第113話 セイレーンの聞こえない歌声

 剣を探すなら、賢者に相談するよりも占い師を頼れば良かった。

「占いとは如何なものなりや」

 リッリはナタとヘルメスからその話を聞いた時、半信半疑だった。


 それでも小舟を出して赤頭巾一行が岩礁を目指したのには理由がある。


 赤頭巾の横で膝を抱えて座ったヘルメスは、

「だから剣を探すためなんです」と説明する。

「剣がそこにありゃいいが。ドギが打った剣であれば、それは良い手がかりになるやも」


「セイレーンが歌で旅人を引き込んで、その荷物も全部持って帰っているんです。その中に高価な剣があるんじゃないかって話です。言われてみれば、納得できるような気がしません?」


 船は二隻だ。先頭の船には柱に括り付けられたナタ。そして漕ぎ手となる男たちが乗っていた。ナタ以外の誰もが耳栓をした状態だ。

 そしてそれを追いかける小舟には四人。

 ヘルメスと赤頭巾、それに——。

「鳥の中には光るものを集めて、巣にため込むような子もいるって聞いたことがあるわ。それと似たようなものかしら」

 ミツハは、「セイレーンって、美しく囀って宝物を集める鳥みたい」とこの冒険についてきた理由を語る。


「まあ、ありそうな話だよね」

 シェズは、「暇だったから丁度いいや」とこちらはこちらで好奇心旺盛。

 

「セイレーンが剣を持っているなんて、聞いた事もなきりや。貴族が高値で取引するような剣があるとなれば、もうちょい噂になっていてもおかしくなかり?」

 赤頭巾リッリは首を傾げた。だが一方で、ヘルメスの話を否定する根拠もない。それはヘルメスも同じで、さっきから困惑した表情だった。その表情。彼が首を傾げたのは目の錯覚で、本当は船が揺れてそう見えるだけかもしれない。

 

 ここでミツハはついて来た理由がもうひとつあると切りだした。睨みつけるのはヘルメスのその表情。


「でもナタを縛って、生け贄みたいにするのは危険じゃない? もし何かあったらヘルメス、あんた責任を取りなさいよ」

 これではヘルメスも頭を抱えるだけ。

「そのために僕たちがこうして後ろからついて行ってるんだよ。シェズさんやミツハちゃんだって居るし。サポートは万全さ」

「もし何かあった時よ」

「責任って言っても、僕にできることなんて別に」

「ナタの代わりに死んで」

 ミツハの顔は本気だった。

「やだ」

 ヘルメスは首をぶるんと振って、さらにはミツハを納得させるために説明をするはめになっていた。


「しょうがないんだよ。女の子が近づいたらセイレーンが逃げるって言うから、シェズさんやミツハちゃんはナタと一緒にはいられないし。でもいざとなった時に頼れるのはシェズさんやミツハちゃんだし」

「その話自体、うさんくさいわね」

「うさんくさいって言っても、この作戦にのりのりだったのは、ナタのほうだよ。ナタからそれ預かってるミツハちゃんならわかるでしょ?」

「これは私が死んでも守るわ」

 ミツハはボートの先端にしゃがみこんで遠いもう一艘を見やる。そっちのボートは帆のある中型船であり、六人の漕ぎ手の中心に縛られたナタが見えた。ナタの傍には剣がない。暴れた時にナタが剣を持っていては、誰にもナタが止められないからだ。かくして、ミツハはナタから大事な剣を預かっていた。


 ナタは島の切り立った崖が近づくと、耳を澄ますように空に顔を向けただろうか。それ以外にリッリたちの方からは見える動きはない。


「まだセイレーンって奴は出てこないみたい?」

 漕ぎながらシェズもナタを観察していた。「セイレーンの歌声が聞こえれば、ナタが暴れだすんだろ? それが見えれば突撃準備だ」その瞬間を待っている。


「でもなんだか、出てきそうな雰囲気があるよ」

 ヘルメスは周囲を見やる。岩陰にはロープが張られて、その下を汚い船が彷徨っていた。岩肌にボロが巻き付てどこか生活感のある光景。「洗濯物?」と言いたくなるのは、並んだ衣服を発見した時だ。しかし、セイレーンに襲われた男たちの死骸だと思い直すと、こんなに恐ろしい場所があるだろうかとツバを飲み込むことになる。


