第14話「意外と多い注文」
「お兄ちゃん! 出来ました! これを家の前に貼ってきますね!」
そう言って自信満々に出したのは『自分の家が欲しくありませんか? 私たちに頼めばその夢が叶います(土地は用意してください)』と書いてあるイラスト付の貼り紙だった。
「これ、需要があるのかなあ……?」
俺がそう尋ねるとシャーリーは自信満々に答えた。
「需要を見つけるのではなく作り出すのですよ!」
その成功を確信している顔から、なんとなく勢いで『いいな』と言ってしまった。シャーリーは楽しげに貼り紙を出しに行った。
「これで注文が来ますよ! 楽しみですね」
「そうだな」
もうすでに注文が来るのは既定路線らしい。金は十分にあるので当面は困らないし、時々注文が来れば生きていくには不自由しないだろう。そう考えると焦る必要も無いのかもな。
「お兄ちゃん、食後の紅茶はいかがですか」
「ああ、頼むよ」
しっかり茶器まで用意しているシャーリーの準備の良さには舌を巻く。俺の作った給湯器からお湯を出してティーポットに入れる。途端に茶葉の華やいだ香りが漂った。
「いい香りだ」
俺がそう言うとシャーリーは自慢気に『少しお高いものを選びましたからね!』とドヤ顔をしていた。美味しい食事のあとに美味しい紅茶が飲めるとは、随分と贅沢な暮らしだと思う。しかしスキルで稼げるので問題無いのだろう。
コトリと二つのティーカップをテーブルに置いて俺たちはお茶会を始めた。茶菓子こそ無かったものの、そこまで求めるのは贅沢というものだろう。
紅茶をすすりながら穏やかなときが流れていく。仕送り生活の時はこんな贅沢は出来なかった。
そこへ沈黙を破って玄関がノックされた。
「お、早速注文みたいですね!」
そう言って慌ただしく玄関に走っていった。玄関にはチャーリーさんが立っていた。そこそこ金を持っているご老人だ。
「アポロくん、君が井戸を建てているという噂を聞いてきたのだがね」
シャーリーが露骨にがっかりする。井戸は現在、注文を受けているものの中で最安のものだからだろう。しかしそれでも金貨十枚というのは安い金額ではない。邪険にも出来ないだろう。
「ええ、俺のスキルで作れますけど、井戸のご注文ですか?」
チャーリーさんは俺に質問をしてきた。
「ああ、その事なんだが、井戸から出た水は煮沸しなくても飲めると噂で聞いたのだが本当かね?」
俺は少し考えてから答える。
「まだ作り出して短いので保証はしかねますが、ウチでは生水を飲んでいますが問題無いですし、水をそのまま飲んで腹を下したとか言う苦情は今のところ来ていないですね」
保証は出来ない、スキルの説明はそこまで親切ではないからな。井戸が作れると言うこと以外はだんまりなので安易に保証を求められても困る。
「スキルで作っているのだろう? ならば大丈夫だと信じるよ。ウチにも一つ作ってもらえるかな?」
「はい! 喜んで!」
気を取り直したシャーリーがその注文に俺より早く飛びついたのだった。
チャーリーさんの家へ向けて歩いて行く途中、新規で貼りだしていた貼り紙の話になった。
「新しい貼り紙が出ていたが、家も建てられるのかね?」
「ええ、多分……一応……」
自宅の庭では広さが足りないので住宅を建てることは出来ない。注文が来たら来たとこ勝負という行き当たりばったりな広告だ、なので俺も安易に断言することは出来なかった。
「ふむ……いずれ必要になったら頼むよ、私の息子も自宅がほしいと言っているからね」
この人、結構若い奥さんをもらっているので子供も結構若い……というより小さかったはずだが、そんな子供に家を与えるのか、金ってあるところにはあるんだな。
そんなことを話しているあいだにチャーリーさんの自宅へ着いた。大きな石造りの邸宅と広い庭を見て、確かにここなら庭に一軒建ててもそれほど問題無いなと思えるほどの広さだった。
「それで、井戸のことなんだが、勝手口の前に作ってもらえるかな? 使用人がアポロくんの貼り紙を見てね、私に陳情してきたのだよ」
「それで、はいそうですかと引き受けたんですか? 景気のいい話ですね」
嫌味のつもりはないのだが、使用人がいるなら人件費を払っている分働かせようという考えの雇い主は多い、この人は使用人の苦労も考えているのか。立派なことだとは思うが金貨十枚を使用人のために平気で払える感覚というのは理解しがたいものがある。
「使用人にはよくしてやらないと辞められても困るからね、長年うちに仕えてきてくれたものも賛同しているのでそれを汲んだのだよ」
事情はいろいろあるにせよ、この人は悪い人出はないのだろう。金を払っている相手の陳情など聞かない人が普通に多いからな。
「さて、ここが勝手口だ。ここの横に頼むよ」
「分かりました!」
シャーリーが答えて俺はスキルを発動する。
『井戸を制作します』
ゴリゴリと地面が削られ囲いが作られ屋根がつき、そして中が水で満たされた。あっという間のできごとであり、さすがのチャーリーさんもこれには驚いている様子だった。
「驚いたな、こんなに一瞬で作れるとは……水も満たされているようだな」
「ええ、水は多分スキル由来なので枯れることは無いと思いますよ。そこの桶で水を掬ってそのまま飲んでも大丈夫なはずです」
「ほう! なんとも便利なものだな!」
確かに便利なものだと俺も思う。しかし得体の知れない進化を続けるスキルに、どこか不気味なものを感じてしまう。一体どこまでこのスキルは進化するのだろうか?
「どれどれ、このまま飲めるんだったね」
そう言ってチャーリーさんは一杯すくってそれを飲んだ。途端に表情が変わった。
「何だこれは、美味いじゃないか! 私はこんなに便利な上に味の良いものを無視していたのか!」
「美味しいですか? 井戸ならこの敷地にもあるのでしょう?」
「全然違うよ、あの井戸のものは煮沸して飲んでいるが泥臭くとあまり美味しくないんだよ、これには雑味が全く無い、すごいことだよ」
水の味など気にしたことも無いが、褒められて悪い気はしなかった。ただの井戸なんだがな。
「どうです? お兄ちゃんのスキルはすごいでしょう? 他のものもご注文頂ければ作りますからね!」
すかさず営業をするシャーリーにうんうんと頷いているチャーリーさん。気が合うようだが、作ったのは俺だからな? シャーリーはまるで自分の実力のように自慢しているけど違うからな?
「ありがとう、またお願いすることがあるかもしれないな」
「そうですか、お代の方を……」
「ああ、そうだったね」
チャーリーさんは懐の財布から金貨を十枚出して妹に手渡した。どうやらお金持ちは普段から財布に金貨十枚くらいは入っているらしい。金貨はきちんとしまい込んでいる我が家からしたら信じられないような管理だが、それで困ることも無いのだろう。
「それでは、またのご注文、お待ちしていますね」
そうしてこの豪邸をあとにした。
「お金持ちってすごいんだな」
「当たり前じゃないですか、まだまだウチだってお金持ちとは呼べないんですからね? もっとガンガン稼いでこの町で有名になりましょうね!」
「そんなに需要があるのかなあ?」
シャーリーはそれでも断言する。
「需要は絶対にあります! それにスキルがまだまだ進化するならこの町自体だって発展させることが出来るはずです!」
「強気だなあ……」
俺は妹の大口に呆れながらも、金持ちが注文してくることはあるんだろうなと思った。
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