第7話 騎士様を眠らせた女
うつ伏せの施術を終えた私は、ノア様を今度は仰向けにさせた。
ノア様の頭の所に椅子を持ってきて、座り、頭を揉みほぐし始めた。
わ、固い。
ゆっくりと指で頭を押し、ゆっくりと離す。リズムよく固い頭を揉みほぐしていくと、ノア様から気配が消えた。
あれ、寝てる……?
警戒心バリバリだったノア様が?!
私はまるで野良猫を手懐けたような、そんな感覚で思わず嬉しくなってしまう。
ノア様を起こさないように、私も気配を消しつつ、スッキリしてもらえるように、と願いを込めながら、ゆったりとノア様の頭を揉みほぐしていく。
最後に、覚醒を促すように、頭を連続チョップでトトトトト、と叩き解す。
「お疲れ様でした」
全ての施術を終えた私は、ノア様の顔にかけたタオルをゆっくりと取り払う。
「……」
「……」
ノア様は覚醒しつつも、まだぼんやりとした様子で。
無言が続いた、のち。
「……!」
ガバッ、と身体を起こした。
「ああ、急に起きないでください、ゆっくり」
「…………」
急に身体を起こしたノア様に声をかけると、彼は信じられない、といった表情をしていた。
どうしたんだろう?と思いつつも、私はノア様に支度を促した。
「ありがとうございました、支度が整いましたら受付へご案内いたします」
「……ああ」
サッとベッドから起き上がると、ノア様は素早く身なりを整えて、剣を腰に戻した。
上着を広げると、「いや、いい」と言って断られてしまった。
上着を腕にかけたノア様を受付まで案内すると、おじいちゃんたちが待ち構えていた。
「ノア、どうじゃった? ミリアちゃんは最高じゃろう?」
何かいかがわしい話に聞こえるのは気のせいだろう、と思いつつ、大司教のおじいちゃんの質問にどう答えるのか、私はノア様の答えをワクワクして待った。
「視界が……明るい……です」
「もっと無いんか!」
ノア様のポツリと溢した言葉に、おじいちゃんは突っ込んだけども、口数少ない彼にとったら、賛辞なんだと思う。
嬉しくなった私はノア様に笑顔で言った。
「頭を使いすぎて、目にもきていたようです。ぐっすりお休みになられていたようですし、スッキリされて良かったです!」
「……!!」
私の言葉にノア様が固まり、おじいちゃん二人が一斉にこちらを向いた。
私、何か悪いこと言ったかしら……?
「そうか、眠ったのか、騎士であるお前が」
ニヤニヤしながら話すおじいちゃんに、ノア様は顔を赤らめて、俯いてしまった。
首を傾げる私に、おじいちゃんが説明をする。
「騎士とは、中々人に気を許さないものじゃ。それを初対面のミリアちゃんが眠りに落とすとは、流石じゃのう」
「あ……」
おじいちゃんの説明に、ノア様の顔が赤い理由を知る。
「そうですか、騎士様にとっては屈辱でしたでしょうか?私にとってはお客様にリラックスしてもらえることは栄誉なことですが……」
ちょっと申し訳なくなって、ノア様にそう言えば、彼は首を横に振った。
「いや、カーディシアス元団長の仰る通り、確かな「
「ん?」
ノア様が至って真面目にこちらを見て言った。
何か勘違いしてる?おじさまったら、どんな説明したのかしら?
確かに、この世界に『リラクゼーション』の概念は無い。ご令嬢が受ける『マッサージ』に近いけど、また違うもの。説明が難しいのは確かで。
私も昔、母のこの技術を聖女の力だと誤解していた。
何か誤解しているノア様を、受付前の椅子に促し、施術後のハーブティーを差し出す。
「これは……?」
「施術の後は水分を取ると良いので」
そう説明すると、彼はハーブティーのカップに口を付ける。
「身体に染み渡る……温まり、癒やされるようだ……。そうか、ポーションか」
「ただのハーブティーです」
至って真面目にノア様がボケをかますので、私はついツッコんでしまった。
「それで? ノア、お前はまたここに来るのか?」
「と、言いますと?」
ボケツッコミをしていた私たちに、大司教のおじいちゃんが会話に割って入る。
「ここは紹介制、予約制の隠れ家サロンじゃ。通う気があるのなら予約していけい」
「なるほど」
「わしたちはお前なんかどうでも良いが、ミリアちゃんの温情で入れてやっているのじゃぞ!」
「ちょ、ちょっと、おじいちゃん……」
お客様に対して不遜な態度のおじいちゃんたちに、慌てて私は止めに入る。
しかし、そのやり取りを見たノア様は、増々何か勘違いされたようで。
私の前に跪くと、手を取り、エメラルドグリーンの目を真っ直ぐに向けて言った。
「聖女様、私なんかを癒やしてくださり、ありがとうございました。もし許されるならば、またここに来ても良いでしょうか?」
ここに来て、一度も動かさなかったその表情を、ふわりと緩め、私を真っ直ぐに見たノア様に、私の心臓が大きく跳ねた。
わ、笑った。
聖女に傅く騎士様のように、優雅に私の手を取ったノア様に思わず見惚れてしまった私は、「聖女じゃありません!」といつもなら突っ込むのを忘れて、つい返事をしてしまった。
「はい、お待ちしております」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます