第2話 二分のレアチーズケーキ

 オレが、深月から褒美として取り戻したケーキの最後の一口を味わっていると、荒木女史がこう言った。


「でもさ、思ったんだけど、個数わかったところで意味なくない?」


 やっとライフを回復しつつあったのに、ここへ来てオレに内股をかける気か、柔道部員。


 しかしすぐには反撃できない。なぜなら、意味がないと言われてみれば、そうなのだ。各種ドリンクの個数がわかったところで、誰がいくらとは特定できない。レシートのザッパさに面食らって肝心なことに思い至らなかった。オレの悪い癖だ。


 しかし変だな。このことに深月が気づかなかったとは思えない。何かが引っかかる。だが、オレが甘味の大半を失ってまで出した答えだ。あっさり無意味だったと認めたくない。


「どこが無意味なんだ?」

 オレは食い下がった。すると、財布から小銭を出しながら荒木女史とキヨちゃんが、

「だって、私、自分がいくらのドリンク注文したかくらい覚えてるもん」

「わたしも」

と、言う。

「うそ、オレ覚えてないぞ」

 深月がそっと席を外す。

「常葉君が立て替える側だったからじゃないかな」

 キヨちゃん、ナイスフォロー。

「そうか。そうかもしれないな」


 自分のがいくらだったか覚えているのは当たり前、か。


「覚えてるならさっき言ってくれたらよかったのに」

と、ちょっと言ってみる。

「だって、お金出そうと思ったらなんかいきなりゲーム始まってるし、テンパるツツジがおもしろかったからそのままにしておいた」


 クククと笑いながらローテーブルに430円を置く荒木女史。オレにはさん付けを要求しておいて自分はオレを呼び捨てか。なのに何故かそれで釣り合っているような気にさせるあたり、彼女はやはり荒木さんではなく荒木女史だと思う。続いてキヨちゃんからも430円を預かる。


 オレはジャラジャラと小銭を自分の折り畳み財布に入れながら、あることにピンときてピタッと手を止める。


 いくら払うか覚えてるのが普通なら、個数が不明だとオレが深月に泣きついた時、計算で出るから頭使えなんて言わずに、みんな覚えてんじゃねーの? とか言うこともできたはずだ。なのに敢えてオレに問題を解かせた?


 それってまさか……


「深月! お前、ハメやがったな!」


 オレは寸刻前に姿を消した深月に聞こえるように声を張り上げる。


「常葉、声大きい。シー」


 ダイニングテーブルでマキと食器を片付けていたチカに怒られる。なんでオレが……。


 散々だ。


 みんなして寄ってたかってオレをからかいやがって。そーだよ、オレは元々地頭良くねーよ。ペーパーテストはなんとかなっても言われなきゃわかんねーことばっかだよ。


 オレはソファに身を沈めて肘掛けに突っ伏す。マキがチカとなんか話してる。チカがいいよとかなんとか言ってる。今度は一体何の話だ? 


 軽い足音がしてソファの後ろに人の気配を感じる。


「ねえ、常葉、これ食べる?」


 頭上から静かに降ってきたマキの声。

 振り向いて目を開けた瞬間、オレにはマキが三角形ケーキの羽をした天使に見えた。


 差し出された皿に、二等分した片割れのレアチーズケーキ。


「いいのか?」


「わたし、今日ケーキ2つ目だから半分明日に取っておこうと思ったんだけど、常葉1口だけじゃ、ちゃんと味わからないでしょ? チカが心を込めて作ってくれたんだから、ちゃんと食べて」


「うん、ちゃんと味わって食う。ありがとな」


「……よ」


「え? 何?」


「なんでもない」


 オレに皿を押しつけ、ツンとした顔でチカの元へ戻るマキ。



 本当はちゃんと聞こえてたよ。



 今日のお礼よ――って。

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