スターダスト☆チルドレン
石田空
スターダストフェスティバル
『スターダストフェスティバール!!』
田舎町には、基本的に娯楽はなにもない。
テレビはふたつしかない。ネットは回線が不安定だ。本屋も映画館も遠く、最新流行りのゲームだってよく知らない。
だから畑仕事の合間を縫って聞くラジオだけが、リゲルの楽しみだった。
最近よく聞くラジオの内容は、もっぱら『スターダストフェスティバル』のものだった。
『年に一度の、アイドルの、アイドルによるアイドルのための祭典!! ここで優勝すれば、栄冠が与えられます!』
アナウンサーのノリノリの説明のあと、歌が流れてくる。
はじめてそれを聞いたとき、リゲルは衝撃が走った。
場末のカラオケ喫茶で流れてくる、かなり古めのポップスではない。演歌でもクラシックでもないアップテンポな曲調に、彼は魅せられた。
「すっごいね! 歌が一番上手い人が優勝するんだ!」
「スターダストフェスティバルって、そういうんじゃないよ?」
リゲルの勘違いを訂正してくれたのは、カラオケ喫茶のママであった。
娯楽のないこの町では、自転車で一時間かけて大きなショッピングモールに行くか、大人と混ざってひと昔前の曲しか入っていないカラオケをカラオケ喫茶で嗜むかくらいしか、楽しみがなかった。
「言ってただろ。アイドルのアイドルによるアイドルのための祭典だってさあ」
「そういえばそう言ってたかも」
ママが古い雑誌を引っ張り出してきてくれた。雑誌はこの町では貴重だ。町の皆で回し読みするため、一度手放したら次はいつ同じ雑誌を読めるかわかりゃしない。
少し表紙が取れかけている雑誌には、うん年前のスターダストフェスティバルの様子が載っていた。
この町ではまず見ないような、つるんつるんしたサテン生地の派手な衣装を纏った少年たちが、スポットライトを浴びて笑顔で歌っている。
「うわあ……これが、アイドル?」
「顔よし歌よしダンスよし……なかなか難しいもんだけどね。でもリゲルだったら……」
リゲルはふわふわとした髪。一日中畑仕事をしていても、日焼けもそばかすも浮かない艶のいい肌。声はなかなかの美声だし、ダンスはやったことがないが運動神経はある。
それにリゲルはにっこりと笑った。
「ありがとうおばちゃん! オレ、スターダストフェスティバルに参加してみたいなあ……どうやったら行けるんだろう?」
「ここだとちょっと難しいから、ショッピングモールで調べてみたらどうだい?」
「じゃあ、今度の休みに行ってみるよ!」
都会であったら、すぐになんでもネットで検索できるのだが、そもそもここだと図書館すらないのだから、調べ物となったらショッピングモール内にあるインターネットカフェに行くしかない。
リゲルは胸を膨らませて、ショッピングモールに行く日を待ったのだった。
****
自転車で一時間。この辺り唯一のショッピングモールは、自転車置き場は大混雑だ。リゲルは隙間を見つけてどうにか自転車を置くと、「インターネットカフェってどっちだっけ」とモール内地図で確認しはじめた。
そのとき、今日はやけに女性客が多いことに気付く。
この辺りは休みの日になれば、ここに来るか、家で寝ているくらいしか休みの日を潰せない。だから、男女比はほぼ均等だから、偏ることはないのだが。
しかし今日は、どういう訳かこの辺りのショッピングモールで売っている、どことなくダサいデザインの服装ではなく、垢抜けた服装の女性客ばかりが目につく。こんな田舎町のショッピングモールにまで、どうして都会の人が来るんだろう。
リゲルは不思議がっていたときだった。
「今年のスターライトフェスティバル、ベテプロも来るんでしょう!?」
「たーのーしーみー!!」
やたらとテンションが高い。
「うちの学校の女子とは大違いだなあ」
毎日「こんな町絶対に出ていってやる!」と机にしがみついている女子ばかり目にしていたため、こうして趣味に熱を入れている女子を見るのは、リゲルにとっては珍しかった。
そんな中。女性客たちが一斉に歓声を上げた。
よくよく見ると、ショッピングモールの中央には祭壇がつくられていた。
普段、誰かのコンサートをする際は、もっとフォークソングとかの歌手が来て、年寄りばかりがそれに合わせて手を叩いているというのに。こんなにたくさんの女性客を集めるのはどんな人たちなんだろう。
そう思ってリゲルは二階からその様子を覗き見ていたら。
颯爽と風を切って登場した少年たちに、目を奪われた。
ママが見せてくれた数年前の雑誌のように、つるんつるんのサテンの服を着て、輝く笑顔を浮かべている少年たち。肌つやも髪型も、なによりも造形も。この町で暮らしている人々の何倍も上に見える少年たちは、皆に手を振っている。
「みんなー! 来週からはじまるスターダストフェスティバル、楽しみにしてくれているかなー!?」
途端の鼓膜が破れんばかりの歓声が上がる。リゲルは思わず耳の穴に指を突っ込んだ。
「ありがとう! 僕たちも皆が応援してくれるのを楽しみに待っているよ!」
「僕たちは来年も君たちに会うために頑張るから、どうか僕たちに票を入れて欲しいんだ!」
「君たちのために、新曲を捧げます!!」
歓声は途中で途切れ、歌がはじまった。
カラオケ喫茶ではまず聞かないような、甘い歌声。流れる歌は、夢に向かって真っ直ぐ突き進むような、この辺りだとまず聞かない歌詞は、リゲルの耳によく馴染んだ。
汗すら光の玉に変えて歌い出すアイドルに、彼は目を奪われていた。
「すごい……これがアイドルなんだ……」
しかも、来週にアイドルのアイドルによるアイドルのための祭典スターダストフェスティバルがはじまると言っていた。
それにリゲルは心も沸き立つ。
「……出てみたい。この歓声も、この声援も、この熱気も。胸いっぱいに浴びてみたい」
女子がうちわを振りながら応援しているのを見ながら、リゲルはじわじわと胸に沸き立つものを感じていた。
リゲルにとって、この町で育ち、この町の学校を卒業して、そのままこの町で一生を終えるんだろうと思っていたけれど、この瞬間にその予定は覆った。
都会に出て、スターダストフェスティバルに出て、アイドルになる。
それくらいの熱気が、輝きが、歓声が、この場には存在していた。いつも萎びた田舎町の、見飽きたショッピングモールが、途端に光り輝いて見えるような、星の輝き。
もしもリゲルの親が生きていたら、全力で「なに言ってんだ馬鹿、やめろ」と言っていただろうが、残念ながら止める人間はいなかった。
だから彼が荷物をまとめて、都会に意気揚々と出て行ったときには、なにもかも手遅れだったのである。
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