明菱高校のクアッド! 自転車画鋲穿孔事件
あしわらん@創元ミステリ短編賞応募作執筆
第一章 透明な濡れ衣
第1話 放課後の1年E組にて
1年E組のショートホームルームが終わり、担任が教壇を離れるのと同時に、机椅子の雑音と解放感に溢れた生徒たちの騒めきが教室を満たす。オレも男女問わず何人かに話しかけられ、快活に応じ、じゃあなと言う。
生徒たちが教室をハケるのがいつもより早いのは、金曜日の放課後だからだろう。あっという間に教室の生徒が半分になり、三分の一になり、オレが日直の仕事をしている間に、最後の小さなグループも出ていって、残るはオレ一人になった。
さっきからシャーペンの先は、学級日誌の今日の出来事欄で止まったままだ。「特になし」はなし、と言われているが、特に何があったわけでもない。いや、個人レベルではあるにはあったが、自販機で買おうと思っていた飲み物が売り切れだったことなど、教師と共有しても意味がない。オレは悩んだ挙句苦し紛れに、何でもないことを大したことのように書いて、日誌の黒い表紙を閉じた。
今日の出来事
6限体育は持久走の練習。気温29度。棄権者0って奇跡じゃないっすか。
窓を閉め、鍵をかけて、淡い黄緑色のカーテンを閉める。そのあとが面倒なことに、窓辺の観葉植物の世話をしなければならない。ドラセナとカゲツ――なんだかな、この二つの鉢植えが揃うと、植物鑑賞というより人の欲望を鑑賞するような気になっていけない。
ドラセナは幸福の木。カゲツは金の成る木。確かに両方人生において重要なファクターに違いないが、オレたちは高校生だ。それもまだ高校一年生。幸福や金などという地に足ついた願望ではなく、友情、楽しい思い出、たゆまぬ努力なんてものにこそ、オレは水をやりたい。
そんなことを思いながらも、ブリキのジョウロで幸福と金にしっかり水をやる。
あとは黒板をキレイにして日直の仕事は終わりだ。黒板消しを二つ、クリーナーにかける。前日の日直が書いたオレの名前は、頭でっかちで不格好だ。恐らくスマホで漢字を検索したり、拡大表示したりして、見ながら書いてくれたんだろう。パーツごとに書き写した感じが筆跡に表れている。
六月一日(金) 日直
前日の日直が誰だかイマイチ覚えていないが、早く仕事を終わらせてさっさと帰りたい時に、こんなややこしい字をわざわざ調べて書いてくれるなんて、昨日の日直は真面目でいい奴に違いない。
オレはそんな推理をしつつ、黒板消しを上から下へと滑らせる。
月 日( )日直
明日は六月三日 金曜日。
日直、
まだ新品に近いチョークで空白に書き入れ、電気のスイッチを一気に六つ、パチパチパチと消して、オレは教室を出た。
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