帰ってください同級生〜未来の田中は前科がついているみたいです〜

あけのぼのりと

第1話

(一)

「高校三年間、ずっと貴方の事を見ていました」

 

 例年より遅く開花した桜の花弁が空き教室に入り込む。

 室内を満たす匂いは湿った土の匂いがした。

 春の匂いだ。 

 少し開いた窓から流れ込む春風が肌に触れる。

 春風と呼ぶには生暖かい風を受けながら、俺──上杉巧は同じクラスメイトである園崎真央と向き合っていた。


「いつも優しくしてくれる貴方が好きです! 私と付き合って下さい!」


 顔を真っ赤にしながら、園崎は頭を下げる。

 俺はというと、彼女の姿を見る事で精一杯だった。

 心臓が早鐘のように鳴り響く。

 きっと今声を出したら、情けない声が出てしまうだろう。

 何が起きてもいいように、腰を少しだけ落としながら、俺は表情を強張らせる。

 そんな俺を不審に思ったのか、園崎は恐る恐る顔を上げると、顔を真っ赤にしたまま、疑問の言葉を口にした。


「あの、……へ、返事は?」


「い、いや、返事も何も……」


 動揺し過ぎた所為で上擦った声が出てしまった。

 背後にある扉に視線を向けながら、俺は苦笑いを浮かべる。

 そして、俺の返事を待ち続けている彼女に疑問の言葉を投げかけた。



「……さっき入学式終わったばかりだよね? 何で高校生活終わった前提で告白しているの? まだ始まったばかりだよね?」



 同じクラスになって数時間しか経っていない、というか、ほぼ初対面と言っても過言じゃない園崎に疑問を呈する。

 彼女は顔を真っ赤にしたまま、俺の疑問に答えた。


「私がタイムリープして来たからです!」


「ヤベー女だ!」


 ヤベー女だった。

 視線を出入り口の扉に向ける。

 鍵は施錠されていた。

 恐らく空き教室に入る際、園崎が閉めたんだろう。

 つまり、俺は空き教室に閉じ込められたって訳だ。

 ヤベー、高校生活始まって、速攻で危機的状況に追い込まれてしまった。

 

