第5話 先輩がいなくなった後

ユキちゃん視点


タクト先輩がいなくなったその日から、私の職場である『鷹の爪第49支部ギルド』の労働環境は激変した。


冒険者の回復、怪我の応急措置は『鷹の爪』の看板サービスの一つであり、そのサービスのために『鷹の爪』ギルドを利用し、ちょっとお高めの月額料金を払ってくれているという冒険者も少なくない。


何故なら回復魔法は高等呪文の1つである。怪我や病気は冒険者にとって大問題であるから、それをなんとかしてくれるこのサービスは大人気なのも当然だ。

 

しかし高等呪文というだけあって、回復魔法の習得難易度は最高難易度のSSSトリプルエスクラスの2つ下、Sクラスである。

 

ちょっと自慢だが、私は回復魔法が使える。多分これを履歴書に書いたから鷹の爪に採用が決まった。

 

難易度S。それはそうである。注文1つで簡単に傷や、ましてや骨折などの重大な怪我が一瞬で治ってしまったら医者なんて必要なくなってしまう。


それが簡単に使えるなんて、うまい話があるはずがない。


回復呪文の習得は医者になるよりも難しい。その上大量の魔力を使うし、集中力もかなり使う。


確かに時間としては一瞬で怪我は良くなるかもしれないが、回復魔法はだいぶコスパの悪い魔法なのである。


しかしタクト先輩は、回復術式と言う魔法陣みたいな物を事前に作成する事で、術者の魔力を増幅したり回復の効果を高めるなどの準備を必ずしておいてくれた。


そのため、私の回復の仕事は随分と楽になった。


しかしもう先輩はいない。


先輩がいない中での冒険者の回復作業はとてつもない重労働で、私は午前中で魔力がすっからかんになってしまい、午後は冒険者にポーションを渡したり、特別に経費で医者を呼び急遽見てもらったり、回復魔法を使わない手段での治療、と言うことで冒険者の方々には納得してもらった。


私はタクト先輩のクビを取り消してもらうため、本部に向かっているウラン部長に、風の精霊を使って伝言を送った。


「タクト先輩がいなくなってしまったので人員の補充が必要だと思われます。少なくとも、中級以上の回復魔法を使える術師を、今週末までに3人以上派遣してもらいたいです。よろしくお願いします」


5人と言っといた方が良かっただろうか?どうせこちらの要望通りには本部は動かないのだから、多めに言っておいた方がいい。


仕事が回らなくなっていたのは私だけではない。


他にもダンジョンの様子やモンスターの動向を調べる調査部隊。


調査はタクト先輩が自動遠隔で、ゴーレム20体を操って行っていた。


簡単な調査作業であればゴーレムだけでもこなせる。


そのゴーレムがすべていなくなったので、単純に調査員が20人いなくなったのと同じだ。


別にうちの調査部隊がサボっているとかそういう訳ではない。


うちの調査員はベテランでかなり腕の良いものが3名。

しかしやはり調査には数が必要である。


この優秀な調査員3名が、タクト先輩にゴーレムをこういう風に動かしてほしい。


ここに行って偵察してほしい。というように指示を出し、細かい作業は3人が行うと言う風に仕事をしていた。

 

調査員の方、これじゃぁ24時間働いたって終わらないよと言って泣いてた。


調査の部署も10人、いや8人、5人でもいい!ベテランの調査員をすぐに派遣して!とウラン部長に送っているのを見てしまった。


どうしよう。ウラン部長の所に、かなり無理な要望が2つ伝言された。


ウラン部長の事なので、私たち職員を第一に考えて動いてくれるのは間違いないだろうが、要望を通そうと強く進言したウラン部長の立場までもが危うくなってしまうかもしれない。


ウラン部長がいなくなってしまえば、もう本当にうちの支部は終わるだろう。


「あーもう!なんでこんな無駄な日報やら何やらやんなきゃいけないのよ!」


事務のおばさんがイライラと声を上げている。


「こんなことやってたって無駄じゃない!」


全くもって、その通りである。


本部は何かにつけて報告書や何やらを書くように要求してくる。


そのほとんどが、現場の人間から言わせれば無駄だ。


そのくせ、業績は上げろ、残業は付けるな!と無茶を言うのが本部だ。


書類仕事も、先輩が「自動化プログラムー(猫型ロボット風)」などと言って、何か難しそうな魔法や術式でごそごそやってくれたおかげで、私たちはそういった瑣末な書類は作らなくてよいようにしていてくれた。


私もこの後、自分が使った魔法の回数や、使用したマジックポーションの量、休憩していた時間等を書類に書いて、提出しなければならない。


たいした作業ではないが、今はそういった細かい作業が、疲労とストレスを運んでくる。


今はポーションの補充を先輩がしていってくれたので、アイテム庫の在庫は潤沢だが、もう来週末ごろには備品もそこをつくに違いない。


「ウラン部長に伝言を頼む、風の精霊。日常遣いの備品アイテム、1000個補充よろしく」


あー。経費がもったいないからと全部作れるものは自分で作っていた先輩。


だいぶ会社の売り上げに貢献していたのではないだろうか。


うちの支部って、田舎の割には質の高いダンジョンや、つよい魔物が結構いる。


それなのに、随分人員が少なくて冷遇されているなと思っていたが、やっぱりそうだ。


うちの支部に本部は冷たい!


同じ規模の町にある他の『鷹の爪』ギルドでも、うちの倍は人がいる。


この機会に職場の環境を本部に見直してもらう必要があるのは事実だ。


皮肉にも先輩がいなくなって、私たちは自分たちがかなりブラックな環境で仕事をしていると言うことに気がつけたのである。


あー。こんなことしてる場合じゃないのに。


私は先輩が会社を去った時、絶対に先輩との縁を切ってはならないと強く思っていた。


会社帰りに先輩のところに行ってご飯を作ってあげよう!


絶対先輩何も食べてないし。

 

そしてあわよくば……。


この時まだ私は、すぐに夜になったら先輩の所に行けると思っていた。


しかしこの後、はじめての丸一日残業で会社に泊まり込む事になり、先輩の家に行くのが大幅に遅れてしまうとは、想像もしていなかった。

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