第1話 眼醒め

【プロローグ】

  当時のこと……ですか、先生?

  僕は呉一郎くれいちろうですから、記憶を失っていて何も憶えていません。

  でも、大正15年の11月20日のことだけはよく憶えています。

  あの日の晩は、とっても月が綺麗だったから……。

  それに、推理すれば大抵のことは分かるので大丈夫です。

  先生のことも誰だかチャント分かっています。

  だから心配されなくてもいいですよ、博士。

  ……アハハハハ……。

                       ――患者・Iの問診記録より――




【登場人物紹介】

 I:『ドグラ・マグラ』を読了後に精神に異常をきたし、自分をドグラ・マグラの主人公「呉一郎くれいちろう」だと信じきっている平成生まれの患者。九州大学病院の精神科病棟第七号室に入院中の稀代の美少年で、ドグラ・マグラに関する数々の推理を語りだす本作の主人公

 W:『ドグラ・マグラ』を読了後に精神に異常をきたし、自分をドグラ・マグラの作中人物「若林鏡太郎わかばやしきょうたろう」だと思い込んでいる患者。主人公Iとは同部屋で、諸事万端ドグラ・マグラに結び付けた言動をする傾向の多い、マンガ好きの中年の入院患者





【第1話 眼醒め】


≲≲≲ 柱時計 ≳≳≳…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。


I:わたしは嬉しい。『ドグラ・マグラ』の由来を書いていい時機が来たから……。

W:……ムニャムニャ…… 左様さようですとも。……いよいよ、時節到来でいます!

 ムニャムニャムニャムニャムニャ…………ムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャ

 ……ん? ……オヤ?

I:ああ、お(1)になられましたか、教授……。何か譫言うわごとおっしゃっておられたようですが。

W:………………。

I:おはようございます、若林わかばやし教授。教授にまた、こちらの世界でお目にかかろうとは……。ここは、「嬉しいな」と申しておいた方がよろしいのでしょうね。

W:ハテ? わたくしは……いったい……。

I:どうです? この僕が誰だか、おわかりですか?

W: 貴方あなた様は……その面差おもざし、あの方と……目鼻立ちが生き写しでいらっしゃる、そのお姿は……。

I:アハハ……。

W:…………いな、……よもや貴方様は、正木まさき先生の学術実験「狂人の解放治療」で、最貴重なる研究材料として、御身おんみを提供しておられた……第七号室の、あの……?

I:そうです! 大正15年7月7日の昼日中ひるひなかに正木博士に解放治療場ちりょうじょうに連れてこられて以来、附属病院の「せいひがし・第一病棟」の七号室にずっと収容されていた「私」ですよ、ワタシ。「私」はあの精神病の治療場の中に少なくとも5ヶ月間……イヤ、僕の推理が正しければ、足掛け6ヶ月間は閉じ込められっぱなしだったはずですからね。

 でもまあ、そんな昔のことはともかく、この「私」のことを忘れずにいてくださって良かった。

皮肉抜きで、再びお目にかかれて嬉しいですよ!

W:あのう…… は……?

I:ここは、九大医学部が所管する精神科病棟の第七号室ですよ、教授。若林教授がお眼醒めとあれば、僕もせっかく筆を執とり始めたこの「書き物」を、しばし脇に退けておかねばなりませんかね……。

W:……九大医学部⁉ 何故なぜ、九州帝国大学の病室なんぞに、この私が……。

I:違いますよ、若林教授。「帝国」は余計です。九州帝国大学ではなく、九州大学の病(2)です、ここは。

W:……???

I:チョット信じられないかも知れませんが、かつての大日本帝国は今では「日本」という国号で呼ぶのが普通なのですよ。ですから、ここ九州の国立大学も「九州大学」というサッパリとした名称に改まっているのです。

 まあ、僕らが見知っていた大正時代からはズイブンと時間が経ちましたからねえ……。戸惑われるのも仕方ないのでしょうが……。

W:何やら、病院の建物の様子や病室内の機器、それに窓外そとの雰囲気なども私奴わたくしめが見知っておったものとは激変しておるのですが、今は大正何年で御座いますかな?

