第167話 バレンタインデー狂騒曲(11)

「はぁ~~~~~~~~~~~……」


 私は重たいため息を一気に吐き出した。

 目の前にはそれを目を点にしつつ見つめている麻友がいる。

 昼休みの食堂のテラス。

 ここが最近の私たちのたまり場のような感じになっている。

 本来であれば、優一さんと一緒に屋上でイチャイチャしながらのお弁当デートと洒落込みたいところなのだが、バレンタインデーが近づいてきて、私と優一さんの噂が駆け巡ってしまい、そういった短絡的な行動は慎もうと私が提案したのだ。

 ああ、本来であれば、お昼休みの優一さんのフェロモン吸収は午後の授業に入るにあたってとても重要だというのに……。


「なんか、最近、いつもこんな感じだよね」

「私だってここでこんな風に昼食を食べるのはどうかと思うわ……」

「うーん。付き合ってあげてるあたしにももう少し気づかいのある言葉が欲しいなぁ……」

「え、あ、ゴメン……」

「ぬおっ!? 千尋が素直に……。これは結構重症ってやつ?」

「ねえ? 冗談言えるほど、気持ちに余裕がないんだけど……」

「あはは……、もしかして、まだ朝のことを引きずっているのね?」

「そりゃ……まあ、ねぇ……」


 始業前までの教室は本当にカオスだった。

 何せ、ナアムが余計な一言を言ったおかげで、クラスメイト……って主に男子の雰囲気は一気に最悪なものになった。

 突如現れた爆乳美少女が優一さんの腕に抱き着きながらの「バレンタインデーチョコを渡した宣言」! それだけではない。他の人にはないってことは、優一さんへのチョコレートが本命ですって物語っているようなものだ。

 そりゃ周囲から優一さんに対して嫉妬というなの怒りの矛先が向いてしまう。

 私はそれを避けるために、こうやってわざわざ、学校内では優一さんと距離を取ってきたというのに……。

 それに優一さん絡みで私が冷静に判断できていなかったという反省点がある。

 だから、その時に余計なことを言ってしまった。

「ちょっと、あんた、何言ってんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?!?!?」

 という一言は、何を自己紹介で変なことを言っているの! と怒ったという風に理解してもらえなくもない。

 しかし、私は普段が温厚な女子として知られていることから、こうやって声を荒げたことそのものが学校内ではない。だから、クラスメイトは逆に反応した。そして、噂が前提に遭ったことがそれをまずい方向に加速させた。

 私の反応は優一さんに対する行為なのではないか、と。

 二人はすでに付き合っていて、略奪されることに嫌悪感を覚えた私が怒りを面に出したのではないか、と。

 そのあと、私はナアムを窘めるようにしつつ、騒ぎを鎮静化させようとした、が、私と優一さんへのマークがさらに厳しくなったのは言うまでもない。


「もう、いっそのこと言っちゃったらいいんじゃないの?」

「いや、まあ、そうなのかもしれないけれど……。さすがに今のタイミングは最悪じゃない?」

「うーん。そうね。間違いなく、優一の血の雨が降るでしょうね」

「————そんなっ!?!?!?」

「でも、そもそもひた隠すことは難しいってことは分かっていたんでしょ?」

「まあ、そうなんだけどね……」

「とはいえ、こうなっちまったら、学校内ではナアムが独占するって感じに何のかな?」

「そんなの……許せない……」

「ひっ!? お前、本当に優一のことになったら、ヤンデレ最凶女になれんのな」

「え!? あ、ゴメン……。また、出てた?」

「ああ、出てたよ。ところで、今日、アイツに渡す用意してあるの?」

「え? ああ、バレンタインね。もちろん、用意してあるわよ。お母様に手伝ってもらったから、会心の出来なんだから!」

「へぇ~。それにしても、あれ以来、千代さんと仲いいんだな」

「いや、別に最初から仲が悪かったわけじゃないのよ。何かと自分と似てるから、避けてただけ」

「そりゃまあ、母娘おやこなんだからな」

「あ、そうそう! 一応、麻友にもお裾分けは作ってあるから、はい」


 私は弁当の入れてあった巾着袋から、小分けにしたチョココーティングされたドライフルーツのはいった子袋を渡す。


「おっ! サンキュ~! へぇ~、こうやって見ると、お手軽だけど、きちんとされてる感があるねぇ」

「何だか、失礼な意味でもとらえられるけれど、まあ、それなりには、ね」


 そう言っている目の前で、麻友は袋から取り出して、ひとつを口に放り込む。


「うーん! チョコのビターさとドライフルーツの甘酸っぱさが合ってる!」

「でしょ? 本当に自分で作っていて試食したときには驚いたわ」

「試食したんだ」

「そりゃ、さすがに食べてもらうものだから、ちゃんと味見はしてみたわよ」

「あ、そうなんだ。でも、よくこのドライフルーツ、手に入ったわね」

「え? お母様が持っていて、余ってるから使う? って催促されただけだから、あんまりよく分かってないんだけど。これ、人気なの?」

「え? あ、知らないんだ……。これ、人気だよ……」

「そうなんだ! じゃあ、優くんも喜んでくれるかしら!」

「まあ、すっごくアンタも喜ぶと思うよ」

「そんなに!? あ~、今から渡すのが楽しみだよ!」

「う、うん。あ、でも、こういうチョコレートって食べ過ぎはまずいから、一日ひとつって制限をちゃんと優一にも言っておいてね」

「うん! そうする! チョコレートって食べ過ぎも良くないんだねぇ~」


 私はそういうと、同時にちょうど食べ終えた弁当箱の片づけをした。

 あー、昼休みはこうやって何気ない話をするとリラックスできるなぁ……。

 でも、その横に優一さんがいないのが、本当に悲しいんだけど……。

 早く放課後になって欲しい—————!

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