「弓矢の練習でもしてりや」

 赤頭巾が指摘したのは、岩山頂上付近に見える矢の残骸のことだ。

「誰かが住んでいるのは間違いないようね」

 ミツハの分析では、セイレーンと出会うその時は近い。


「占い師が言ってた場所ってこの辺で間違いないんでしょ?」

「うん」

「なら、あそこで決まりじゃない。そろそろかもね」

 とミツハは、いつでも剣を抜けるように構えて上空のハヤブサを見る。「飛び出すタイミングはこっちで決めていいよね?」とは、赤頭巾と作戦のやりとり。


「やっとあたしたちの出番か?」

 シェズはここで漕ぐのをやめて、立ち上がっていた。注目すべきはナタの船だ。


「いやまだなりや」

 リッリは言う。

 ナタが乗っている船はセイレーンの注目の的。弓矢で襲われる可能性もあるし、空から飛び込まれることもあれば、海から引きずられることも想定される。だからセイレーンを取り押さえるのは別の船の役割になるだろう。少し離れたところに急襲部隊があって、敵を見定めた後にそれが前面にでる。これがリッリたちの役割だった。

 だからこそ、リッリは仲間を制止する。

 敵はまだ出ていないか。


「本当にナタの奴、大丈夫かぁ?」

 シェズはミツハの不安を受けて、ナタを心配した。作戦上、一番危険な役割を担っているのはナタだ。一歩間違えば、縛られたままセイレーンに食べられてしまうかもしれない。「しかし、あいつ、楽しそうに見えるな」とは個人的な思い込みだろうか。

 なんとなくだ。


「本人はうきうきしていたよ。可愛い娘の歌が聴けるって、誘惑するようなダンスもあるんだって。それ見たいって言ってた」

 ヘルメスは、「僕も見たいかも」と呟いて――。

「そんなの思ってんの、あんただけ」

 きついビンタでヘルメスは口を無理矢理閉じさせられることになる。

「いや、僕じゃないよ。ナタが言ってたんだって」

「そんなわけないでしょ。これ以上口を開くと、あんたから始末するけど」

 ミツハは断固として、妄想するのはヘルメスだと言い張った。なにしろヘルメスは過去、ミツハに言ってしまったことがある。それはそれはミツハを怒らせる言葉を——。

 これではヘルメスも、

 むぎゅっと口を紡ぐしかなかった。


 ずるいよ、ナタ。

 ヘルメスはそう思った。


「そういうことか」

 だが、ヘルメスの言葉にヒントを得た人間もいる。シェズだ。「あいつじゃなくてもいいのに、なんであいつが縛られてんのか、気になっていたんだよね」と目を細めている。

「それはセイレーンが魔法の歌声で人間を操るからだよ。ナタはオーディンだから、魔法にも耐性がありそうだし」

「本気か?」

「僕にはそんなことできないし」

「耐性なんて必要ないだろ。縛られてるだけだぞ。縛られる役、ヘルメスで良かったんじゃないか?」

「うん」

 ヘルメスはミツハを横目に見て、そうのほうが良かったかもと後悔した。もし縛られているのがヘルメスなら、ミツハだって「大丈夫なの?」と心配する声をかけてくれたかもしれない。


 動きがあったのはその時だった。


 ナタの周囲にいる漕ぎ手が木製の盾を持ち上げ始めた。この動作は敵と遭遇したときの決まりだ。弓矢に備えてナタを守る。


「ヘルメス、耳塞いでて」

 ミツハが叫んでいた。


「え?」

「あんたは歌聞こえたらまずいんでしょ」

 ミツハはヘルメスの頭をおさえた。

「歌聞こえり?」

 赤頭巾は耳を澄ましてみる。


「これ、歌聞こえてんのか?」

 シェズには聞こえない。息をとめて、心臓の音さえも消すように我慢してみたが、そこに歌があるかどうかもわからない。

 だが歌を知る方法はある。

 ナタを見ることだった。


 歌が聞こえれば、ナタが暴れる予定だった。もしくは歌にうっとして、聞こえてくる方向に耳を傾ける。

 ナタは動いたか?


「何してんだ、あいつ」

 シェズは、動かないナタを見つめていた。ナタはスーパー貴族をも越える冷静沈着な知識人だ。いや、そう言ってシェズを笑ったことがある。シェズには悔しい話だが、今回も歌の魔力にあらがえるのはナタだけらしい。

「うみゅ」

 リッリはシェズに相づちを打つようにして、同じ目をナタに向けていた。


 ナタの周囲の漕ぎ手たちが、船の中心に盾をもって集まる状況下。

 ナタは依然として動かない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る