第89話 ノエル

ひんやりとした何かが頬にあたり俺は目を覚ました。


「ん?ぷにちゃん?」


隣にはユキちゃんが幸せそうに寝ている。

窓の外を見ると月。

いつの間にか寝てしまい、夜になっていたのか。


「ぷぷ」


ぷにちゃんは俺の腕を掴んで引っ張った。


「ちょっと待って、服くらい着させて」


俺はいそいそと着替えたが、その間もぷにちゃんは焦ったそうにしている。

どうしたのだろう。


ぷにちゃんは俺の着替えが終わると、


「ぷっ」


と一言詠唱?をした。


すると目の前にドアの大きさ程の黒いゲートが現れた。


「これは、転移ゲート……高等呪文を何でぷにちゃんが?」


そんな質問に答える事もなく、ぷにちゃんは転移ゲートに入ってしまった。


「ぷにちゃん、待って!」


俺もぷにちゃんを追いかけ、仕方なくゲートに入る。

一体どこに繋がっているのか。


転移ゲートを抜けると、俺は森の中にいた。


「ここ、ノエルの森……」


ぷにちゃんは結界に体をぶつけて見せる。

壊せと言っているのだろうか?


でも聖槍のスキルレベルが足りないはず、と思ったが、確かめてみるとレベルが上がっている。

そして新しいスキルも、


『弓王』 スキルレベル1

     ・あらゆる弓を使いこなせる。

     ・スキルレベルに応じて視野が広がる。

     ・遠距離攻撃の威力がスキルレベルに応じて上がる。

     ・敵の移動方向、行動パターンのある程度の予測ができる。


「えっ?」


思わず驚きの声が出てしまった。

これユキちゃんのスキルだよな?

ユキちゃんエルフのスキルは固定って言ってたけど、それって何かの間違いなのかもしれない。

『弓』のスキルや『狩人』のスキルは見たことがあるけれど、『弓王』は見た事がない。たぶん弓系スキルの最上位だろう。


ユキちゃんは自分のユニークスキルを知らなくて、風魔法に元々適正がないのに頑張ってたんだな。

     

それは一旦置いておいて、まずは結界だ。


俺はロンギヌスの槍の具現化をイメージする。

すると手にいつの間にか雷を纏った二股の槍が出現する。


「おお、出た」


早速俺は槍を結界目掛けて投げつける。


ガシュ


っと音がして、槍と共に結界が消えた。

結界が消えると同時に、ぷにちゃんは森の奥にぐんぐん進んで行ってしまう。


「待っててば、ぷにちゃん」


しばらく追いかけていくと、ノエルのお屋敷の前にたどり着いた。


屋敷の外に誰かいる。

ノエルだ!

俺は嬉しくなって駆け寄る。


「ノエル!良かった、結界がはってあったから何かあったのかと……」


そう言うとノエルは無詠唱で俺に火球を飛ばしてきた。


俺は片手でそれをかき消す。


「あぶな!急に何するんだよ!」


「忘れたの?タクト、夫婦が一番燃える瞬間と言えば、命をかけた、コ、ロ、シ、ア、イ♡でしょ」


そう言ってノエルは俺に襲い掛かる。


「千の槍!貫けぇぇぇぇ!」


空から無数の槍が俺めがけて降ってくる。初めて会った時にノエルが使った魔法だ。

あの時は風魔法でガードしたが、今はするすると身体強化で全ての槍を避けていけた。


ノエルはあの時と同じ様に俺との距離をつめている。


飛び上がって俺に踵落としを決めてくるので、俺は腕で受ける。

前は腕が痺れるほどの蹴りだったが、今はノーダメージ。


「……」


ノエルは異空間からおどろおどろしい真っ黒な大剣を取り出した。

魔剣、流石にあれに当たればまずい。


切り掛かってくるノエルの魔剣をロンギヌスの槍を具現化させ弾く。

するとノエルは魔剣を離してしまう。

その隙に俺はノエルを押し倒しマウントをとる。


俺は黙ってノエルを見つめる。


「あーあ、負けちゃった。強くなったねタクト」


「……違う……」


「どうしたの、タクトさん。あなたの勝ち、後はその槍をぶすーっと私の胸に突き立てて、それで終わり」


「違う!明らかに手を抜いている!ワザと俺にやられた」


「……そんな事ないよ、タクトが強くなったんでしょ」


「いや、本気を出してない。何故なら……」


「何故なら?」


「さっきから魔眼を使っていない!」


しばらくの間、俺たち2人は沈黙する。


「……あらーばれちゃったか」


「バレたじゃない!なんでこんなこと!」


俺がそう言うと、ノエルは心底残念という顔で、


「いやー本当はこんな手は使いたくなかったんだけどな。できればタクト自身の手で殺してもらいたかったんだけど」


そう言って魔眼を発動させた。

その途端俺の体はぴくりとも動かせなくなる。


「あれ?」


「すごいでしょ。魔眼の力。見つめている相手の動きを操るの。いくらタクトでも指一本動かせないと思うな」


動かせないどころか、俺の体は操られゆっくりと動いている。


「やめろ、何をするんだノエル!」


「あーでもあんまり長くは無理。さすがタクト、私の旦那様」


いつの間にか俺はロンギヌスの槍を振り上げていた。

ノエルが何をするつもりなのか分かり、俺はパニックになった。


「駄目だ!駄目だ!駄目だ!駄目だ!駄目だ!そんなのは……」


俺はきっと泣いていたと思う。

泣いてノエルに止める様に懇願するが、ノエルはそんな俺を見て優しく愛のこもった笑顔で言う。


「ありがとう♪私、タクトの事、だーい好き♡」


ノエルがそう言うと、俺の体は意思とは無関係に、ノエルの心臓目掛けて槍を振り下ろした。


「ノエルーーーーーー!!!!!!!!!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る