第9話 聖女ではありません
「ありがとうございました」
いつも通りお客様をお見送りし、部屋を掃除する。いつも通り、いつも通り。なのにソワソワと落ち着かない。
今日、最後のお客様はノア様だ。
あれから、心を落ち着かせるハーブを嗅いだり、飲んだり、色々と試して、良くなったと思っていた。しかし、今日になってまた心が落ち着かない。一体私、どうしちゃったんだろう?
ふと、お客様の身なりを整えるための鏡に映った自分を見る。
ほんのり頬が赤い。
施術をするために髪は後ろで結わえている。
私は髪の毛をササッと直すと、頬をパン、と両手で挟んで気合いを入れた。
お客様に集中よ、ミリア!
受付に行くと、時間ぴったりにノア様がやって来た。
「いらっしゃいませ」
「聖女様……!」
挨拶をした私を見るなり、ノア様はその顔を綻ばせた。
うっ、眩しい……!
「先日、貴方に癒していただいた日、ぐっすりと眠ることが出来ました。皆からも顔色が良くなったと言われました」
その眩しい笑顔を向けながらも、ノア様は流れるように私の手を取り、両膝を付いて傅いた。
「ロマンダ様……!! おやめください!」
前回、片膝だけだったノア様が両膝を付いたので、私は慌てて立つように促す。
騎士が両膝を付くのは、神の前でのみ。母のように本当に聖女ならまだしも、私は何の力も無いただの小娘だ。
「いえ、聖女様……、貴方に出会えたことに感謝いたします。」
ノア様は私のお願いにも頑として動かず、膝を付いたまま続けた。
「どうか、私のことはノアとお呼びください……」
ダメだ。完全に思い込んでいる。
ノア様の心酔しきったような蕩ける笑顔が、私を突き刺す。
「おじいちゃんたち……」
助けを求めるように、おじいちゃんたちに顔をやれば、二人は半目のまま、じとりと固まっていた。
「おい、ノア、ミリアちゃんが困っているじゃろ」
「……! 大司教様!」
「……お前、わしたちのこと目に入ってなかったじゃろ……」
おじいちゃんたちが割って入ってくれたので、ノア様はようやく立ち上がってくれた。
「ノア、お前、随分聖女に感動しておるようだが、騎士団にはミミ様が頻繁に訪れていらっしゃるだろう」
「はい。聖女・ミミ様には騎士団がお世話になっておりますが、私はお会いしたことがございません、元神官長様」
「……嫌味な奴だな」
「どういうこと?」
神官長おじいちゃんの問に、ノア様がきっぱりと答えると、おじいちゃんはあからさまに顔を歪めた。
「ミミ様は騎士団の治癒のために赴かれる。ノアはそんなミミ様のお世話になるほどの怪我をしたことが無いということだ」
「なるほど……」
おじいちゃんの話を聞いて、流石若くして騎士団長に任命されるだけあると関心する。
「まさか、この国に影ながら人々を支えておられる聖女様がいらっしゃったなんて……」
「ええと……」
ノア様が再び熱い視線を私に向けたので、何と説明したものか困ってしまう。
「そうじゃろ、そうじゃろ、ミリアちゃんは偉いんじゃあ」
「ミリア様は頑張り屋さんですからね」
先程までノア様に冷たい態度だったおじいちゃんたちが、彼の言葉に便乗して私を褒めだした。
嬉しいけど、親の欲目がすぎる。
「若くしてご立派に努めを果たされているんですね」
「いや、あの……」
ノア様のキラキラした瞳が眩しい。
私は聖女ではない。
この仕事だって、沢山の人に力を借りて出来ている。だから、そんなふうに言ってもらえる資格は無いのだ。
「あの、ロマンダ様」
「どうか、ノアと……」
「ノア様」
私を崇拝する瞳が辛い。とにかく、誤解を解かなくては。
「私は聖女ではありません」
言った!
今度こそ、ノア様の瞳をしっかりと見つめ、言った。
ノア様は、そんな私を見て、驚いたように目を見開くと、すぐに口元を緩ませた。
「……奥ゆかしい方ですね」
「はあ?!」
ノア様の的はずれな返答に、思わず失礼な声を出してしまった。
「聖女様でありながら、影で人々を支えるだけじゃなく、その地位を誇示しないなんて……」
いやいや、本当に聖女ならこんな教会の隅に引っ込んでないで、外に出るべきでしょうよ。
心の中でノア様にツッコミながらも、私はおじいちゃんたちに視線をやる。
おじいちゃんたちは、やれやれ、と口を開いた。
「ノアよ、ミリアちゃんが言っていることは本当じゃ。聖女のように可愛いが、聖女ではないのだ」
「え……」
何か余計な一言が入ったけど、大司教おじいちゃんの言葉で、ノア様の表情が固まる。ようやく理解してくれたかしら?
信じられない、といった表情のノア様に、神官長おじいちゃんが続ける。
「ミリア様は魔力無しと判定されておる。……努力家なミリア様に、神はいないのか!」
元神官長が、それ言っちゃう?
おじいちゃん二人、私への贔屓が凄い。
でも、二人のおかげで、私はここにいる。だから、今更、魔力が無い、なんてことで悲しんだりはしない。
おじいちゃん二人の話を聞いたノア様の瞳が揺れていた。
「しかし、でも……」
そんなノア様に私はにっこりと微笑む。
「ノア様が受けたのは、聖女の力でも治癒でもありません。私はリラクゼーションを提供する、セラピストです」
「リラ? セラピスト?」
聞き慣れない言葉にノア様が首を傾げる。私はにっこり微笑んだまま続けた。
「聖女ではありませんが、私はこの仕事に誇りを持っています。こんなただの小娘ですが、それでもよろしければ、施術を受けていかれますか?」
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