第10話 苦痛なき安らかなる死


 ……いや。違うだろ!


 ゼロか百かで考えるな! そんな極端な考え方は危険過ぎる!


 ちょっとだけ。一分だけ‼︎


 ──くるりん……パァ‼︎


「ひゃあ‼︎ えっ、なになに? くすぐったいよぉっ?」


 ごめんヒメナちゃん。ちょっとだけ! ちょっとだけだから!


「すぅぅはぁぁ…………すぅぅはぁぁ…………」


 挟まれたい太もも不動のNo1──。


 俺は今、挟まれている。太ももの間に鼻が挟まっている!


 こんな贅沢な挟まり方、他にはない!


「すぅぅはぁぁ…………すぅぅはぁぁ…………」


 ……あぁ。汗ばながらも潤いに満ちた太ももが、俺の鼻にジャストフィット。


 これぞまさに究極の膝枕。


「すぅぅはぁぁ…………すぅぅはぁぁ…………」


 ずっとここに挟まっていたい。


 居たい、けど──・


「ねぇ、これって膝枕なの? 違くない? ていうか逆だよね?」

「わんわん‼︎ ぐはっガハッ」


 残された時間は僅かだ。


「うーん。なんだかクマゴロウみたいなんだけど? 前に似たようなことされた記憶が……だからカシスも気に入っちゃったのかなぁ?」

 

 クマゴロウも逆膝枕を? なかなか気が合いそうだな……ってカシスちゃんなんだよな。深過ぎる……。



 ……………………。



 このまま眠れば痛みもなく安らかに死ねるよな。楽園気分でそれはもう、最高だろうな。


 でも、まだ……俺は死ねない。


 クマゴロウと約束したからな。パンケーキ屋さんに行くって!



「わおーん‼︎」


 逆膝枕にさよならを告げて、頭を横にする。視線の先はもちろん、エリリンとカシスちゃん。


 今回のルートの行先を少しでも長く知るんだ!


「わんわんおー!」


 おそらく限界はとっくに迎えている。わんわんモードの効力で命を繋ぎ止めているに過ぎない。


「はいはいイイコイイコ。こういうのが好きなんでしょ?」


 お馬鹿キャラなのに気が利くじゃんか。頭まで撫でてくれちゃって。……たまんねぇな、おい! あぁ……感じる。母性的な何かを感じる……。


 あぁたぎってきた。わんわんがみなぎってきたぜ!


 ヒメナちゃんありがとう。

 君がそそってくれたおかげでもう少し、頑張れそうだよ!



 行くぜ! 


「わんわんわんわん‼︎ ワオーン!!」



「めっ! どさくさ紛れにお尻触るのはさすがにだーめ!」



 あっ──。

 










 +


 そうこうしている間にバトルは始まっていた。


「ほらほらほらぁっ! 全部避けれるかなぁ?」


 エリリンは風を司る魔法使い。

 遠距離タイプの物理攻撃に特化したオラオラ系の肉食系だ。

 

「う………ッ」


 無数の短剣が宙を舞い、カシスちゃんに襲い掛かる。


 ナイフとフォークで必死にイナしてはいるけれど、すべてを防ぎ切れるわけもなく──。


 少しずつ、Tシャツが破れていく!


「所詮はガキなのよねぇ! 相性も考えずにわたしに喧嘩売るとか馬鹿でしょ?」


 カシスちゃんは満身創痍になりながらもどうにか防ぎ切ると、薄らと笑みを浮かべて言い返した。


「見せパン履いて保身に走っているエリリンには言われたくないです」


「んなっ?!」


「さっきから丸見えなんですよ。見た目によらずビビりなんですね? まさか見せパンを履いているなんて」


「ななっ?!」


 カシスちゃんの言葉がエリリンにクリティカルヒット!


 恥ずかしながらもパンツ。……ではなく見せパンを隠す素ぶりをするエリリン。しかしその姿をみて「フッ」とあざとく笑うカシスちゃん。


「ころす!! ころしてやる!! カシス!」

「いーえ、死ぬのはあなたです。見せパン野郎!」


 もうだめだ。ガチの殺し合いが始まってしまう。どうしてこんなことに……。


 そんな二人の様子を、ヒメナちゃんは唇を噛みながら見ていた。


 今にも飛び出してしまいそうなところを、既で堪えている感じがひしひしと伝わってくる。


 ……ひぃ!

 

 

 しかしここで──。


「はいはい、やめやめ! もうおしまいになさい!」


 パンパンッと手を叩きながらのご登場!


 童貞の強い味方。ボイン保険医さまだぁ!


 そういえば仲裁に入るって言っていた!



 「「うるさい」」


 けれども二人は息ぴったりに、ジャスミン先生を跳ね除ける。


「あら。教師に対する態度じゃないわね?」


「悪いんだけどさ、おばさんはお呼びじゃないんだよ? 乳でもチラつかせて男に媚びへつらってろっての」

「婚活パーティーにでも行っててください。邪魔するなら容赦しませんよ?」


「クソガキ共が……。いいわ。二人まとめて相手にしてあげる。かかって来なさい」


 

 う、嘘だろ……? 参戦するのかよ?


 もうだめだ。もう、誰にも止められない……。



 おわた。



 すべてを諦めたときだった──。


「やめてくれ!! 俺の為に争うのはもう……やめてくれ!!!!」


 力強い声が突然に響き渡った。


 ここまで沈黙を貫き通してきた男がついに立ち上がった瞬間だった。


 専任魔術講師、レオン・ハート先生!


