366日
@ginei
第1話
朝陽が差し込む。
あ…眠ってしまったんや
…何⁉︎
合唱みたいにお経が始まって、飛び起きた。
檀家のご老人達が、私を囲むように集まって座ってる。
目ちゃんと開かへん
頭痛い
最後のお泊まりは、お寺の本堂。
短い夢を見た。
写真の顔を見て現実に引き戻される。
周りを見まわす私に
頷きながら数珠を差し出すお婆さん。
喪服を着た私の
背中をさするおばさん。
誰一人知らない。
このお経、なんか心地良いな
頭ん中整理しないと…
だんだんボリュームが上がってきた。
曲で言ったらサビみたい
あかん、スイッチ入ってもた
わーわー泣いた。
引くほど泣いた。
もういい、しんどい、息出来ひん
「あきちゃん、お母さん来てるで」
やっちゃんに肩をたたかれ、我にかえる。
葬儀に来てくれた母を駐車場まで迎えに行って、珠ちゃんに会わせてから元の場所へ戻った。
母と珠ちゃんは初対面だった。
お経が終わり、ご老人達は後ろへ移動した。
座布団が整えられた。
今から御住職が入ってくる。
さっきのお経は、何やったんやろ…
前座みたいなもんなんかな
遺影の写真をもう1回、確認した。
こうのくんや…
そういや昨日の夜、門の所でタバコを吸ってたやっちゃんに、言われたな…
「誰かさんが死ねって言うから」
『え、私のせいなん?』
「うそうそ、俺こそ謝らなあかん。
あの娘…遊びに行った時に
俺が誘ったから悪いねん…それからやねん」
『うん、知ってる 全部聞いたよ。だから私、またフラれたんやん』
「ちゃうで、ちょっと遊んだら
またあきちゃんとこ戻るって言うとったし」
『いや、もうそんなん ええよ』
「戻ったら…結婚とか…
ちゃんと考えなあかんって…」
『ウソや、そんなん 知らん』
あの娘とは、ヒロちゃんのこと。
こんなとこまで、のこのことやってきた元彼女の私を、疎ましく思ってるに違いない
18歳の女の子。
こうのくんの今彼女。
昨日、私が到着した時には、棺の横にベッタリと座ってた。
初めて見たけど、すぐにわかった。
だから近づけなかった。
私はヒロちゃんに何の感情もわかない。
だってこうのくんから聞いてたから。
「お前、顔見たら泣くで!めちゃブスやのに」
彼はこんな無神経なこと平気で言う奴です。
『何でそんなブスのせいで、私はフラれるん?』
「お前俺とおったらしんどいやろ、かわいそうや」
『じゃあ、かわいそうな事せんといてよ』
わけの分からない会話が続く。
とにかく、私達はお別れした。
だからこの数ヶ月の彼を、私は知らない。
あの日、誰とどこで何をしてたのか…
身元がわからず、帰宅まで2日かかったらしい。
ヒロちゃんも、やっちゃんも知らない。
そう、妬くほど仲の良い彼の親友、やっちゃんも。
あの日の彼を知らなかった。
石田くんのパジェロを運転してて、ふらふらと中央線をはみ出して、ピンクの大きなトレーラーと接触。
国道沿いの壁に数十メートルの傷を残して、大破。
運転席の窓からぶら〜んって上半身飛び出してたって。
石田くんは後部座席からフロントガラス突き破って車外に。
事故現場に行った時、
近くの自転車屋のおっちゃんが言ってた。
自宅には使用済みの○ン○ーム。
ポケットにはハルシオン。
帰る前に寄ったファミレスで、ヒロちゃんに聞いた。
一体何やってんの⁉︎
怒りが込み上げる。
「あきちゃん、彦さんと同じ髪〜」
お、いきなり話しかけてきたと思ったら、びっくりするほど馴れ馴れしい。
『あ、そうなん?ツイストしてたんや
私は不評やからもう切ろうと思ってて』
思わず返したけど…
いや、彦さんって何⁉︎
「えー お揃いええなぁ ヒロはもうちょい伸びんとパーマ無理やし」
『 …… 』
葬儀を終えて、お骨あげ待ってる時にする話か⁉︎
知り合いが誰もいなくて心細いんかな
いや、退屈なんか⁉︎
とにかく、眠くて頭痛くて。
続きを話す気には、なれなかった。
そもそも会うべき人じゃないんやから。
数ヶ月前、突然この娘が現れてから私…
もうホンマにお別れしようって決めたから。
大好きやったけど、大好きやったから
早く死んで下さい…って
留守電に入れたんやから。
「俺の浮気癖は死なな治らへん」
『アンタが死なんと私は幸せになられへん』
何回も裏切られたのに、ちゃんと別れられへんかった。自分が悪い。
苦しくて、ホンマに死ねって…
思ってもたから。
神様が真に受けたんかな。
私のせい。
どうしよう…
昨日、珠ちゃんからの電話で目が覚めた。
「あきちゃん、寝とった?久しぶりやなぁ…
あんなぁ、邦彦死んでん」
『え?珠ちゃん?