I:エエット……実は今は大正ではなく、令和という時代なのです。

W:れい…わぁ……? アァアアア 年号がァ‼ 年号が変わっている‼

I:教授に分かりやすく計算し直していうと、今は大正110年です。

W:まただ‼ また‼ 私がこんな所に閉じ込められている間に アァアアァ‼

I:ああ……どうやらイロイロ思い出してこられたようですね……ヨカッタ。僕らが見知っていた大正時代から、モウかれこれ95年の歳月が過ぎていますからね。そりゃあ、元号も、二回や三回は変わりますよ、教授。僕は若林教授より少しばかり早くこちらの世界で眼醒めたみたいなので、令和時代について多少はくわしくなりましたが、やはり一世紀近くも時代が過ぎたとなると、いろいろと変化していることも多いみたいですものね。チョットした浦島太郎サンですよ、僕たちは。

W:…………。

I:そんな中でも、ことに活動写真技術の進歩ぶりには、正直いって目をみはるものがあるのですよ、教授。

W:…………カツドウ? 活動……写真が、どうかしたのですか?

I:驚かないで下さいよ、若林教授。なんと、あの正木博士が「空前絶後くうぜんぜつご遺言書ゆいごんしょ」の中で予言しておられた「天然色、浮出し、発声映画」が、令和の世では既に実用化されているのです!

W:なんですと‼ 正木先生が……、


映写致しまする器械は、最近、九大、医学部に於お

きまして、眼科の田西たにし博士と、耳鼻科の金壺かなつぼ教授とが、正木博士と協力致しまして、医学研究上の目的に使用すべく製作されましたもので、実に精巧無比……目下もっか米国で研究中の発声映画なぞはトーキー及ばない……画面と実物とに寸分の相違もないところにお眼止めどめあらむん事を……


……などと、「トーキ(3)」と「遠く」を引っ掛けて、洒落しゃれっ気タップリにうそぶいておられた夢の映像技術がついに完成しておるのですか? それでは、その……れ、れい、わぁ、の世の人々は活動写真を白黒の銀幕ではなく、色付きのカラースクリーンで鑑賞して、台詞せりふも字幕を目で追うことなく、俳優の声を自分の鼓膜でじかに聴くことが出来るのですか?

I:ハイ、その通りです。夢のようでしょう⁉ さらに、電話も一家に一台どころか一人一台で衣嚢ポッケに忍ばせて歩くような、僕らからしたら、途轍とてつもない未来空間なのですよ、この令和の世は……。

 さらに、さらに、もう一つ驚いたことには、僕らの生きていた世界は、どうやら夢野久作ゆめのきゅうさくという名の小説家が書いた幻魔怪奇げんまかいき探偵たんてい小説『ドグラ・マグ(4)』として、一冊の本の中に封じられているようなのです。

W:幻魔怪奇探偵小説ですと……。あの「ドグラ・マグ(4)」が、ですか?

「ドグラ・マグラ」ならばあの当時、九州帝大精神病学教室の標本室に入院患者の手書き原稿が保管してありました。ですから、大正15年には私は読み終えておりましたが、貴方様は……あの当時はまともにお読みになっておられなかったはずでは?

I:確かにあの当時、僕は「ドグラ・マグラ」を通読してはいませんでしたが、コッチの世界で眼醒めた後に、改めて夢野久作の『ドグラ・マグラ』を全文読んでみたのです。こちらの世界では『ドグラ・マグラ』は、全国の図書館はもちろんのこと、普通に日本各地の書店の棚に並んでいて、僕らが生きたあの幻魔術的ドグラ・マグラな大正15年11月20日の丸一日の出来事が上下巻の探偵小説として、何やら卑猥ひわいなカバー絵付きの袖珍本しゅうちんぼんとなって、合計1276円のお手頃価格で売られておりました。ちなみに、大正当時の1276円は大金でしたが、今では石村萬盛(5)の塩豆大福9個分ぐらいの値段ですから、どうぞご安心を! この僕自身が主人公であるところの『ドグラ・マグラ』は、今や日本探偵小説の三大奇書呼ばわりで、どちらかといえば割と安価な袖珍本、あらため文庫本と相成っておりますから。

W:三大貴書、文庫本……ちょっとナンのことやら、私にはよく分かりませんな。

I:ですから、若林教授が読まれたドグラ・マグラはおっしゃるとおり、九州帝大で精神病の入院患者が書いた「ドグラ・マグラ」なのです。対して、僕がお手頃価格の文庫本で読んだドグラ・マグラは夢野久作が書いた小説『ドグラ・マグラ』で、その小説の中に精神病患者が書いたとされる「ドグラ・マグラ」が出てくるのです。つまり、夢野久作の『ドグラ・マグラ』という小説では、小説の中に同じ「ドグラ・マグラ」という標題タイトルの手書き原稿が登場してくるというになっているのです。

W:要は、同じ標題のドグラ・マグラでも作者が違うということですか?

I:ハイ。その通りです。

W:標題が同じということは、書かれている内容も同じなのですか?

I:僕は、九大の入院患者が書いていた方の「ドグラ・マグラ」をほとんど読んでいませんから、そこは何ともいえないのですが、そのあたりのことをこれから一緒に調べてみましょうか。……今から僕が教授をコッチの世界にご案内して差し上げますから、一緒に図書館にでも出かけてみませんか? そこで『ドグラ・マグラ』や夢野久作全集の中の主だった作品を読破してみようではありませんか。そのあとで、ついでに令和時代の社会見学も兼ねて、今、一番流行はやりの映画鑑賞とシャレ込んでみましょうよ!

W:流行の映画……で御座いますか? ロンチェニ(6)主演の『ノートルダムの傴僂せむしおとこ男』や『殴られる彼奴あいつ』、夢遊病患者チェザーレが主役の『カリガリ博士』などよりも人気がある活動写真なのでしょうか、その「天然色、浮出し、発声映画」は……。

I:もちろん! 只今、絶賛上映中の人気アニメ映画『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』は、きっと教授のご期待を裏切らない映画作品のはずですよ。本作品はその余りの人気ぶりから一種の社会現象となっていて、映画上映を記念して劇中に登場する蒸気機関車と同じ「無限」のヘッドマークを付けた「無限列車」仕立ての臨時列車〝SL鬼滅の刃〟が博多駅に到着した時には、鬼滅の扮装コスプレをした大勢のファンたちが出迎えたというくらいの大人気映画なのですからね。

W:博多駅のプラットホームに蒸気機関車が、ですか? 95年の歳月を経ておれば鉄道技術も少しは進歩しておるかと思ったのですが、博多はやはり、相も変わらぬ帝国辺境の街といった処ですか……。せめて九州の中心都市・熊本ならば、電気で走行する鉄道車両も夢ではなかったのかも知れませんが……。

I:もう、説明がイチイチ面倒なので……、鉄道や博多に関する若林教授の誤った認識はとりあえずはそのままでも結構です。今から街を出歩いてみれば、「百聞は一見にしかず」でしょうから。

W:それでは、これから天神町てんじんのちょうの図書館に立ち寄って夢野久作というもの書きの主な作品を読破して、その足で『鬼滅の刃』の映画鑑賞に「イザ、中洲なかすへ!」……ということなのですな。

 ああ、なにやらまぶたの裏に、あの華やかな東中洲の情景が浮かんで参りますなあ……。活動写真館なら世界館に電気館、喜楽館に友楽館で御座いましょうか? それとも川丈座かわじょうざにバッテン館……。いろいろと思い出して来ましたぞ、巨大な四角いビルディングの玉屋百貨店に九州劇場!

I:ああ、ご存知なかったのでしたね。中洲の映画館はもう、大洋映画劇場の他はあらかたつぶれて無くなりましたよ。代わりに、今では昔の出来町できまちにあった博多駅舎から南東に500メートルほど移転して開業した博多駅ビルの9階に新しい映画館がありますから、そちらで観てみましょうかね。

 では、教授。まずは図書館で夢野作品から制覇せいはしましょうか!

W:はあ……。まあ、行き先は何処どこでも構いませんが……。

I:それじゃあ、まずはコレを付けて下さいな。この令和の世界では、コレがないと図書館ひとつ入館できない世知辛せちがらい世の中となっているのですからね。

W:コレとは?