「好きです! 付き合って下さい!」


「勢いでゴリ押しできると思うなよ!」


「一年の時、宇宙人に寄生された私を救ってくれましたよね⁉ あれがきっかけで貴方に惚れました! どうか付き合って下さい!」


「待て! 落ち着け! 俺を置いていくな! せめて俺の疑問を解消してから、次に進んでくれ! てか、宇宙人に寄生ってなに⁉」


 一人盛り上がっていた園崎を落ち着かせた所で、閑話休題。

 こほんと咳払いした後、俺は状況の整理を始めた。


「……俺と君って、今日初めて会ったよな?」


「はい」


「つまり、君は俺に一目惚れしたのか?」


「人を面食いみたいに言わないで下さい。私は貴方の外見じゃなくて中身に惚れたんです」


「……まだ出会って数時間しか経っていないよな?」


「私の主観では貴方と出会ってから、ほぼ三年が過ぎました」


「……妄想?」


「いえ、妄想じゃありません。信じられないと思いますが、私は卒業式前日からタイムリープして来たんです。なので、私から見たら貴方と私はほぼ三年の付き合いです」


「……つまり、君は意識だけ未来からタイムリープして来たのか?」


「はい」


「だったら、一つ質問」


 いつ何が起きても良いように、俺は腰を落とす。そして、いつでも逃げ出せるように体勢を整えた後、俺は彼女に疑問をぶつけた。


「何で俺に告白したの? 君の話が本当だったら、君が惚れたのは未来の俺だよね? だったら、ここにいる俺は別人と言っても過言じゃないのでは……?」


「好きです! 付き合って下さい!」


「話聞けよ」


 タイムリープ発言云々抜きにしてもヤベー女だった。

 ああ、今すぐ逃げ出したい。


「何でタイムリープして来たんだ? 何か理由があるのか?」


「未来の貴方が寝取られたからです」


「ね、……ねとられ?」


 聞いた事のない単語だった。


「自分の配偶者或いは恋人が、第三者と恋人関係になる事です」


「あー、浮気みたいなもんか……ん? 未来の俺と君って恋人関係だったのか?」


「いえ、そうじゃありません。未来の貴方と私は友人関係です」


「……それ、ネトラレじゃなくない?」


「いいえ、寝取られです! その証拠に私の脳が破壊されました!」


 多分、ネトラレとは違うジャンルだと思う。

 その一言を敢えて飲み込みながら、俺は苦笑いを浮かべる。

 心臓はまだバクバクしていた、

 未知との邂逅による恐怖で。

 この子をオモシレー女扱いできる程、俺の器は大きくなかった。

 誰か助けて。


「貴方に分かりますか⁉︎ 卒業式前日に告白したら、『ごめん、俺、好きな人いるから』みたいな事を言われた私の気持ちを! もう頭がパーンってなって、伝説の木にゴーンってしましたよ! そしたら、何故か入学式前日にタイムリープしていたんです!」


 両手で天を衝く園崎を眺めながら、俺は渇いた笑みを浮かべる。

 人って本当にヤバい人と対峙すると笑う事しかできないんだな。

 本当、誰か助けて。


「だから、私は誰にも汚されていないであろう過去の貴方に告白しました! どぅー、ゆー、あんだすたん⁉︎」


「赤の他人から与えられる無償の愛って恐怖でしかないんだな」


 見ず知らずの異性に好意を寄せられるのって、こんなに怖いものだったのか。

 そんな事を思いながら天井を仰ぐ。

 今の状況をジャンル分けすると、青春ラブコメというよりホラーに近かった。

 というより、ホラーそのものだった。


(二)

 それから俺は自称タイムリーパーである園崎を説得した。

 仮に未来からタイムリープ して来たのが本当だったとしても、ここにいる俺と未来の俺は殆ど別人である事。

 入学したばかりの俺よりも高校三年間かけて仲良くなった未来の俺に告白した方がワンチャンある事。

 そして、俺という人間は押しに弱いから押しまくったら『ネトれる』事。

 それらを論理的に説明する事で、俺は彼女の矛先を未来の俺に向けようと試みた。

 え? 彼女のタイムリープ発言が嘘だった場合はって? 

 うん、どうしたらいいんだろう。

 誰か正解を教えて。


「確かに貴方の言う通りですね。私が好きになったのは未来の貴方。つまり、私の戦場は過去ではなく、未来なんですね!」


 俺の目論見通り、彼女の狂気の矛先が未来に向いた。

 ん? 問題を先送りしているだけだって? 

