第二章

第45話 出会い

「クリード王子、ご機嫌麗しゅう!」

「あぁ」


 この人はどこの令嬢だったかな?

 王族と貴族を交えた立食パーティは本当に疲れる。

 何せこうして代わる代わる僕のご機嫌を取りにくる女性が後を絶たない。

 エクセイシアの王子という立場を考えれば当然なのだけど、僕はこの張り付いたような笑顔が何より嫌だった。

 僕に好かれようとして作ってきた笑顔に最近は生返事で返すのがやっとだ。


「本日はお招きいただいて感謝しますわ。わたくし、タカビーシャ家のシャルンテと申しますの」

「侯爵家の……」

「まぁ! 王子様にご認識いただいてますのね!! 感激ですわ!」

「タカビーシャ家は我が国に対して多大な貢献をしてもらっているからね」


 シャルンテは黄色い声で大はしゃぎだ。

 僕はただ事実を言っただけで、彼女を褒めたわけじゃない。

 世話になっている名家の名前を忘れるわけにはいかない。

 ただそれだけだ。断じて彼女に好意などない。

 彼女はそのスキルで多くの人間を意のままに操っていると聞く。

 幸い僕が虜になることは今のところないみたいだけど、油断はできない。

 どんな条件でそうなるかわからないからだ。


「王子様、私もご挨拶に伺いました!」

「クリード様!」

「私を覚えてらっしゃるかしら!」


 次から次へと切りがない。

 邪険に扱うわけにもいかず、僕も笑顔を作るのだけどそれを彼女達は真に受ける。

 我こそはとアピールして、妃の地位を狙っているのだ。

 そう、彼女達は僕という人間に好意を持っているわけじゃない。

 彼女達が好きなのは王子という地位だ。


「王子様、先日の魔物討伐でお怪我はありませんでしたか?」

「問題ないよ」

「まぁ、さすがは王子ですわ! やっぱり脈々と受け継いだそのスキルに敵うものはいませんのね!」

「このスキルは滅多に使わないよ」


 スキルは遺伝が強く影響する。だから王族という血族は強い。

 だけど僕はそれが嫌だった。

 自分の努力で手に入れたわけでもないこのスキルは多くの人達が羨望するものだ。

 隣国の王など、いつかの会食で露骨に態度を変えて僕の機嫌を取ってきた。

 最近ではシルキア王女が王位についたと聞いて少しホッとしている。

 彼女の人間性は嫌いじゃない。

 僕が王となった場合を考えると、少しはマシな関係を築けると思った。


「ねぇ、王子様。わたくし、少し酔ってしまいましたわ……」

「おっと、それはいけない。おい、誰か!」


 しなだれかかってきたシャルンテの肩を抑えつつ、召使いを呼んだ。

 ところが彼女を別室に連れていかせようとすると、シャルンテは召使いを突き飛ばすように引きはがした。


「もう! 王子様ったらぁ……」

「飲み過ぎはよくない。このパーティで君に何かあれば一大事だ。だから休むといい」

「フフフ、そういうことなら……待ってますわ」


 シャルンテがようやくいなくなってくれた。

 何を期待しているのだか。本当に薄汚い雌だ。反吐が出る。

 他の女も同じだ。どいつもこいつも僕に媚びを売って取り入ろうとしている。


「……僕も疲れた。数日後には魔物討伐が控えているからな。今日は休む」

「は、はい」


 召使いに任せて、僕は立ち去ることにした。

 もうこの場にいるのは耐えられない。

 休むと言ってるのにつきまとってくる女性達を振り切って、僕はなんとか部屋に戻った。

 疲弊するなら魔物討伐だ。

 こちらのほうが国民の命を守ることができる。

 下らない女達の相手で疲弊している場合ではないのだ。


                * * *


 国内には未だ危険な魔物が生息している。

 わが国は屈強な騎士団を備えているが、彼らの手に負えない魔物の一匹や二匹は珍しくなかった。

 そんな時、犠牲になるのは一般国民だ。

 王として、上に立つ者として何を考えなければいけないか?

 何をしなければいけないか?

 考えるまでもない。

 安全な城に籠ってデスクに向かっている暇などないのだ。


「ク、クリード王子! このような地に来ていただけるとは……!」

「構わないよ、騎士団長。それより被害は?」

「幸い目立った被害は出ておりません。しかしここ最近では奴の生息範囲が少しずつ広がっているのです。我々も応戦したのですが思いの他、手強く……」

「いや、よく守ってくれたよ」


 この騎士団長は隣国の閃光のブライアスとよく比較される。

 スキルではあちらが優位だけど、戦闘能力はこちらの騎士団長に軍配が上がると僕は見ていた。

 戦いはスキルで決まらない。

 少なくとも僕はそう信じている。


「き、来た!」


 歩くたびに地響きが起こるほどの巨体だ。

 森の奥から姿を現した魔物が見せる牙は無数にあると思えてくる。

 そして何より異様なのがその姿だ。

 岩の塊で人型、それでいて短足な体形で牙を見せる大きな口。


「騎士団長。あれは何なのだ?」

「私にもさっぱり……。該当する魔物がいません」

「新種か……?」


 よくわからないけど、僕の直感が危険だと告げている。

 つまりスキルなしだと厳しい。

 でも僕はこんなものに頼りたくなかった。

 スキルがなくても、僕はやれるとここで証明したい。


「これ以上、生態系を乱すのは許さない」


 僕は駆けた。

 まずはあの巨体の懐に潜り込む。

 真下から顎を斬りつけて、面食らわせてやる。

 迷いはない。勝負は一瞬だ。


「はぁぁぁぁぁッ!」

「ファイアボォォーーーーーールッ!」


 正体不明の岩の怪物に何かが直撃した。

 岩の怪物が衝撃で砕けて倒れた後、続けて誰かが走ってきた。

 あれは女の子?


「全上昇の実ィィーゲットォォーーーーーーー!」

「収穫だぁーーーーーー!」

「さすが師匠ォォォーーーーーーーー!」


 後から走ってきた女の子二人が加わったと思ったら、早々に何かに入っていった。

 あれはなんだ? 車輪がついて、まるで――。


「またミッションきたぁぁーーーー!」


 車輪がついた乗り物はあっという間に走り去っていった。

 僕は微動だにせず、見送ることしかできない。


「お、王子。ご無事ですか? 今の連中は一体……」

「あれは魔道車だ。初めて見たかもしれない」

「ま、魔道車ですと!?」

「素晴らしい……」

「え?」


 僕は震えが止まらなかった。

 これは恐怖じゃない。感動だ。

 体の内が熱くなり、僕は何かを感じていた。

 心臓が高鳴り、あの少女の姿が網膜に張り付いている。


「可憐だ……」

「……王子?」


 僕は動くことができなかった。

 今のこの衝撃を忘れられるわけがない。

 生まれて初めて感じたこの感覚、一体これは何だというのだろう?

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