第三章

第91話 魔道士協会六神儀

 ここは未だどの組織や国が総力を挙げても所在が掴めない魔道士協会本部。

 魔道士協会所属の者でも限られた者しか立ち入ることが許されず、魔道士の間では聖域とされている。

 魔道士達は聖域に至ることこそが至高と考えており、自身の日々の鍛錬を神のお膝元に辿りつく修行の旅と認識していた。

 立ち入りが許されるのは支部長以上の魔道士のみだ。

 支部長へ至るには、魔道士協会への貢献度と魔道士としての魔法の質を問われる。

 本部に辿りついた魔道士達を待つのは、聖域の門番であるロックゲイト。彼は代々魔道士協会の門番を務める家系の生まれで、己の義務を生き甲斐としていた。

 六神徒が認めた直属の魔道士とあって、その実力は支部長クラスの魔道士を遥かに凌駕している。

 そんなロックゲイトの前に立つのはエクセイシアの隣国に当たるファフニル国の支部長アリアスだ。今日、彼は直々に本部に呼び出されていた。


「ファフニル支部のアリアスだ。ロックゲイト、扉を開いていただきたい」

「……魔力感知、異常なし。アリアス本人と確認」


 ロックゲイトに身分の偽りなど通じない。魔力の質を感じ取れば数千人単位であろうと嗅ぎ分けることが可能で、魔道士協会でも随一の感度の持ち主だ。

 魔力感知だけならば六神徒以上とも噂されており、彼を知る者ならば決して偽ろうとしない。

 ロックゲイトが片手をかざすと、うっすらと扉が現れた。


(次元と次元を繋ぐ魔道士か。いつ見ても底が知れん奴だ、ロックゲイト……)


 アリアスが扉を越えると、そこにあったのは天空の楽園を彷彿とさせる風景が広がっていた。

 宙に浮かぶ円形の島がいくつもあり、そのうちの一つに建つ巨大な神殿が魔道士協会本部だ。島に通じる長い階段を上がっている最中、アリアスは自身の未来を案じた。


(俺はどうなる? なぜ俺が問い詰められなければいかんのだ? そもそもの失態は六神徒のズガイア様とエクセイシア支部長のバストゥールだろうに……)


 自分に何の責任もない。アリアスはそう自分に言い聞かせていた。

 神殿内に入るといくつもの魔法陣がある。魔法陣は転移装置のような役割を果たしており、一切の道案内などない。

 魔道士協会本部に訪れた魔道士は魔力感知のみで目的の場所に辿りつかなければいけなかった。

 アリアスは目的の場所である六神儀の間を目指す。近づくうちにアリアスは吐き気がこみあげてきた。


(こ、ここからでも感じる……。六神徒が俺を待ち構えている……この、この魔力は、きつい……!)


 実力者であるほど、高い魔力を持つ魔道士の魔力を肌で感じてしまう。

 アリアスは涙目になり、今すぐにでも引き返したくてたまらなかった。

 支部長ごときの自分が、怒りを露にしている六神徒に近づくなど自殺行為だとアリアスは歩みを止めそうになる。

 それでもどうにか吐き気をこらえてアリアスは六神儀の間に辿りついた。


「遠路はるばるとよくお越しいただきました。これも神のお導きでしょう」

「うっけるぅ! 顔、青い! キャハハハハッ!」

「うむ、楽にしてよいぞ」


 六神徒のうち三人がアリアスに対して思い思いの言葉を投げかけた。アリアスは勢揃いする六神徒の顔すらまともに見ることができない。

 非力な人間が獰猛な野生動物と目を合わせられないように、アリアスは完全に怯えていた。

 そんなアリアスに六神徒の一人であるトゥルクが優しく声をかける。


「ファフニル国の支部長アリアスさん。そう怖がる必要はありません。我々は神に選ばれた同士なのです。さぁ、顔をあげなさい」

「は、は、ひ……」

「他の者達のことなど気にしなくてよいのです。彼らも心からあなたを軽蔑しているわけではないのですから……」

「はひ……」


 白いローブをまとった司祭風の男トゥルクがアリアスに微笑みかける。しかしアリアスは何の安心も得られない。

 六神徒の一人であり、アスバル教の司教トゥルク。各国に多数の信者を持つアスバル教は世界的に認知度されていた。

 その教会の数は魔道士協会の支部の数を優に上回り、アスバル教が国教としている国もある。悪口一つで一晩のうちに消されるなどという噂さえあった。

 そんな一大宗教の司教の前で平静でいられるはずがなく、アリアスは脂汗を流していた。


「本日、あなたをここに呼んだのは他でもありません。ファフニル国内を救ったとされている少女のことです」

「せ、聖女と呼ばれている、あの少女のことですか?」

「少女は魔界の五大魔王の一角であるアズゼルを倒して王国を救い、聖女と崇められた。更に噂によると魔王とファフニル国に同盟を結ばせた影には聖女がいたという話です。

その少女が最初に確認されたのはファフニル国内……つまりあなたの管轄ですよ、アリアスさん」


 穏やかな口調のトゥルクだが、目が笑っていなかった。アリアスはガタガタと震えて涙目だ。トゥルクがアリアスに近づいて頬を撫でた。


「アリアスさん。あなたに非を求めるつもりはありません。しかしファフニル支部として、なぜ一切の関与もなかったのか……ご説明をしていただきたいのです」

「それ、は、あ、そ、それは……私の不徳、といたす、ところ、であり……」

「ほう? つまり自らの非を認めると? これはいけませんねぇ。神の御前でなんということを。ま、いいでしょう。これ以上、あなたを問い詰めても仕方ありません」

「はっ、はぁっ、はぁーっ……」


 アリアスはもはや立っていられなかった。ふらふらになって失禁している。


「キャハハハハッ! こいつ! 漏らしてやがんの!」

「プウレイ、よしなさい」

「トゥルクー! このバカ、どうするのさ? キャハハハッ!」

「もちろん彼にも働いてもらいます。何せ聖女とやらを野放しにしたせいで今、魔道士協会の立場が各国で危うくなっていますからね。

まぁほとんどはズガイアの独断行動のせいですが。あれのせいで各国で魔道士協会に対する反対派が騒ぎ始めて、国によっては支部を撤退させられました。まったく……」


 魔道士協会は今、打撃を受けている。六神徒の一角を失っただけではなく、その立場まで脅かされているとあっては穏やかではない。

 そんな中、プウレイと呼ばれた少女はカチャカチャと魔道具をいじって遊んでいた。


「じゃあさー、その聖女とかいうのをぶっ殺せばいいんじゃねー? キャハハハッ!」

「えぇ、見過ごせないのは確かです。しかし情報を見た限りでも、聖女の戦闘能力は計り知れません。

エクセイシア国支部の壊滅、魔法生物研究所の壊滅、挙句の果てには国を動かしてズガイアの暴走を止めてしまいました。ですから、生半可な戦力ではどうにもなりません」

「アタシがいこっかー? キャハハッ!」

「いえ、プウレイ。あなたには別の任務をお願いします。ここはそうですね……。カイソウジさん、お願いできますか?」


 六神徒の一人、黒ひげをたくわえた中年の男カイソウジが耳をほじっていた手を止める。

 自身のスキンヘッドをぺたぺたと触りながら、トゥルクにニッと笑いかけた。


「さすがはトゥルク殿。吾輩という男と魔法をよく心得ておる」

「カイソウジさんの魔法であれば、聖女に対抗するにはうってつけです。そうですね、あなたならば生け捕りも不可能ではないかもしれません」

「ガハハハハッ! 考えてみようではないか! それで上はなんと言っておる? 吾輩でよいのか?」

「えぇ、この場における判断は私に一任していただきました」

「そうか、そうか。実行部隊に過ぎん吾輩達は時として、訳の分からん指示に嫌気が差すこともあったがトゥルク殿ならば安心できるな。後の二人も異論はないか?」


 カイソウジが二人の六神徒に問いかける。一人が居眠りをして、もう一人は爪の手入れをしていた。


「んー、その聖女がかわいくなければ異論なんてないんだけどな」

「ワハハハハ! ならばケイメーン殿には尚更、任せられん! 虜にして、そのまま帰ってこない可能性があるからな!」

「カイソウジさん、俺を女たらしの風来坊みたいに言わないでくれ。俺はただ女の子に対して真摯に向き合っているだけさ」

「ならば各地にいる愛人とやらとの関係もキッパリ絶つことだな。何せ煩悩は己の魂を汚す愚行に他ならん。精進せよ、ケイメーン殿」


 ケイメーンはカイソウジと話しながら、目を合わせず爪の手入れをしている。

 そんな態度を気にすることなく、カイソウジは立ち上がった。


「ではトゥルク殿。任務の際には吾輩が目をかけている魔道士を何人かよこしてほしい」

「お任せしますよ。私からも各支部に話を通しておきましょう」

「ありがたい。それでその聖女は現在、どこにいるという情報をお持ちで?」

「最新の情報によれば聖女一行はエクセイシア国を出て、ドンチャッカ国へと向かっているようです」

「む、あの下品で薄汚いドワーフの国か。魔道士協会の支部の設置すら認めない背信者どもが……ちょうどよい。吾輩の腕の見せ所であるな」


 カイソウジが首にかけている数珠のようなネックレスを撫でた。彼が見据える先はドンチャッカ国。

 六神徒の一人、カイソウジは腕をまくって振り回した。聖女などという偶像に溺れた愚民ども、愚民を惑わす聖女。

 正しきは神であり、神に選ばれた自分達。彼は決して殺生はしない。


「吾輩が行くからには必ずや聖女とやらを更生させて見せよう。ナミアム・ホワカ・イタシンカクゾ……」


 カイソウジは念仏を唱えながら、数人の魔道士を引き連れて歩く。

 全員が六神徒候補であり、支部長以上の実力を持つ本部の協会員だった。

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