霊子さんとボク

一 山大

第1話 幽霊とボク

 ただ、キーボードを叩く音が響く。

 その部屋は、一室というにはあまりにも広い。それなのに、机と椅子が一つずつ。そしてひとりの男がいるだけだった。


「……」


 カーテンすらない、大きな窓。

そこから差し込む夕日だけが、白い肌を茜色に照らしている。

スッと通った鼻筋が、頬に影をつくっていた。


「……ん?」


 薄い唇が微かに動く。

 切れ長の目は、向かいにある大きい窓を見ていた。


「……そこ、危なくないのかい?」


 都会を見下ろすその景色に、女性がひとり映っている。

 東京の一等地に建てられたマンションの最上階。その窓から、人間が部屋の中を覗き込んでいるのだ。

 その女性は、部屋の男に見られていることに気が付いた。

自分が認識されるなんて思ってもみなかったのか、ひどく困惑しているようだった。

 あわあわと両手を振り回して、辺りを見回すだけの女性に、男は声をかける。


「君、幽霊なの? あ、聞こえてるのかな、僕の声」


 ただ目の前にいる人間に話しかけるように、男はそう問うた。

 女性はぎこちなく頷くと、ますます困惑した。


「なにか名前がないと不便だね……。幽霊なら、霊子さんとかでいいかい?」


 霊子と呼ばれた女性は、またも頷く。


「じゃあ霊子さんって呼ばせてもらうよ」


 それだけ伝えて、男はまたキーボードを叩き始めた。

 これが当たり前かのように。


 これが、僕と霊子さんの出会いだった。

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