I:決まっているじゃないですか、マスクですよ、マスク! 令和の現在では、大正時代に流行はやったスペイン風邪のような新型コロナウイルスの感染爆発パンデミックの真っ最中でして、街に出かける際のエチケットとしてマスクは必需品なのですよ。もっとも、この疫病が蔓延まんえんする前から、スギ花粉の飛散やら大陸から風に乗って福岡の街に流れ込む黄砂や工場排煙の微粒子なんぞで元々マスクが手放せない博多っ子も多かったのですが……。

W:左様で御座いますか……。令和の未来都市も、存外ぞんがいに良い事ばかりではないのですなあ。

I:まあ、福岡は大陸に近いですからね。たぶんこれも、腐海ふかい(7)ほとりに生きる者の定めなのかも……。

W:……腐(8)? はて、クリミアにあったアゾフ海の入江かナニかの事で……。

I:イヤ、なんでもないです。さてと……ゴホン!

 なお、今日の若林教授のスケジュールは、あくまで夢野久作の主立った作品の読破が第一で、映画鑑賞はそのあとのお楽しみですから、どうぞその点は覚悟しておいてくださいね。それでは、今から例の九大医学部の正(9)を飛び出して、福岡県立図書館まで出発です!

W:わかりました。これから天神町てんじんのちょう駅の隣りにある、福岡県立図書館まで参るのですな?

I:またまた! 違いますよ~。天神町駅は今ではスッカリ建て替わって西鉄福岡天神駅になっていますし、その隣りにあった県立図書館なんて、早 良さわ ら脇山わきやま村と朝倉郡の地方事務所に分散疎開そかいさせていた約800点の貴重文書もんじょ以外は、アメリカ軍の空襲爆撃で松柏館しょうはくかん書店版『ドグラ・マグラ』の初版本も含む16万冊の蔵書もろとも焼け落ちてしまったのですから……。

 そういった訳で、県立図書館は元々あった天神町から、西新にしじん修猷館しゅうゆうかん校舎内の復興仮事務所を経て、東公園内に設けられた新館に移り、そこから、一回目の東京オリンピックの頃に須崎すさき公園内の福岡県文化会館図書部に一時移転して、その後、箱崎はこざきにあった九州造形短期大学の跡地に移転したのです。ですから今はこの九大病院とはご近所の、歩いてチョットの場所にあるんですよ!

W:貴方様が何を云われておるのか、私奴にはサッパリ訳が分からないのですが……。

I:そうかあ……そうでしたね。若林教授に分かりやすく説明するためには何ていえばいいか……。

そうだ、箱崎はこざき網屋町あみやちょうにあった斎藤寿八教さいとうじゅはち授のお宅なら憶えておられますか? ホラ、路面電車の工事中に狛犬こまいぬのような巨大な犬神いぬがみの頭骨が出土したのをまつったという、高麗犬こまいぬ地蔵じぞう(11)ある辺りですよ。そのスグ近くに県立図書館が移って来ているといったら、お分かりになりましょうか?

W:まあ……。それならば、何とか…………。

I:よ~し。では問題ないですねッ! 外出許可は僕がナースステーションで取りますから、それから新生・福岡県立図書館まで出発進行です‼


  ≲≲≲ 数時間後 ≳≳≳

I:……サテと、お次は映画館ですね。

 ときに教授、今しがたまで利用された令和時代の福岡県立図書館のご感想は如い

か が 何でしたか?

W:思っておったよりも古めかしい感じと申しますか……。でも、マア、それはイイでしょう。

 ところで……貴方様は私が夢野作品を読破しておる間にナニをなさっておいでだったのですか?ずうっと3階の郷土資料室にこもっておられたようですが……。

I:マア、ちょっとした調べ物ですよ。あそこには世界に二つと無い貴重なお宝が眠っていますからね……。病院の院長先生に紹介状を書いていただいておりますので、今日も資料室の書庫から引っ張り出してもらって拝見していたのです。

W:左様で御座いましたか……。

I:ところで如何いかがです、教授の方の首尾は? 精神病患者が書いた「ドグラ・マグラ」と、夢野久作が執筆した『ドグラ・マグラ』は、同じ内容でしたか?

W:その件につきましては、両者ともに大変な分量の物語ではありましたが、おそらく……。

I:……おそらく?

W:一言一句……マッタク同じでした!




