第27話 救世主、それは聖女

「アズゼル四魔将の一人、ブシン! お覚悟ですわ!」


 ファフニル国の王女として、何としてでもこの不埒な連中を成敗しなくてはいけません。

 王都の広場で、剣を突き立てて佇んでいるこの全身鎧の化身のような魔族。

 兜の奥は暗闇の空洞のようになっていて、目に当たる部分だけが赤く光ります。

 他の四魔将と違い、あまりに静かで不気味です。


「……王の娘か?」

「なぜそれを……」

「あの王よりも品がある」

「品……」


 そんなもの私にはありません。

 王である父親にも見放されて、頼れるのは剣術のみ。

 ですが私は王女、ここに立たねばならない理由があるのです。


「私はファフニル国の王女、シルキア! ブシン! この国を汚すことは許されません! 私が成敗してあげます!」

「その剣にすべてを乗せて戦うか。いいだろう」


 ブシンが大剣を構えた時、鳥肌が立ちました。

 鎧のお化けとも形容できるブシンには何の感情すら見えません。

 周囲にはブシンに挑んで敗れた兵士や冒険者の死体があります。

 彼らは何の感情も抱かれずに殺されたのでしょう。

 未来と生をかけて、誇りをもって戦いを挑んだというのに。


「あなた達はなぜこんなことを……」

「主君の意思だ」

「主君……アズゼルですか。あのような者に何の正義があると?」

「正義……?」


 ブシンは返答に困っている様子です。

 おそらく私が何を言ってるのか本気で理解できないのでしょう。

 

「正義とは?」

「あ、あなたにも理由があってアズゼルに従っているのでしょう!」

「強き者と意思に仕える。それ以外にない」

「たったそれだけで……」

「上に立つものには品格がある。弱者は持ちえないものだ」


 上に立つ者に必要なのはスキル、私はそう教えられてきました。

 スキルは遺伝が強く影響するのですが、私は恵まれませんでした。 

 しかし剣術では誰にも負けないと私は信じています。

 幼い頃、習い事が嫌でたまらなかった私は耐えかねて掃除用具を振り回して暴れました。

 そこへたまたま通りかかったブライアスが私のそれを怒るわけでもなく、褒めてくれたのです。

 その元気があれば剣士にでもなれましょう、と。

 お父様にすら褒められない私はとても嬉しくて、それから剣術を学ぶようになりました。

 今にして思えばお世辞だったのでしょう。

 でもあの時の言葉が今も私を突き動かしているのです。


「お前からは意思を感じられる。あの愚王には何もない。あるのは歪んだ利己のみ……。嘆かわしい」

「あのような人でも、魔族に愚弄されるのは腹が立ちます」

「ならば私を殺すがいい。できるならな……」


 ブシンが大剣を私に突きつけました。

 力、リーチ、体躯。何もかも差があります。

 真正面からでは突破は不可能、それならば――。


「はぁッ!」

「ぬ……」


 しゃがんで態勢をあえて崩してから、地を蹴って斬り込みました。

 ブライアスの閃光ほどではありませんが、私も敵の隙を突く戦術は身に着けています。

 狙うは鎧の継ぎ目!


「小賢しい」

「あッ……!」


 ブシンが大剣を目の前に突き刺した時、私の剣が折れました。

 オリハルコンの次に固いとされる鉱石で作られた剣が、なまくらのように折られたのです。


「弱い」

「あ、あ……」


 この瞬間、私は理解しました。

 剣術、修練。何を磨き上げようと、すべてを決定づけるのはステータスです。

 ブシンの攻撃は私の防御を遥かに上回っています。

 武器の硬度などものともしません。

 私はブシンと剣を交えて、勝つ気でいたのです。

 剣術以前の問題があるというのに。


「戦意を失ったか。だから人間はその程度なのだ」

「あ、う……ま、まだ、です……」

「これではアズゼル様が呆れるのも頷ける。未だこのような脆弱な生物がこの世界を我が物顔で歩いているとはな。同胞達も不甲斐ない……」

「あなた達はいったい……同胞とは……」


 ブシンの言葉の意味はわかりません。

 ダ、ダメです、シルキア。心まで折れては本当の終わりです。

 何か、何か方法を考えるのです。

 そうでなければ、死んでいった国民の屍を乗り越える資格もありません。

 意思を強く持ってこそ、ようやくブシンの前に立てるのです。


「知る必要もなかろう」


 ブシンが大剣を振り上げました。

 それが振り下ろされてしまえば私は死にます。

 スキルもダメ、剣術もダメ。王女として何一つ守れない。

 私に相応しい死かもしれません。

 見苦しい命乞いは絶対にしません。せめて死は受け入れましょう。

 情けない私の死体がここに出来上がるだけのこと。

 せめて国民と共にここに――。


「ファイアボォォォーーーーーーー!」

「ぬわぁーーーーーーーーーー!」


 大剣を振り上げていたブシンが消えました。

 いえ、吹っ飛んだのです。

 左方向を見れば、バラバラになって溶けたブシンの残骸があります。

 つまりブシンは右方向から攻撃を当てられたのです。


「これで三匹目ェェーーーーーーーーーーー!」

「報酬はなんだべ!」


 私は夢を見ているのでしょうか。

 そこにいたのは二本の杖を持つ少女がいます。

 私を救ってくれたのはあの少女?


「あ、あの子は……」


 一見、魔道士のようにも見えますが不思議とそう感じません。

 おかしな服装に胸当て、他にも何かの腕輪やアクセサリを身に着けています。

 それがとてもキラキラと輝いていて、美しく見えました。

 それが少女を彩り、途端に私の中で何かが弾けます。


「うふふふ……報酬、ほーしゅー……」


 そうです。たった今、理解しました。

 その方はここに舞い降りた救世主、いえ。

 聖女としか思えません。

 その姿はとても煌びやかで、それこそ気品溢れる佇まいです。

 私を救った直後だというのに、私には視線も向けません。

 人を救うなど彼女にとっては日常であり、わざわざアピールするほどでもないのでしょう。

 そう、おそらく彼女は聖女なのです。

 そこには損得などなく、自らの功績をひけらかすわけでもありません。

 あるのは慈愛のみ。


「えへへー……」


 その笑顔が今の私の心を潤してくれます。

 あぁ、聖女様。今、私は意を決してお礼を言います。

 聖女様。どうかお顔をよく見せてくださいませ。


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