 しかし、言葉のチョイスが少しばかしおかしかったために──。



「………………………」


 は? という表情のエリリン。


「………………………」


 え? という表情のカシスちゃん。


「………………………」


 あ? という表情のジャスミン先生。


 時間にして数秒間。皆が沈黙すると何事もなかったかのように、ときは再び動き出した──。


 

「退けよおばさん! でしゃばってくんな!」

「見せパン野郎の見せパンを剥ぐのはわたしの役目です。おばさんにはさせません!」


「黙れガキ共! ぶっ殺してやんよ!」


 

 ……カオス。


 

 いよいよをもって打つ手なし。


 

 かに思えたが──。


 主人公の野郎はすぐさま次の手段に乗り出していた。


 行動出来る男。この場をおさめようとするその姿勢。いい男だ! 見直したぜ!


 が──。


 何故か剣を抜いてこちらに向かってくる。


 ……なるほど、俺を殺して場をおさめる算段なのか。


 それで場がおさまるのなら、とっくにそうしているんだよな。今回に限って言えば、俺の死はもう関係ないんだよ。


 でもいいよ。


 このルートが絶望に包まれていることはよくわかったから。


 もういいよ。


 初回、二回目のループは苦痛なき死を与えてくれた。お前になら殺されてもいい。


 来いよ、主人公。


 俺の耳を虐めに来いよ!



「ヒメナス王女、ベアトリーゼをこちらへ」


「えっだめっ! この子にはもう……殆ど時間が残されていないから……」


「この場を静める手段が他に思い浮かびません。勝手ではございますが、ご容赦を──」


「アルストレイリア王国、王位継承権、序列第八位。第三王女である私が命じます。そこに、跪きなさい。レオン・ハート」


 えっ、なになに?!


「グゥッ……。くっ」


 え。跪いちゃったよ?



「騒がしくさせちゃってごめんね。最後くらい静かに逝きたいよね。あたしに任せて」


 おいおい。頭を撫でる手が震えてるじゃないか……。


 無茶しやがって。


「みなさん、よろしくて? この子に残された時間は残り僅かです。よってこれ以上、無駄な争いを続ける事は許しません」


 普段とは違う口調のヒメナちゃんに、不自然に跪く主人公。


 状況を察するには十分。


「ちょっとちょっとぉヒメナ〜! それはズルくなぁーい? こんなんするなら絶交もやむ無しなんだけど?」

「黙れよエリリン。ヒメナと友達面するな!」

「あっ、またタメ口。絶対殺すクソカシス!」


「二人ともお黙りなさい!」


「はーーい」

「はい」


 返事こそしたがエリリンは納得いかない様子だ。


「職権濫用はんたーい。友達なくすよー」


 ヒメナちゃんはギロッとエリリンを睨みつけた。


「うそでーす……。ちぇー……。これだから御偉方は……」


 ヒメナちゃんの手は終始、震えっぱなしだった。


 でも恐怖などで震えているものとは違うように思えた。


 おそらくは怒りや苦しみ。


 公式プロフィールには、王女でなく普通の女の子として生きたいと書いてあったからな。


 だからこうやって王女パワーを使う自分が嫌で仕方がないんだ。


「レオンハートとエリリンはこの部屋から出ていきなさい。カシス、ジャスミンはベッドの上へ」


 おや? なにが始まるって言うんだ?


 

「ほら、カシス。クマゴロウ直しておいたよ!」


「ありがとう。……おかえり、クマゴロウ」



「ヒメナさん……。誰よりも王族であることを嫌っているあなたが……。いや、よしましょう。今いうことではないわね。セツナちゃんを守ってくれて、ありがとうね」

「命は平等に尊いものだから。これくらいはなんてことないよ」

「馬鹿ね……」


 おいおい。なんだよこれ。めちゃくちゃいい匂いがするじゃねえかよ!


 美少女三人に挟まれてらぁ!

 

 しかもベッドの上で!


 ああ、やばい。死にたくなくなっちゃうじゃないかよ。


 こんなにも幸せなのに、どうして終わりが来てしまうんだ?


 この先には進めないのか?


 どうして……どうしてだよ?


 こんなの、生殺しじゃんか!


 これ、なんて罰ゲームだよ?



 かぁーッ! 死にたくねぇなあ!  



「なんやなんやセツナちゃん! 浮かない顔しくさってからに! 隣町にはな、美味しいクレープ屋さんもあるんやで? まだ寝るにはちーとばかし早いんちゃうか? 食いに行こうや!」


 クマゴロウ……いや、カシスちゃん……。


「うん。食べたかったな」


 あれ、喋れる。どうして? わんわんモードは? わんわん語は?


「なーに言うてん! 食べたいなら食べようや! しょーがないから奢ったるでえ! なんなら食べ放題や! パンケーキもクレープもセツナちゃんに食べられるのを待ってるでえ!」

 

 クマゴロウ……。



「ぐすっぐす……ひっく……」


 カシスちゃん。この距離で泣いちゃダメだよ。クマゴロウは元気にしているよ?


 ………………………。


 ……あぁ。なんだろう、これ。やばいなぁ。本当にやばいやつだ。


 死にたくない。


 死にたくないな。


 死にたくないよ……。



「まだ……死にたくない……のに…………」



 ヒメナちゃんに膝枕をされ、右手はジャスミン先生のお山とお山の間に挟まれ、左手はカシスちゃんのほっぺたをツンツン。


 クマゴロウは何故か谷間に挟まっていた。



 そして俺は死んだ。静かに眠るように。痛みもなく──。




 安らかに、死んだ。

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