第12話「食料保管庫を作成した」

 俺は朝から玄関に向かい郵便配達人から手紙を受け取った。シャーリーは俺の部屋へ侵入してきたときの格好だったので表には出られなかった、その程度の羞恥心はあるらしい。


「お兄ちゃん、誰からですか?」


「ええっと……町の役場だな」


「まーた町長みたいな事を言い出すんですかね」


「さすがに税金で働いてる連中がそんなことを言い出さないだろ」


 根拠は無い、しかし町役場の人が自分の名前を町の歴史に残そうなどという野心を持っているとは思えない。官吏として働いて名を残す方がよほど素直なルートで正攻法だろう。町長は言ってはなんだが老い先短いので手段を選べなかった。しかし役場の皆さんは働ける年齢だ。町のことに尽力すれば名前くらいは残るかもしれない。


 もっとも、俺の方は名を残そうなどという気はさらさらないので、金の絡まないお願いをされても断るだけだが。


「お兄ちゃん……受ける気ですか?」


「条件次第だな。この前の町長みたいに舐めきった依頼だったら断るよ」


「ならばよし!」


「お前何様のつもりだよ……スキルを使うのも交渉をするのも俺だろうが……」


 態度だけは超デカい妹に呆れつつ封蝋を破って内容を読んでみた。


『アポロ様のスキルでこの町に食料保管庫を作ろうという案が上がっています。よろしければ町の広場に食料保管庫を作成したときのお見積もりをお願いいたします』


「うーん……見積もりかあ……」


 ぶっちゃけ作るだけならスキル発動をすれば一発で作れる。しかし無料というのもよくないだろう。今まで依頼してくれた人たちに失礼だし、スキルだって立派な才能だ。それにただ乗りさせるというのは間違っているような気がする。


「見積もりから投げてきましたか……ちょっと内容を見せてもらえますか?」


「ああ、ほら」


 俺は便箋をシャーリーに手渡した。それをじっと一字一句読んでいるかのようにじっくりと見てから俺に言う。


「お兄ちゃん、広場に行ってみましょう! 見積もりはざっくり体積で請求すればいいんじゃないですか? 山より高い建物を建てろなんて無茶は言わないでしょう」


「意外と冷静な意見だな。確かに積み下ろしに一日かかるような建物は要求されないだろうな」


 いくら内容物が傷まないにしたって保存が無期限だと大量に持っていたときに食料の値崩れや、保存品の横流しというリスクも生じてくる。リスクを抑えたサイズで収められることは確かだし、何よりそんな大型の保存庫が必要なほどこの町の人口は多くなかった。


「しかしコンクリートで建てたものの中でもものが腐らないのかな?」


「傷まない可能性は十分にあると思いますがね、それに雨風に強い方がどっちみち保管庫としては優秀ですしね」


 シャーリーの冷静な意見に頷いて俺たちは町の広場へと向かった。当然だがシャーリーには痴女のような格好を着替えさせた。本人はそのまま出ようとして『きゃ!?』と言ってすっこんだので自分が今どんな格好をしていたかをすっかり忘れていたらしい。


 気を取り直していつもの格好で町の広場へとやってきた。そこには『食料保管庫建造予定地』という看板が立っていた。


「まだ引き受けたわけでもないのに調子に乗ってますね」


「まあまあ、それだけ自信のある報酬を出すって事かもしれないだろ?」


 俺はざっくり広場の大きさを確かめる。縦横百歩ちょうどのそこそこの広さにはなっている。おそらくだが運搬の手間を考えたら平屋建てになるであろう事は予想が付く。二階建てにすると大量に運ぶときの手間が圧倒的に増える。


「このくらいなら一発で作れるな……それほど高額にする必要は無いが……」


「既存の顧客にも配慮した価格って事ですね」


 そう、塀を建てて金貨五枚もらったのでそれ以下というわけにはいかない。建物なのだから塀より安くていいはずがない。


「金貨二十枚くらいかな……」


 そうつぶやいた俺にシャーリーが食ってかかった。


「これは絶対にもっと取れますよ! 金貨百枚くらいはもらっていいはずです!」


「百枚はぼったくりすぎじゃないか?」


 シャーリーはため息を一つついた。


「いいですか? コンクリートなんて大都市の大きな建物くらいでしか使ってないんですよ? そんな技術を提供するんですから値段もそれなりにするべきです!」


「百枚か……なあシャーリー、俺のスキルにそんな価値が有るのかな?」


「あります、間違いなくね」


 断言する妹に俺はそれを信用することにして町役場へ向かった。金額は強気に金貨百枚でいくことに決意していた。


 町役場に着くと、朝に届いた封書を受付に見せる。途端に顔色が変わって奥の応接室に通された。


 少しして、いやらしい笑みを浮かべた小男が部屋に入ってきた。


「いやぁ、アポロさん、噂は聞いていますよ! なんでも自由に建築が出来るとか! 是非あやかりたいものですなあ」


 ムッとしたが俺は即座に価格交渉に踏み切った。この男と長時間話していると不愉快な気分になりそうだった。


「見積もりですが金貨百枚ですね」


 途端に男の顔色が曇った。


「百枚ですか……町のための事業ですよ?」


 そこへシャーリーが割って入ってきた。


「お兄ちゃんは受けると決めてくれたんですよ? それでも価格交渉に出るなんて恥ずかしくないんですか?」


 少女の強い言葉に男は黙り込んでしばらく悩んだあげく頷いた。


「分かりました、決意は固いようですし、保管庫の中に入れる野菜は早くしないと傷みますからね」


「よろしい」


 シャーリーが話の主導権を取って交渉は決着が付いた。


「では前金で頂きましょうか」


 追撃の条件に渋々承諾をして金貨の入った袋を持ってきた。


「確かに、始めからこうして払えばいいんですよ」


 嫌味を言うしシャーリーを置いておいて俺は建築予定地へ向かうことを提案した。


 これ以上の条件を出されては敵わないと、渡りに船とばかりにそれに同意して町の広場へ向かった。


「じゃあこの広場全部を使っていいんですね?」


「はい、大きい方が良いですね。もちろん建物として崩れない程度の強度は必要ですが」


 ならば柱も作った方が良いだろうな。この広さだし屋根をつけるなら支柱は必須だ。


『建物を建造します』


 ゴゴゴ……


 地面が揺れて盛り上がり、頑強な建物があっという間に出来上がった。


「すごいですな……まさかここまで簡単に作れるとは……」


 どこか、『簡単に作れるんだったらもう少し安くしろよ』という言葉が裏にあるように感じたが黙っておいた。前金はもらっているからな。


「では、建築はこれで完了ですね。俺はこれで」


「またのご依頼お待ちしていますね?」


 シャーリーが営業をして俺たちは別れて家に帰った。屋根付の大規模建造物だ、文句ないものを作った自負はある。


「お兄ちゃんはなかなかやればできるじゃないですか! 交渉はあのくらい強気にいくべきなんですよ!」


 そう断言するシャーリーの言葉に迷いはなかった。実際その通りの値段が支払われたので俺はそれを否定することはできなかった。

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