第107話 アリサはやっぱり天使です!マジです!

ヒル視点


「俺に近づくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


自分の周囲に風と砂塵のかまいたちを、空には空高く身体を吹き飛ばす風域を発生させた。


「出鱈目な魔力ね。風域に突っ込めば空高く打ち上げられて地面に激突でぐしゃり。かまいたちに巻き込まれれば全身が引き裂かれる。でもそんな高出力の魔法いつまでも維持できないでしょ」


女は俺に向かってくるのをやめた。

俺の魔力切れを待つつもりだ。そうはさせるかよ!!


「サイクロン!!!」


お前の周りに小型の竜巻を避け切れないほど生成してやったぜ!

竜巻は勝手に動き回るから俺の近くには発生させられないが、女を追い詰める効果は十分ある。


「……」


巻き込まれたら即死だぜ!

体ズタズタの上吹き飛ばされる。一番最悪だぜ!

さぁどうする?


憎らしい事に女は一瞬で最適解を導き出してきた。


一番殺傷能力が低いかまいたちに女は走って突っ込む。


だがそれは不正解だ!

お前はもう詰んでんだよ!!


俺のかまいたちは他の雑魚の魔法と威力が違う。

出血多量でぶっ倒れちまえ!!


女が体をズタズタに引き裂かれていく心地良い音がした。


「やったぜ、血みどろだぁ!!!!」


女はなんとかかまいたちを抜けたようだったが、想像通り血だらけでふらふらだ。


「ヘッヘッヘ。俺の勝ちだ!もうすぐ足の氷も溶ける!」


女はそのまま俺の所までふらつきながら歩いてくる。

痛みと出血で、もう歩く気力も無いだろ。


それなのにまだ立ってるんだから大したもんだよ、へへっ。


そう思っていたのだが、女は俺の眼前でピタリと足を止め顔を上げる。


「生捕にするんだから……頑張って死なないでね」


「へっ?」


女の意外な言葉に、俺は素っ頓狂な声をあげてしまうが、すぐに女の言った意味が分かった。


女は俺の頬を力一杯殴りつけたのだ。


「ふっ、ふげっ!!」


氷から足が剥がれて思いっきり吹き飛ぶ。

な、なんだあの威力!


女が持っていた杖を一振りするとまた傷が一瞬で治る。

あんなにボロボロにしてやったのに!ちきしょー!!!


「どんな怪力だよ!しかも回復もやっぱりすげぇ!」


俺がしゃべったのを聞いて女は舌打ちする。


「生捕とか言ってらんないかも。あれ食らって元気なのね。ごめんなさいお兄様」


そう言ってまた俺にゆらりゆらりと近寄る女。

も、もう殴られたくない!


「く、来るな!ウインドカッター!!」


俺は三本の風の刃を飛ばす。


しかし女はサラリとかわす。

そうだろうよ!それが避けられるのは分かってるんだよ!


カッターの後ろに、さらに隠して風の刃が3つ控えてるぜ!


しかしその存在にも気づいていたようで、やはり最小の動きでかわす女。


だがさっき避けた魔法はブーメランの様に戻って来させている。


それに加えまた三つウインドカッターを飛ばす。


全部で9!


「ダメ押しだぜ!」


女は俺から目を逸らさずに呟く。


「ああ、これ避けられないわ。(身体強化で身体を硬化させて致命傷は避ける。それでまた回復ね。)」


なんか考えてるみたいだが、無駄だぜ!

俺は思わずニヤリと笑ってしまう。


「油断したな!!!」


俺が手首をクイっと返すと、全ての風の刃の向きが変わる。


この刃は方向転換できるんだよ!


「待って!駄目!」


女が明らかに焦った表情と声を出す。

そうだ!その顔が見たかったんだよ!


風の刃は杖の方に向かっていく。

女の杖は俺の風の刃でバラバラに破壊された。


「ヒャッハー!!!やったぜ!これで俺の勝ちだ!その杖が無けりゃ回復魔法の増幅も、無詠唱も不可能だろ!!!」


杖を破壊された女は、その場にへなへなと力なくへたり込む。


そりゃそうもなるだろうよ!

状況はどう考えても俺に有利!というか勝ち確定だろ、これ!


「……命よりも大事な……お兄様……プレゼント……思い出の……杖……」


「な、なんかぶつぶつ言ってやがるな……」


いや、俺の勝ちは揺るぎないはずだ!

だが何故だ?杖を折ってから感じているこの悪寒は!?


両脚が何故かガタガタと震えている……。


……。


何を弱気になっているんだ!

あとはあいつを捕まえるだけだろ!!


「おい、女!これでお前の勝ちは無くなった!命だけは助けてやるから、大人しく……」


「……殺す……」


か細くてよく聞こえない。まるで蚊の鳴くような弱々しい声だった。


「あっ?なんだって?」


俺はその時の女の表情を見て、サァっと血の気が引いていった。


「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス、コロス!!!!!」


女は物凄い勢いで殴りかかってきた。


冷静に考えればそんな事をされようが、俺の優位は揺るぎないはずだったのに、その時の俺は冷や汗が滝のように流れ止まらなかった。


「ひっ!か、かまいたち!切り裂け!!」


ガードも何もしない女の身体は見るも無惨な血だらけになり、服もボロボロになるがそんな事は構わず俺に殴りかかってくる。


「死ねぇぇぇぇ!!!!」


正直死んだと思った。


「あっ……」


魔力感知はしていないのにも関わらず物凄い魔力と殺意の波動を感じた。


俺の顔に重い一撃が当たる。

あれ?これ本当に女性の手だよね?

岩石で殴ってる?


視界がふらつき、世界が三重に見える。


あれが綺麗なお姉さんだ?

何を言ってんだ!ありゃ鬼神が化け物だろ!


いや、馬鹿なこと言ってるんじゃない!落ち着け!また来るぞ!

選択を誤ったら今度こそ死ぬ!


「風域だ!!さっさと死にやがれ!!!」


あと数センチで殴られるという所で巨大な風域をなんとか発生させられた。


女は空中に放り出される。


30mは放り上がった!地面は岩みたいに硬い!今度こそ!


ぐしゃりと音がして、砂塵が舞う。


辺りが静かになる。

俺はブルリと身震いした。


「…………。……こ、殺しちゃったか?……そ、そうだよな、あの高さだし……」


終わってみれば案外呆気ないものだった。


しかし急に、何の罪もないジェイドの妹を殺してしまったという事実が、俺の胸に重くのしかかってきた。


「しっかりしろ!これは神聖な仕事の結果なんだ!仕方ないんだ!」


自分で自分に言い訳をしてみせる。

そうだ!神は異端者がいなくなってお喜びになるに違いない!

そうだ、そうに決まってる……


砂埃が晴れた。

俺はその瞬間、目が釘付けになってしまう。


「おい……嘘だろ!?な、なんで生きてるんだよぉぉぉぉ!!!!」


フラフラと立ち上がるその女を見て、俺は恐怖と同時に、何故か神々しさの様なものを感じてしまっていた。


「私を殺したかったの?あんたじゃ無理よ」


頭から血を流したまま、そう言ってまたユラリと女は近づいてくる。


「ち、近寄るな!ウ、ウインドカッター!ウインドカッター!」


俺が出した風の刃を、避けるのも怠いといった様子で正面から受ける女。

身体に大きな切り傷ができ、血が大量に吹き出すが、次の瞬間、信じられない事に傷が塞がり回復していく。


「な、なんで!?に、人間じゃない??」


俺はもう訳が分からなかった。


「捕まえた」


俺はものすごい力で女に押さえつけられる。

俺は地面に倒され、女は俺に馬乗りになる。


まずは一発顔面に食らった。


「げはっ!な、なんで!?杖を破壊したのにまだ無詠唱でそんな威力で回復魔法を……」


俺がそう言うと女は冷めた眼で俺を見つめて言い捨てる。


「なんか勘違いしているみたいだから教えてあげる。杖は私にとって魔力増幅でも詠唱省略のためのものでもないの」


「ふぇ?杖が魔力増強じゃない?じゃ、じゃあ……」


「私、お兄様の事を考えて行動すると、勝手に魔力が暴走して、自分や周囲の者を自動回復しちゃうの。愛の力ってやつ?」


「な、なんだよ、それ!頭おかしいんじゃないのか!!」


そう言った所で俺はもう一度殴り飛ばされた。


「お兄様がプレゼントしてくれた杖は、私の魔力暴走を抑えるためのもの。ほら、その証拠に、あなたの傷も治っているでしょ」


女の言うとおり、今殴られた傷がみるみる無くなっていく。

しかし受けた激痛だけは脳にこびりついて離れない。


でも、これなら俺も死なないんじゃ……


「だ・か・ら、魔力暴走した私じゃ、あなたを殺せない。お兄様は私のこの能力は、私が天使みたいに優しいから授かった能力だって言うのよ♡」


そう言って恍惚の表情で微笑む女は、確かにまるで天使の様に美しいのに驚いてしまう。


だがすぐにはっと正気になる。


「そ、そうだよな!回復するならやっぱり結局、俺の勝ち……」


「うん。だから、死んだ方がマシってくらいに、これからあなたを殴り続けるから♪私の命より大事なお兄様のくれた杖を壊したんだもん、当然よね」


「へっ?」


「とりあえず一万回。今2回殴ったから、あと9998回?」


そう言って女は、顔色一つ変えずに俺を殴り出した。


俺はお仕置き部屋なんて生ぬるかったと感じていた。

これに比べたらお仕置き部屋なんて天国だよ……。


「た、助けて……誰か……」


そう声を漏らしても、誰も来やしない。

その時俺は悟った。

俺が信じていた神など、本当は存在しなかったのだ。


だってあんなに辛いのに、何度も助けてと言っているのに、神が救いの手を差し伸べてくれないなんておかしいじゃないか!


後にはっきり分かる。

この時の俺は本当にアホだった。

偉大で美しい女神、アリサ様に逆らってしまうなんて、なんて愚かだったのだろう。


俺が信じるべきは神ではなく、アリサ様だったのだ。

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