…は⁉︎ はぁ?
…… 何言うてんの?』
「びっくりさせてごめんなぁ、
新聞載ってるわ。事故でなぁ。
あきちゃん、来れる?」
『 ……… 何で? 私、別れてんで。
死ね言うてもた。どうしよう…
ちょっと待って…どうしよう…』
「うん、こんな電話…せん方がええか悩んだんやけどな。最後に顔見たって。
今、家に出入りしよう娘がおるんやけど…
あきちゃんに連絡するからなって話ししたとこなんよ。
車はあかんで、危ないから。
電車とタクシーでな。
夕方までに来たらええから」
『わかった… 珠ちゃん…大丈夫?」
「うん、弘もかあくんも帰って来たし みんなおるから。バタバタしよるけど、着いたら声かけて」
住所を聞いて電話を切った。
コレは騙されてるな私
こんな大がかりなウソで、再会か⁉︎
えらいサプライズ考えたな
いや、ちゃうな…
新聞て?事故って?
『お母さ〜ん、新聞ーどこー?』
うわっ
そこからうっすらとしか記憶はないけど…
教えてもらった住所の祖父宅へ向かった。
珠ちゃんに会うのはいつぶりかな
私は何て声かければいいんやろ…
珠ちゃんは、彼のお母さん。
20歳で産んだ子やから、42歳になったとこかな。
私と珠ちゃんは、直接電話でやりとりをする仲。
「大事な息子を愛してくれる娘を、可愛くないはずがないやん」
お酒を飲むといつも言ってくれる。
彼は、父親のかあくんによく似てるって。
2つ下の弟弘くんは、珠ちゃん似のイケメン。
かあくんは、仕事で沖縄へ行ったっきり。
弘くんは、今は鳥取にいるらしい。
高校生の頃から寮に入ってたから、家には珠ちゃんと彼だけだった。
彼が話す家庭事情…
どこまでホンマなのか、よくわからないまま聞いてた。
「小さい頃はおばあに育てられてたから、ターチが来たら、ただ遊んでくれる人やと思っとった」
「弘が寮に入る時、手続きで役所に行ったら…勝手に離婚されとったんやって。あの男ホンマめちゃくちゃやで」
「慌てて沖縄飛んで行ったら、若い女と子供がおった」
「俺によう似た妹らしいわ 笑」
私は何も言えなかった。
「普通の家で普通に生まれてたら、俺こんなんちゃうかったやろな」
よくこんな言い訳してた。
「お前とは何もかもちゃうからな」
いつも言ってたけど、私に壁を作られてるみたいで嫌やった。
私は負けずに、家庭環境の不幸さを語った。
普通に見える普通の家族だって、いろいろある事を。
お通夜、告別式、火葬場…非日常の不思議な二日間。
目に映る全てのものの色は薄かった。
彼のいない、彼でいっぱいになったその空間は、不謹慎やけど…久々に会えたみたいに高揚感があった。
ずっと、お腹が空きすぎた時みたいに…身体の真ん中が痛くて、落ち着かなかった。
悲しいとか、淋しいとか、会いたいとか
ここ数ヶ月、私を支配していたその感情は、とどめをさされたかのように飛び散った。
気持ちを押し殺して生きて行こうとしてたのに、全部なかったことみたいに吹き飛ばされた。
また彼でいっぱいになった私は、少し幸福感もあった。
このまま、彼との時間にどっぷりと浸かってしまう。
死ぬってそうゆうこと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます