短淡
あうん
第1話 過呼吸
3円のビニール袋をよく買います。
大きいものは5円なのですが、私が買うのは3円の一回り小さいものです。
それを三角形に折り畳んで、鞄の内ポケットにそっとしまっておくのです。
私が小さい頃はもう少し季節がしっかりとしていたものですから、そうであれば心構えの様なものも出来たのだろうと思うのですが。
今は急に天気が崩れる事も多いので、念の為。
思えば、とても繊細な子だったのです。
寒い日に吐く白い息を不安そうに見つめる様な、そんな子でした。
だから私はいつも隣に居ようと決めました。
交際を始めてすぐの頃はそんな事もなかったのですが、半年もすると彼女は過呼吸を発症してしまいます。
私としましては、なるべくの事そうはならない様に食事の場所や話題、果ては服装に関してまで出来るだけ彼女を動揺させまいと細心の注意を払いました。
しかし発症の頻度は私の苦労を裏腹に増すばかりで。
と言うのも、気候が安定しなかったのです。
私がいくらひと気のないレストランを選んでも、興奮させない様に無難な話をしても、彼女の好きな青色の服以外を捨てても、結局は天候や気圧が安定しなければ彼女は過呼吸になってしまいました。
そうなりますと、デートと言えば私の家か彼女の家で何のメリハリや抑揚も無い映画を観て、只々じっとしている他無かったのです。
優しい子ですから、私に迷惑がかかっていると思ったのでしょう。
次第に連絡が付きにくくなり、いつしかあまり会わなくなりました。
月並みに言えば、自然消滅と言うのでしょうが私達のそれはそう表すには余りにも優しさに溢れていませんか。
最近、私もよく過呼吸になります。
以前私があの子にそうした様に、なるべくひと気のない所に居ますし、感情を抑えています。
黒い服以外は全て捨てましたが、いかんせん気候が安定しないのです。
いくら感情の起伏を抑えても、気候が安定しませんので、なるべく家でじっとしています。
そうしている内に気付いたのですが、白いビニールを口元に当てて呼吸を整えますと、私も酷く寄り目になっていました。
ですから、私は過呼吸になると鏡の前に立ちましてその可笑しな顔を見て一頻り笑います。
懐かしいのです、あの子もそんな顔をしていましたから、それを見てよく笑ったものです。
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