 細かい事はいいんだよ。


「でも、私、どうやって過去に戻って来たのか分からないんですよね」


 春の陽射しに照らされた廊下を園崎と共に歩く。

 生きた心地はしなかった。


「タイムリープする前は何をしていたんだ?」


「あ、音楽室だ。懐かしー」


「話聞けよ」


 俺のキツいツッコミに応える事なく、音楽室と書かれた表札を仰ぐ。


「うわー、懐かしー。確か音楽の授業中でしたっけ? 乱入して来たスズメバチが田中くんを病院送りにしたのって」


「だから、知らね……って、田中ってあの田中か? 俺と同中の」


「ええ、そうです。高二の文化祭でやらかした田中くんです」


「田中の身に何が起きたんだ」


「全国紙の一面を飾りました」


「田中は一体何をやらかしたんだ?」


「まあ、少年院にいる田中くんの事は置いといて」


「待て、未来の田中は少年院にいるのか?」


「あ、野球部の武藤先輩発見!」


「話聞けよ」


 興奮した様子で園崎は運動場側の窓を覗き込む。

 窓硝子の向こうには野球部っぽいユニフォームを来た人達とジャージを着た人達が爽やかな汗を流していた。


「うわー、懐かしー! 武藤先輩、まだ生きてるー!」


「……え、武藤先輩死ぬの? あの人、中学の時の先輩なんだけど」


「はい。ちなみに武藤先輩は一年後腹上死する予定です」


「全国紙といい腹上死といい、この高校の未来お先真っ暗過ぎる」


「でも、悪いニュースばかりじゃありませんよ。鈴木先生の妊娠が最近発覚しました」


「めでたいニュースだけど、入学直後だから鈴木先生が誰なのか分からない」


「ほら、あの人ですよ。武藤先輩を腹上死させた」


「地雷って何処に潜んでいるのか分からないものだな」


「他にも良いニュースはありますよ。一年の時に同じクラスだった岸丸くんがネットでバズった話とか」


「いや、岸丸って誰だよ」


「自身のチ○ポを電子の海に放流した岸丸くんです」


「それ、バズったというより炎上しているだけじゃないの?」


「あと、御手洗くんが異世界転生したトラックに撥ねられた事とか」


「異世界転生を明るいニュース扱いするなよ。倫理観終わってんのか、てめー」


「あとは、えと、……えーと」


「どうしよう、お母さん! 入る高校間違えたかも!」


 言い淀む自称タイムリーパーの態度に不安を覚えた俺はつい奇声を発してしまう。

 彼女の発言全てが嘘である事を心の中で祈った。

 だって、余りにもお先真っ暗過ぎるし。

 というか、入学初日から自称未来人に絡まれている時点で俺の高校生活は手遅れかもしれない。


「だ、大丈夫ですよ! 貴方の高校生活だけは明るいです! だって、貴方は合唱コンの指揮者になったりとか、文化祭の実行委員長になったりとかして高校生活超エンジョイしていましたから! あ、あと、生徒会長になったりしていましたよ! 未来の貴方は私が羨むくらい高校生活をエンジョイしていました! だから、安心してください!」


「ネタバレすんの止めてくれない⁉︎」


 高校生活の楽しみを半分くらい奪い取られた所で閑話休題。

 『もうこの自称タイムリーパーから解放されてー』と思いながら、俺は園崎と一緒に廊下を歩く。

 そろそろ日が暮れる時間帯なのか、廊下を照らす陽の光が茜色に変わり始めていた。


「……とりあえず、タイムリープした日の事を思い出してくれない? もしかしたら、未来に戻れるヒントがあるかもしれないし」


 入学式と自称タイムリーパーとの遭遇エンカウントの所為で精神が擦り減った俺は、溜息を吐き出しながら、園崎に疑問を投げかける。

 彼女はニコニコしながら、疲れ果てた俺を眺めていた。


「なんでニコニコしているの?」


「いや、私の惚れた人は私の言う事を無条件に信じてくれるなーと思って」


「いや、無条件には信じていないけど」


 直球の好意を浴びせられ、つい照れ臭くなってしまう。

 あり? この自称タイムリーパー、よく見たら結構可愛いいんじゃ──


「あ、今、私の事を可愛いと思いましたね! だったら、付き合いましょう! 大丈夫です! 天井のシミを数えている間に何もかも終わらせてあげますか……」


「さっさと未来にお帰りください」


 どうやら心労の所為で判断能力が狂い始めているらしい。

 一瞬でも自称未来人を可愛いと思った俺が馬鹿だった。


「タイムリープした日の事ですね。はい、その日ならバッチリ覚えています」


 埃一つ落ちていない階段を降りながら、俺達は昇降口に向かう。

 階段の踊り場は吹奏楽らしき先輩が練習に励んでいた。

 楽器の音を聞きながら、俺達は階段を下る。


「タイムリープした日の朝、私はいつものようにマイサンドバッグを殴っていました」


「どうして」


「美容のためです」


 そう言って、園崎はシャドーボクシングを披露する。

 キレッキレの動きだった。

 彼女を敵に回したら、キレッキレの拳が飛んで来るだろう。

 逃げられない理由が、また一つ増えてしまった。


「そして、いつも通り朝ご飯を食べた私は、私に大学全落ちという屈辱を味合わせた世界を恨みながら、いつも通り廃校直前まで追い込まれた高校に向かいました」


「え、この高校、将来的に廃校直前まで追い込まれるの?」


 過去に残るとか言い出しそうだったので、大学全落ちには敢えて触れなかった。


「はい。田中くんと武藤先輩の活躍のお陰で、我が母校の闇が完全に世に知れ渡りましたから」


「え、俺、そんな高校で三年間過ごさなきゃいけないの?」


「登校した私は朝のホームルームが始まるまで留年が確定した友達とお喋りをしていました」


「留年確定した人いるんだ」


「はい、私達の代は百人くらい留年しました」


「何があったら百人も留年する事態に陥るの?」


「ちなみに退学させられた生徒は五十人くらいです」


「君が口を開く度に不安が募るんだけど」


「で、朝のホームルームを終えた後、私達卒業生は卒業式の練習に参加しました。そして、卒業式の練習が終わった後、私は未来の貴方を伝説の木に呼び出しました」


「で、伝説の木……?」


「体育館裏にある大きい木の事です。何でもその木の下で愛の告白をすると、そのカップルは永遠の愛をゲットできるらしいです」


「へー、なんかどっかで聞いた事がある伝説だなー」

 

 ときめきでメモリアルしそうな伝説だった。


「で、未来の貴方に告白したら頭パーンってなって、伝説の木にゴーンってなりました。で、気がついたら、今に至るという訳です」


 告白の下りから一気に説明が曖昧になってしまった。

 多分、告白した以降の記憶が不明瞭なんだろう。

 もしかしたら、伝説の木とやらが関与しているかもしれない。

 そう思った俺は昇降口で外靴に履き替えると、園崎を連れて、体育館裏にある伝説の木とやらの下に向かった。


「これです、これが伝説の木です」


 体育館裏にある伝説の木は桜の木──ではなく、普通の木だった。

 緑の葉っぱが一杯で、幹もそこまで太くない普通のヤツ。

 とてもじゃないけど、伝説の木には見えなかった。


「あ、思い出しました! 確かこの木の幹に頭を打って、タイムリープしました!」


 伝説の木に辿り着いただけでタイムリープした原因が分かってしまった。

 なんだ、このスピード感。打ち切り直前の漫画以上のテンポだ。


「んじゃ、伝説の木に頭をゴーンってすれば、元の時代に戻れるって訳ですね!」


「あ、いや、もしかしたら未来じゃなくて、過去に行くかも……」


「ありがとうございます、過去の上杉くん! 貴方のお陰で、私は未来に帰る事ができそうです!」


「話聞けよ」


 俺の話なんて知ったこっちゃねぇみたいなテンションで園崎は湿っぽい雰囲気を醸し出す。

 おい、勝手に話を終わらせようとするな。まだ未来に帰れるかどうか分からないんだぞ。


「いや、俺の話を聞……」


「素敵な青春、送れるといいですね! アディオス!」


 最後まで俺の話に耳を傾ける事なく、園崎は伝説の木の幹に頭をぶつける。

 かなりの勢いでぶつかったのか、人体から聞こえたらいけない系の音が辺り一面に響き渡った。


「救急車ああああああ‼︎」


 木の幹に頭をぶつけた園崎は白目を剥くと、地面に倒れ込んでしまう。

 それを見た俺はすぐさま救急車を呼び出そうと、買ったばかりのスマホを取り出した。


(三)

 次の日の放課後。

 再び園崎から呼び出された俺は、昨日同様、空き教室に向かっていた。

 多分、未来に戻れなかっただろう。

 溜息を吐き出しながら、空き教室の中に入り込む。

 すると、先に空き教室の中にいた園崎と目が合った。


「やっぱ、未来に戻る事ができなか……」


「この地球人の身体は我々ヌチュパルム星人が乗っ取った」


 訳の分からない事をほざきながら、園崎は口からスライム状の何かを吐き出す。

 彼女の口から出たスライムには赤い眼球が埋め込まれていた。

 ギョロギョロ動く眼球を見て、このスライムみたいな何かがガチの宇宙人である事を理解する。


「返して欲しければ、我々に精液を分け与えろ。この星の生態に興味が、……って、おーい、何で拳を握っているー? 暴力か? 暴力でこの地球人の身体を取り戻そうとしているのかー?」


 ファイティングポーズを取った後、俺は宇宙人を渾身の力で殴り飛ばす。

 そして、理解した。

 田中の少年院行きが確定している事を。

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