてご覧なさい。彼シャツにトランクスよ? 疑う余地なんてないでしょう?」


「カレシャツ……トランクス……アサチュン」


 何故、カタコト?


「はいはい。仕事に遅刻しますよ?」

「み、みさこ。今晩は……赤飯を頼む」

「あらもう。わかりましたよ!」


 え。納得したの?


「カレシャツ……トランクス……アサチュン」


 まるでおまじないでも掛けるかのように、親父は呟きながら仕事のために玄関を後にした。

 

 あの厳格な親父が納得した。

 彼シャツトランクスと聞いた瞬間に納得した。


 異常を日常に変えた。窮地を救った──。


 〝彼シャツトランクス〟


 す、すげえ……。


 それからも──。

 単なる寝巻きであるはずの格好が全てを解決に導いてくれた。

 

 母ちゃんとの話し合いの末に、とりあえず俺はたかしの部屋に住むことになった。

 自分の部屋なのだから当たり前だけど、今の俺はセツナベアトリーゼ。三十路ニートのドラ息子ではなく、ヨーロピアン系美少女だからな。


 たかしは結婚資金調達のために期間工へ出稼ぎに行ったことにした。


 こんな無茶な話も彼シャツトランクスの前では信じる他にないようだった。

 母ちゃんは時折、目を細める場面があったけど彼シャツトランクスを見るや否や納得の眼差しにすぐに変わったからな。

           

 ……いや、違うよな。

 あらゆることからフェイドアウトしたはずの息子の元に、いきなり彼シャツトランクス姿で婚約者が現れたものだから否定よりも信じたい気持ちが勝ってしまうんだよな。


 念のために、たかしの携帯から母ちゃんにメールは送って辻褄は合わせておいたけど、きっともう──。たかしはこの世界にはいない。


 俺の意識がこうして今、セツナベアトリーゼの身体に宿っているのだから居ないと考えるのが自然だ。


 母ちゃん、父ちゃん。ごめんな……。


 俺、たぶん死んじゃったよ……。













 ◇


 とはいえとりあえず──。次の月曜日を待つ。

 チロルちゃんの言うことが確かなら、毎週月曜日の深夜0時に何かあると考えるのが妥当だ。


 んで今日はまだ月曜日……。


 こんな事になるのなら何処の誰なのか聞いておくべきだった。

 そうすれば家に行くなりして、不確かな今を説明してもらって今後の対策を立てられたのに……。


 もしまた、向こうの世界に戻れるのなら俺のやることは決まっているからな。


 現ナマを手にして女子力を磨く。そして魔道具の調達!

 ウィッグ、エクステ……。ダツモウ。ツメ、コスメ!!


 しかし現ナマを掴むのには覚悟が必要だ。


 ゲーム機やカメラの電化製品はいいとして、問題はフィギュアやグッズの類だ。


 箱から一度も出さずにサランラップを巻いてディスプレイされているフィギュアたち。

 決して売る日を想定していた訳ではないんだ。大切だからこそサランラップで密封しているんだ。

 言うなれば箱入り娘。塵や埃、外気から守るために当たり前のこと。


 その想いが売価を上げるのだから、矛盾も甚だしい。


 売っぱらった先で次なるオーナーが卑劣な奴だったらと思うと、手放すのが怖くなる。


 クソ。こんな日が来るなんてな。

 こんな選択を迫られるなんてな。


 だから戻れる保証もない状況では売れない。


 ……売れないよ。


 けど──。次の月曜深夜に向こうの世界へ戻ってしまったらと考えると、今すぐ女子力を磨く旅に出るのが正解だ。


 清楚系美女にならなければ、耳を弄ばれて死ぬだけだからな……。


 もうあんな思いは一度だってしたくない……。


 それになにより──。


 カシスちゃん……ヒメナちゃん……ジャスミン先生……。エリリン。


 俺は君たちを救いたい。

 ハーレム気取る四股クズ男から解放してあげたい。



 だから俺は行動を起こす。



 たとえ未来への保証がない状況でも──。

 明日が暗闇に染まっていたとしても──。


 現ナマを作って女子力を磨く!


 磨いて磨いて磨いて清楚系美女に、俺はなる!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ギャルゲ世界の極悪非道なお嬢様にTS転生してしまったので、ハーレム気取るイケ好かない主人公からS級美少女たちを根こそぎ奪い取ってやろうと思います。〜百合ルートを開拓して毎晩パジャマパーティー! おひるね @yuupon555

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