注解

(1)めざめる(自下一)には「目覚める」「眼醒める」の表記があるが、本書では一日のうちで最初に目をさました場合は「眼醒め(る)」とし、同日中で二回目以降に目をさました場合には「目覚め(る)」として、両者の表記を区別する。


(2)現在の九州大学病院(通称、九大病院)は、戦前の九州帝国大学医学部附属医院の流れをくむ大学病院。時代が移り名称や建物こそ変わったものの、九州大学医学部ともども「伊都いとキャンパス」へ移転することなく、今も当時のままの場所で設置・運営がなされている。「病院キャンパス」内にそびえ立つ九大病院は、九大医系学生の実習の場ともなっている。


(3)発声映画は、映像と音声とを一致させて映写する映画。対義語は、サイレント(無声映画)。


(4)『 』(二重カギ括弧)で囲まれている前者は夢野久作著『ドグラ・マグラ』。「 」(一重カギ括弧)で囲まれた後者は『ドグラ・マグラ』の作中に出てくる「ドグラ・マグラ」。この作中作「ドグラ・マグラ」の筆者は九州帝大の首席合格者だったが入学式の5日前に発狂し、同大学精神病学教室の附属病院に入院していた患者。

 若林鏡きょうたろう太郎の説明によると、作中作「ドグラ・マグラ」の筋書きは、筆者の精神病患者が自分自身をモデルにして、正木敬之けいしと若林によって恐ろしい精神科学の実験を受けさせられる苦しみを詳細に描写したものであるという。なお、本書では両者をイチイチ区別せずに、カギ括弧無しで使っていることもある。


(5)福岡の老舗しにせ製菓店。1905年に博多・中なか対馬小路つましょうじの川上音二郎の生家を借りて創業。のちに近所の須崎すさき町に本店舗を移転する。どちらの店舗も夢野久作が幼少期に一時暮らした博多・鰯町いわしまちの借家からは歩いて数分の距離にある。

 石村萬盛堂は、店の前が博多祇園山笠〝追い山〟のゴール地点。また、ホワイトデー発祥の地、芸能界に入る前の小松政夫氏が働いていた製菓店としても知られる。


(6)ロンチェニーことロン・チェイニーは20世紀初頭の映画俳優。サイレント映画時代のハリウッドの名優で、「千の顔を持つ男」と評された。『ノートルダムの傴僂男』や『オペラの怪人』のファントム(怪人)ことエリック役などが当たり役で、当代きっての怪奇スターだった。


(7)宮崎駿のジブリ作品『風の谷のナウシカ』に登場する森。巨大化した菌類や蟲むしたちが生息し、大気は瘴しょうき気とよばれる猛毒に満ちている。その森の中では、防毒マスクがなければ人は5分で肺が腐り死に至るという恐怖の森。


(8)クリミア半島の付け根、アゾフ海西岸にあるアラバト砂州さすに囲まれた入り江の呼称。赤い色素をもつ海中微生物の影響で海水が幻想的な赤色に染まり、腐敗臭を放つことから「腐海」とも呼ばれる。風向き次第で現地の住民を悩ませるその悪臭は、「腐海の畔ほとりに生きる者の定め」とか。


(9)九州大学医学部と附属の大学病院で兼用されている正門のこと。『ドグラ・マグラ』の作中ではラスト近く(松柏館書店版702頁ページ)で、正午を知らせる大砲の空砲(ドン)の大音響のなか、主人公が大正時代のこの正門から飛び出して博多の街へと遁走とんそうするシーンがある。


(10)かつて千代の松原の小山には地蔵堂があった。路面電車を通す工事のために移設することになった。大正13年に発掘調査が行われると、地中から狛犬に似た巨大な頭骨が出土した。新しい地蔵堂にはこの頭骨を壺に入れて埋葬し、高僧が「魔除神・高麗犬地蔵」と命名し今日に至っている。

 夢野久作はこの実話をもとに「犬神博士」(福岡日日新聞、昭和6年9月~7年1月)の着想を得たともいわれている。作中では「幻術」や「幻魔術」、もしくは「魔法」といった言葉に〝ドグラ・マグラ〟とルビが振られており、幻ドグラ・マグラ魔術使いの少年チイが主人公として登場する。そのような経緯から〝ドグラ・マグラ発祥の地〟とも目されるこの祠は、現在進行中の九大箱崎キャンパス跡地の再開発にともなう道路拡張計画で存続が危ぶまれており、一部の地元の人々と久作ファンの間で保存が呼びかけられている。

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