Chapter16 上映会

 テリーとシュピルマンの作品の上映会が決まったのは、その翌週の金曜日であった。

 その前の火曜日の周知もあり、当日はかなりの盛況で、酒なんかよりも上映を心待ちにしている空気が辺りに蔓延していた。

 この前俺が立った小さな舞台上には三本足のシルクスクリーンがあり、その真ん前には小さな机とプロジェクターが設置されていた。そして、それらを囲むように、半円弧状にパイプ椅子が雑然と並べられていた。


 ボーマンが上映前の口上を述べる。情報端末の電源を切ることや、大声で話さないといった諸注意だった。もちろん、そういうジョークである。

 それから、今作の監督二人を舞台上に呼んだ。テリーとシュピルマンは緊張の面持ちで、遠慮がちに舞台へと上がった。

 俺の隣に座るホリーが言った。

「楽しみですね」

「そうだね」

 同じ時期に入ったせいか、彼は一回り以上も歳の離れた俺にも、遠慮なく話をしてくる。

「今日の上映会って、ロンさんが企画したって本当ですか?」

「別に俺が企画したわけじゃないよ」

「じゃあ、テリーさんと殴り合いの喧嘩をしたってのは?」

「何だよ、それ。そんなわけないだろう。ちょっと観させてくれないかってお願いしただけだよ。ほら、監督の話を聞いた方がいいぞ」

 俺はテリーを指差す。

 テリーは赤く上気した顔で、熱く語っている。

「この作品は、俺が大学を出たばっかりのころ、同級生だったこいつと一緒に作ったものです。もちろん、作り方なんか知らなかったから、手探りで、変な出来です。それに取締官の暴力を受けたりして、大変な作品だったんですけど、それでもこの作品が無事に完成できて、こうやって映画好きの仲間たちの前で上映できるのは、素直に嬉しいです」

 テリーとシュピルマンが頭を下げる。

 拍手が沸いた。俺も合わせて手を打った。


 そして、開映。

 尺は三十分ほどだった。

 内容は、ボクサー崩れの主人公が、昔自分を捨てた母親に再会しに行くといった話だった。とくに語るほどのものはない。列車に揺られる主人公が幾つかの不憫な過去をバラバラに回想していくだけだ。


 だが、

 筋書きにではない。

 キチンと映画になっていたことに感動したのだ。

 エンドロールで数えたスタッフの数は十人と少しのもんだったが、それでも画面は十二分に観られたし、音響だって悪くはなかった。

 詳しい事は分からないが、彼らでこのクオリティのものが作れるのであれば、もう少しお金を掛ければ、ほぼアキラの作ったものと遜色ない映像も可能だろう。

 特に良かったのは、主人公が浜辺を泣きそうな顔で全力疾走するシーンだった。下手すればお笑い草の画だったが、筋肉の躍動と乱れる息遣いが、俺に迫るものを感じさせた。

 わずかではあるが、この映画には、そういう力があった。


 だが、と俺は思案する。映像などの技術面についてはクリアできるとしても、だ。一点、問題がある。俳優の演技だ。ハッキリ言って、テリーとシュピルマンの作品——タイトルは『スウェイバック』と言った——に出ていた俳優の演技は、ド素人もいいところだった。アキラの作品では、演技が素人ってことはない。AIで作られたフルCGの俳優が、台詞を棒読みすることはあり得ないからだ。


 上映が終わり、ホールが明るくなる。

 再びの拍手。

 作品を作った二人は、応えるように立ち上がる。

 俺も二人に拍手を送る。テリーがこちらを見た。目が合って、奴はバツが悪そうに、俺に小さく会釈した。


 上映後、自分たちの映画を肴に酒を飲む。ここにいる構成員にとっては、恐らく最上の楽しみであっただろう。事実、ワダさんもホリーも、興奮気味にテリーとシュピルマンと話し込んでいる。俺はそんな彼らを尻目に一人、カウンターで静かにグラスを片づけているマスター・ボーマンのところへと近づいた。


 演技の問題は後で考えればいい。とりあえず今は、事を一歩前に進めなくてはいけない。俺はカウンターに腰かけた。

「何か飲むかい?」とボーマン。

「じゃあ、ジョニー・ウォーカーをロックで」

「ブレードランナーだね」

「ん? え、ええ」

 彼には何を頼んでもこんな調子で、いつでも映画のネタがぶち込まれる。

 彼がカウンターに飲み物を置いて、俺は身体を少し乗り出した。

「マスター・ボーマン。あなたに内密に相談したいことがあるんですが、どこかでお時間をいただけませんか?」

「ここでは話せないことなのかね?」

「そうですね……こんなに人がいるところではちょっと……」

「やめてくれよ。恋愛相談とかそういうのは。私には無理だからね」

 ボーマンは人懐っこい笑顔で茶化した。

「そういうんじゃないですよ」

「じゃあ何だい?」

 俺は声のボリュームを落として、言った。

「映画の制作について、話がしたいんです」

 ボーマンはグラスを拭いていた手を止めて、俺を見る。今度はふざけていない真剣な顔だった。

「その話は、そうだね、キチンと話し合った方がいいかもしれないね」

「ええ」

「君は、その、作りたいのかね?」

「ええ」

「……そうか。他にもそういう話が出てくるのかな。今日の上映会の様子を見ていると」

「さあ、それは分かりません。でも、僕は最初から、映画を作りたいと思ってここに来たんです」

「そうか。あんまり精力的じゃなくてすまなかったね」

「そんなことないですよ」

「で、そしたらいつがいい? 私たち二人でいいのかい?」

 俺は後ろを見やる。

「時間はいつでも構いませんが、話をするときは、テリーとシュピルマンにもいてもらいたいですね」

「オーケイ。事情は分かった。じゃあ、明日のお昼、ここでやるってんでどうだろう?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「テリーとシュピルマンには私から話しておくよ。明日はここもお休みだから、多分大丈夫だろう」

「ありがとうございます」

 礼を言い、俺はグラスを持って立ち上がった。

「向こうに行って、みんなと話をしてくるといい」

 見てみれば、テリーがホリーにボクシングの撃ち方を教えていた。何をやってんだ、一体。

「ジークンドーの方が強いことを証明してきましょう」

 俺は冗談を言って、みんなのもとへと戻っていった。

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