レンタルな男

クロノヒョウ

第1話



 私が彼、牧野くんを知ったのは二ヶ月ほど前だった。


 大学のカフェでレポートを書いている時に声をかけられた。


「アカリちゃん、だよね」


「えっ」


 顔を上げると爽やかなイケメンが笑顔で私を見ていた。


「はい……」


「俺は牧野って言うんだ。ここ座っていい?」


「あ、うん」


 私が少し警戒していると牧野くんは慌てて話し出した。


「ごめんねいきなり。アカリちゃん駅前の居酒屋でバイトしてたでしょ? アカリって書いたおっきな名札付けて。たまにそこで見かけてたんだ。この大学だとは知ってたんだけど、まさか会えるとは思わなくてさ。つい声かけちゃった。ごめんね驚かせて」


 私は申し訳なさそうに話す牧野くんが可愛く見えてきて思わず吹き出した。


「アハハ……そうだったんだ。びっくりしたけど大丈夫」


「あは、よかった」


 それから私と牧野くんは意気投合して、連絡先も交換し毎日会うようになった。


 知り合って間もないけれど、顔が好みだった牧野くんを私はすぐに好きになっていた。


 だから牧野くんから「付き合おう」と言われた時は喜んで返事をした。


 ちょっとだけ抱いていた違和感は胸の奥にしまい込んで……。



 というのも牧野くんは自分のことをあまり話したがらなかった。


 家族のこと地元のこと、過去のことを聞いても何も答えてはくれなかった。


 いつも笑って「今度ね」とはぐらかされていた。


 しびれを切らした私は当然彼に問いただした。


「ねえ牧野くん。牧野くんが何を隠しているのか過去に何があったのかわかんないけど、私はもっと牧野くんのことが知りたいの。牧野くんのことが好きだしこれからもずっと一緒にいたいから」


 すると牧野くんは少し寂しそうな顔をしながら言った。


「……わかったよ。アカリがそう言うのなら仕方ない。今から俺の家にきて」


 そして私は不安になりながらも牧野くんの住むアパートへとついていった。


「どうぞ、狭いけど」


 牧野くんは普通に私を自分の部屋に迎え入れてくれた。


「おじゃまします……」


 何か秘密でもあるのかとドキドキしながら部屋を見た。


 もしかしたら結婚でもしているのか。


 それとも部屋には人に見せられないような物でもあるのか。


 私の心配とはよそに、そこはごくごく普通の1DKの一人暮らしの部屋だった。


「適当に座って」


「うん」


 私は言われるがままリビングのソファーに座った。


 黒で統一されたシンプルな部屋だった。


「なんか落ち着く部屋だね」


 私はキッチンでお湯を沸かしている牧野くんに声をかけた。


「ん? そう? これ全部レンタルだけどね」


「レンタル?」


「そう。そのソファーもテーブルも家具は全部レンタル」


「へえ、そうなんだ」


 牧野くんはカップにコーヒーを注いでいる。


「全部って、まさかこのテレビもじゃないよね」


「テレビもレンタルだよ。冷蔵庫も電子レンジも」


「ええっ、今どきのレンタルってスゴいんだね」


「はは、そうかな」


 笑いながら牧野くんはコーヒーを持ってきて私の隣に座った。


「どうぞ」


「あ、ありがとう」


 私は頂きますと言ってコーヒーに口をつけた。


 ひと息つくと牧野くんは思い詰めたような顔で一度奥の部屋に行ってから戻ってきた。


「これ、アルバム」


 牧野くんはそう言って私に卒業アルバムを渡した。


「見て……いいの?」


「アカリが知りたいのなら」


 私は一瞬考えた。


 でもやっぱりここまで来たんだからと自分に言いきかせてそっとアルバムを開いた。


「ハァ……やっぱりそうだよな……」


「えっ?」


 最初のページをめくるとすぐに牧野くんがため息をついた。


「やっぱり人間って欲深いって言うか、何でも知りたがるよな」


「な、なに?」


 牧野くんの声はいつもと違っていた。


 低くて静かな声。


「……牧野くん?」


 牧野くんを見ると今までに見たこともないような無表情だった。


 なんだかゾッとした。


「気にしないで見てていいよ。それもレンタルだから」


「は?」


 その無表情の顔は私の知っている牧野くんではなかった。


「牧野くん、さっきからレンタルレンタルって……」


 まるで別人だ。


 その言葉が妙に当てはまる。


 そう思っていると私の手からスルッとアルバムが床に落ちた。


 手の感覚が失くなっていた。


「せっかくアカリとは楽しく幸せに過ごせると思ってたのにな」


 だんだんと体から力が抜けていくのを感じていた。


「教えてやろうか。この体も名前もみぃんなレンタル。俺らはずっと人間をレンタルして生きてんの」


 もう声を出すこともできなかった。


 恐怖の中、牧野くんが立ち上がるのがかすかに見えた。


「レンタル人間社との契約なんだ。『バレてはいけない。もしもの場合は全ての証拠を隠滅する』ってね」


 がさごそと音がする。


「地球で生きるにはエイリアンも大変なんだよ。また次の人間をレンタルしなきゃ」


 ぶつぶつと話しながら見たことのない物体が部屋を出て行くのが見えた。


 必死にまぶたに力を入れた。


 薄れる意識の中で私が最後に見た物は、床に脱ぎ捨てられた牧野くんの体だった。




          完




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レンタルな男 クロノヒョウ @kurono-hyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