第2話 真冬の日本海で全身鱗の人魚を見た

その日は雪がチラつく寒い日だった。

海岸沿いを車で走行中の時だった。


ふと、砂浜に目をやると、大きな魚のようなものが目に入った。

大きな魚か、アシカが打ち上げられたのかと思ったがどうも違う。


人間のような上半身に、魚のような下半身がついている、その姿はまるで人魚。

何かの撮影かと思ったが、周りに人はいない。


おまけに腕を使って這うようにして海へと向かっている。

人魚だと思い、慌てて路肩に車を停めて砂浜へと向かう。


だが、その人魚らしき生物は波に呑まれて、荒波の日本海へと消えていった。


一体なんだったんだろう。


そう思っている時、岩の上に人がいるのが見えた。

若い男性が人魚が消えた辺りに網を投げ入れている。

あの男性も人魚を見つけて、捕まえようとしたのかと思い様子を伺う。


投網をした男性は浜辺へとやって来て、網を引く。

気づくとどこからか他にも数人の男性が現れて投網を一緒に引き始めた。


それを見ていて、居ても立っても居られなけなり地引き網に参加する。

浜辺に網とともに先ほどの人魚がかかっている。

それを波が届かないところまで引き摺っていった。

海藻と砂で汚れているが、その姿はまさに人魚。

よく映画で見るような上半身が女性で下半身が魚ではなく、全身が鱗に覆われ、どちらかといえばグロテスクな印象を受ける半魚人に近い人魚だった。


人魚は網に絡まったまま、必死にもがいているように見える。

声は発しているが、人のそれとは違い高音の笛のような声だった。


「これって人魚だよね、君たち人魚を捕まえるなんて凄いね」

興奮が冷めやらず、大きな声で話しかけた。


だが、人魚を捕まえた彼らに興奮した様子は一切ない。

投網をして捕まえた男性は淡々と人魚を網から出そうとしている。

「君、危ないよ、気をつけて!」

思わず声が出る。


だが、男性は慌てた様子もなく返す。

「大丈夫ですよ、人間ですから」

投網を引いていた他の人たちも見たが興奮したり焦った様子もない。


その内の1人が透明の紐のようなものを手にしている事に気づいた。

その紐は人魚の体にしっかりと結び付けられている。

つまり、人魚が沖へと流されないための命綱なのだろう。


一人で興奮していたが、拍子抜けしてしまった。


網から出された人魚は全身が鱗で顔もグロテスクで恐ろしい感じを受ける。

口には細かく尖った歯が無数に生えていた。


人魚はこちらを見て金切り声を上げる。

それを見てビクッとしてしまう。

その時、人魚は何かに気づいたようで自分の口に手を突っ込んだ。


そして、細かく尖った歯を引き外した。

「すみません、お騒がせしてしまって」

聞こえてきたのは可愛らしい女性の声。

人魚のグロテスクさにあまりしっかりと見ていなかったが、この人魚は尾びれを入れてもかなり小さく中に入ってこの人魚を演じていた女性はかなり小柄な女性だと分かる。


人魚の正体が分かると急に興奮して飛び入り参加した自分が恥ずかしくなったきた。


「こちらこそ、すまない、お騒がせして」

恥ずかしさから顔が紅潮し、頬っぺたに付いた雪がすぐに溶けるのを感じながら、こう言った。


「海が荒れてて危ないから気をつけてね、じゃあ!」

急いで車に戻ると、すぐに車を発進させた。


“彼らは一体何者で、何をしていたのだろう?“

疑問を残しつつ、恥ずかしさからそのまま浜辺を離れた。



真冬の日本海で全身鱗の人魚を見た 完


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