リアリティのある赤ずきんちゃん

卜部ひびき

短編

A「リアリティのある話が読みたい」


B「は?」


A「リアリティのない話が多すぎるんだよ。美人の幼馴染とか、可愛い子が好きになってくれるとか。そんなんじゃない、なんかリアリティのある話書いてくれないか?」


B「よくわからんが……まぁ、いいよ。ゼロからはキツイから童話からとかでいいか? 赤ずきんちゃんなんてどうだ?」


A「いいね」


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 ある日お母さんは病気のおばあちゃんにケーキとワインを届けるため、短距離宅配業者に依頼しました。


 おしまい

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A「え?」


B「だって狼と普通に遭遇するところだろう? そんなところで初めてのお使いさせる親がいるかよ」


A「待って、そうじゃない!」


B「ったく」


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 ある日お母さんは病気のおばあちゃんにケーキとワインを届けるため、赤ずきんちゃんと手を繋いで一緒に行きました。


 おしまい


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A「おい」


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 赤ずきんちゃんは長い髪を隠し、男物の服を着て女の子と分からないように変装し、おばあちゃんの家に行きました。


 おしまい

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A「……おい……」


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 赤ずきんちゃんは家を出ると全力ダッシュし、一目散におばあちゃんの家に行きました。


 おしまい

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A「おい!」


B「なんだよ、うるさいな。言っておくが当時のケーキが今みたいに柔らかいと思うなよ、全力ダッシュしたって崩れたりしないよ」


A「そうじゃなくて! 道中! 狼との会話!」


B「何言ってんだよ、赤ずきんちゃんの最古はペローの童話と言われていて、これは十七世紀後半。でも、すでにある原話を元にしたと言われているからオリジナルはもっと古いはずだ。十一世紀のベルギーの詩が原型だ、なんて説もあるくらいだ。狼がヨーロッパの人里から駆逐されたのは十六世紀とも十七世紀とも言われているから、グリムの赤ずきんちゃんの時代背景は十六世紀前半くらいと想定できる、もっと古くてもおかしくないが。とにかく、その頃の村人の危機管理能力の高さ、舐めるなよ。今よりもっと死が間近にあったんだぞ。これくらいの自己防衛、子供でもするぞ」


A「話進めてよ!」


B「リアリティない話は嫌だって言ったのはお前だろうが」


A「リアリティ持たせつつ話進めて、頼む。次、狼は言葉をしゃべらない、とかそう言うのは無しね」


B「それ書こうと思ってたのに……」


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 おばあちゃんの家に着いた赤ずきんちゃんは、その血生臭い匂いに恐怖を抱き、一目散に家に逃げ帰りました。


 おしまい

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B「いや、そりゃ咀嚼するだろう。獲物を丸呑みするなんて、どこの新大陸のドスなんちゃらラスだよ」


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 おばあちゃんの家に着いた赤ずきんちゃんは、強い不安を抱き、一目散に家に逃げ帰りました。


 おしまい

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B「だってグリムの話でも『今日はとても不安な気持ちだ』って書いてあるんだよ。なんで逃げないんだよ、そっちの方がおかしいよ」


A「わかった! わかったから話進めて! 耳が……とか口が……とかのところで狼と気がついて逃げる、とかはいいから」


B「チッ、バレたか。しかたない」


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 猟師は狼を発見するとすぐさま射殺! 毛皮だけ剥いで死体は森の中に捨てました。


 お腹の中の二人には気がつくことなく

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B「普通撃つだろう。普通気がつかないだろう」


A「いや、お腹開けてたら二人助かったじゃん!」


B「助からないよ。散弾の威力なめるなよ。特に膨れ上がったお腹なんて弱点特攻だよ。当然二人の体にも散弾がっつり食い込んでいるよ」


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 猟師が狼のお腹をチョキチョキと裂いたら、その痛みで狼は目が覚め、苦しみもがいて、死にました。

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A「おい――!」


B「いや、麻酔も無しに切ったら、そりゃ死ぬだろう。それに狼の出番は後は石詰められて死ぬだけでしょ? もういいじゃん」


A「そうだけど、そうじゃないんだ! なんとかしてくれ!」


B「では、現代では違う目的の方が有名になっちゃったので年齢制限的に名前は出せないが、古来より薬草として知られていて現在も麻酔の原料として使われることもある植物を、痛み止めとして持っていたことにしよう」


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 麻酔鎮痛効果がある植物を用いた上で、狼のお腹をチョキチョキと裂いた猟師は、二人を助け出した。


 しかし低酸素により、二人とも既に死亡していた

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B「だってそうだろう?、寝ていびきかいて、お腹割いて、って結構時間経っているぞ? 狼の胃袋の中が完全な無酸素状態だ、とは言わないが、人間二人分の潤沢な酸素があると考えるのは、お前の言葉を借りるとリアリティがない」


A「コールドスリープとかだめか?」


B「胃袋の中がそんなに冷たいわけあるか。でも、グルコース代謝から脂肪代謝になっていたのは使えるな、赤ずきんの方は極めて迅速に救出されたおかげで影響なしとして、おばあちゃんの方は、ビタミンAを豊富に、しかしショック症状を起こすほどでもない食品を食べていたことにしよう」


A「というと?」


B「低体温症とかで脂肪代謝に切り替わると、酸素の消費量は3割程度まで落ちるが、神経系にダメージを与える毒素を出す。これをビタミンAは防げる」


A「低体温にはならないって言ってたじゃん」


B「過度な低糖質ダイエットをしていたことにしよう。おばあちゃんは病気じゃなくてダイエットのしすぎだったんだ。そして息子――赤ずきんちゃんの父親ね――が日本に出張してて帰りにホタルイカを買って……ホタルイカ買ったら日本酒も買うよな、でも日本酒は糖が含まれているからグルコースが合成できちゃう……よし、ロシア経由で帰ってきて、買い忘れた日本酒の代わりにウォッカ買ったことにしよう。あと、瓶詰を湯煎して食品を長期保存する方法を発明したのはアペールって人で、一八〇四年のことだが、密閉保存はもっと前から行われていたし、ガラスもあったので、そこは突っ込むなよ」


A「わかったよ」


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 目を覚ました狼は鎮痛効果が切れたことで、激痛に苦しみショック死した

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A「あー!! もうー! がぁー!」


B「どうした? どこぞの異星人がマグロ食ってる駄目な怪獣を倒されて悔しがっている時みたいに地団駄踏んで」


A「最後! 最後じゃん! 頼むからもう一息生き長らえてよ!」


B「狼、あとは死ぬだけだぞ、いいじゃん」


A「頼む! 最後まで頼む! 『石の重みでくず折れ、死んでしまいました』まで書いて!」


B「しょうがないな……」


 そして遂に完成したのがこちら。

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 むかしむかしあるところに、赤ずきんちゃんと呼ばれる可愛い小さな女の子がいました。


 ある日、おかあさんが赤ずきんちゃんにお使いを頼みました。


 「このケーキとワインをおばあちゃんのところへ持って行って。おばあちゃんは病気で弱っているの。これを食べると体にいいのよ。」


 当時のこの地域では砂糖は貴重品であった。速やかにエネルギーに変換できる糖分は体に良いものと認識されていた。

 そして実はおばあちゃんの体調不良は、実は過度な低糖質ダイエットのためであり、図らずも絶好の薬となるものであった。

 また、清潔で安全な飲料水も貴重であった。ワインはビールと同じく数少ない安全な飲み物と認識されていた。故に同じく体に良いものとされていた。


「本当は一人で行かせたくないのだけど、敢えて頼むわ。気をつけてね」


「うん、怖いけど果敢に挑むね」


 おばあちゃんは村から離れた森に住んでいて、赤ずきんちゃんが森に入ったとき、狼に会いました。


「こんにちは、赤ずきんちゃん」


 赤ずきんちゃんは狼に対する本能的な恐怖を押し殺し、挨拶を返しました。


「こんにちは、狼さん」


「どこへ行くのかな?」


「おばあちゃんのところよ。ケーキとワインを持っていくの」


「おばあちゃんはどこに住んでいるの?」


「森をこの先にビュッと行って、大きな木をクィと曲がった後をフワァっと行ったところよ」


 赤ずきんちゃんに何故か大阪のおばちゃんの心が一瞬宿りました。


 狼は、赤ずきんちゃんとおばあちゃんの双方を食べようと策を巡らしました。


「森の中は楽しいよ、寄り道するべきだよ」


 赤ずきんちゃんは、初めてのお使いでの緊張、狼への本能的な恐怖から軽度のパニックに陥っており、自己防衛本能が麻痺していました。


 自身の――そしておばあちゃんの――情報をペラペラ喋る、狼の甘言に乗る、と致命的な失態を重ねました。


 狼はその隙におばあちゃんの家へビュッと行き、赤ずきんちゃんを騙りました。


 通常であれば不審に思うおばあちゃんであったが、低血糖と二日酔いで朦朧としていたため、狼に解錠して入るように言ってしまいました。


 狼は家に入るやおばあちゃんを食べてしまい、クローゼットからおばあちゃんの服と帽子を引っ張り出して身に纏った後、ベッドに寝ました。


 その直後、赤ずきんちゃんはおばあちゃんの家に着きました。開けっ放しの扉に不審に思いながら入室すると、先程の狼との対面時と同じ強い本能的恐怖を感じましたが、勇気――もはや蛮勇と言える――を振り絞り、おばあちゃんと思われるベットの上の人に話しかけました。


「おばあちゃん、耳が大きいね」


「お前の声がよく聞こえるようにだよ」


「おばあちゃん、目が大きいね」


「お前がよく見えるようにだよ」


「おばあちゃん、大きな口ね」


「お前をよく食えるようにだよ」


 狼はそうしてベッドから飛び出ると赤ずきんちゃんを飲み込んでしまいました。


 狼は食べ終わるや否や、瞬く間にベッドに倒れ、布団をかぶり眠りこみ、とても大きないびきをかきました。

 実は狼は下戸であり、二日酔いの酒臭いおばあちゃんを食べたことと、室内に立ち込めるアルコール臭、この二つにより酔ってしまったのでした。


 狼が眠っていびきをかいたその瞬間、猟師がちょうど家の前を通り、おばあちゃんのいびきではないと不審に思い部屋に入り、ベッドを見ると狼が寝ているのを発見しました。


 猟師は実は狩って癒せるドクター・ハンターでした。その大きなお腹から、人間二人が飲み込まれていると推定して開腹手術を執り行うことにしました。


 最先端の医療器具・医療知識を持ち、開腹手術時の衛生管理も完璧にこなした上で、お腹を開き、赤ずきんちゃんとおばあちゃんを救出しました。


 おばあちゃんは低糖質ダイエットによる弊害のグルコース不足による脂肪代謝への変換と、昨日の酒の肴で食べたホタルイカのおかげで低酸素状態のダメージがありませんでした。

 赤ずきんちゃんは迅速な救助のおかげで問題なく無事でした。


 余談ですがテーブルの上にホタルイカの瓶詰めと並んで置かれたウォッカも消毒用に活用しました。


 狼のお腹に詰める石も煮沸洗浄し滅菌した上で詰め、丁寧な縫合をし、縫い跡には鎮痛効果のある塗り薬を塗布した上で、気付け薬で狼の目を覚まさせました。


 目が覚めた狼は腹部に違和感を覚えたものの、猟師がいる状況を認識するやすぐさま逃亡。しかし石の重みでくず折れ、死んでしまいました。


 最後に猟師はおばあちゃんに甘酒を与え、炭水化物もきちんと摂るように諭しました。


 すっかり体が良くなったおばあちゃん。今後用があるときはおばあちゃんの方から来るようになり、赤ずきんちゃんが危険なお使いに出かけることは無くなりました。


 おしまい


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B「これ、おもしろいか?」


A「……なんかごめん」


<リアリティのある赤ずきんちゃん 完>



==あとがき==


B「初めまして、作者Bです。長編書く前の練習で短編書いたら【肝心の長編がさっぱり進まず短編のネタばかり思いついてしまう病】に罹患しました」

A「友人ポジのAです。Bの作品を真っ先に読んで校正や推敲の手伝いするのが主な役目です」

B「どっちがボケで、どっちがツッコミか、はその時次第です」

A「今作は、題して【○○な童話シリーズ】としてシリーズにする構想です。次の候補は何だっけ?」

B「オオカミ少年と金太郎だね、最初は浦島太郎考えてたけど一旦保留で」

AB「「では、お読みいただきありがとうございました!」」

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リアリティのある赤ずきんちゃん 卜部ひびき @urabe_hibiki

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