第10話 ウィルの秘策
一方、その頃、山頂にて。
ヴァンダルは魔術師特有の帽子を深々と被り、沈黙していた。
その間も黙々と砂時計が落ちるが、その光景を見てローニンは皮肉を言う。
「それにしても魔術師ヴァンダルは容赦ないな。試練とはいえ、あんな厳しい要求をするなんて」
珍しくミリアも同意する。
「そうね。手心がない。あんな不可能な条件を押しつけられたウィルが可哀想。帰ってきたらおっぱいで包み込んで良い子良い子してあげないと」
「……つーか、うちのウィルをマザコンにする気か」
「そうよ」
悪びれずに即答するミリア。
そんなふたりのやり取りを鼻で笑うヴァンダル。
「なにがおかしいのよ」
「いや、お前たちがウィルのことを信じていないようだったのでな」
「そんなことないわ」
「ならばどうしてそのように心配する。ウィルならばこの試練を見事に乗り越えるだろう」
「ウィルひとりならばな。あいつの身体能力、バランス能力なら一時間も掛からず戻ってくるよ。だが、あのルナマリアという娘が一緒なら話は別だ」
「おんぶしても揺れるものは揺れるしね」
「おぬしらはウィルが戻ってこられないと思っているのか?」
「残念ながら」
と続けるふたりに、ヴァンダルは大きな笑いを漏らす。
「ふぉふぉっふぉ、やはりふたりは見る目がないな」
「むかつくじじいね。こんな難しい試練を用意しておいて」
「たしかに難事ではあるが、ウィルならば必ず解決すると思って用意した。――事実、解決するだろう」
ヴァンダルはそう言うと、杖で遠方をさす。
その杖の先を見ると、なんと小走りで走るウィルとルナマリアの姿が見えた。
「あ、あれは可愛いウィル!」
「な、ウィルたちのやつ、あの速度で走ってきたのか? ウィルはともかく、ルナマリアの嬢ちゃんは水をこぼしているんじゃ?」
しかし、遠目からは水がこぼれている様子はない。
「もう、全部こぼれているんじゃ?」
その可能性を疑うミリアであるが、そのようなこともなかった。
肩で息をしながらやってきた彼女たちは、ヴァンダルが用意した机の前にそうっとコップを置く。
そこには並々と水が注がれて――いなかった!?
なんとコップの中にあったのは水ではない物体だった。
「な、これってもしかして氷?」
気が付いたミリアが叫ぶと、ウィルはこくりとうなずく。
「液体の水で運ぶとこぼす恐れがあったので、魔法で氷にしました」
「たしかに氷ならこぼしようがないけど、これってありなの?」
ミリアは恐る恐るヴァンダルを見るが、老人の表情は普段と同じだった。その口調も。
彼は淡々とした口調で、
「無論、ありじゃ」
と断言した。
「ありなのか」
ローニンは驚く。
ヴァンダルは説明する。
「ありに決まっているだろう。わしはコップに水を入れて運べ、と言った。水を氷にしてはいけない、とは言っていない。出て行くときは液体、わしの手に戻るときも液体で、一滴も減っていいなければなんの問題もない」
と言うと、ウィルはコップを地面に置き、その周りに小さな炎を作る。水を解凍するようだ。
ほんの数分で氷が水になる。それをヴァンダルに渡すと、ヴァンダルは口を付ける。
「いい白湯だ。温度を心得ている。さすがは我が子ウィル」
にこりと笑うと、ヴァンダルは「合格じゃ」とウィルの頭を撫でる。
嬉しそうに老人の手を受け入れるウィル。
このように魔術の神の試練を突破したウィル。ミリアとローニンは心配していたようだが、ヴァンダルは一切の心配をしていなかった。
ウィルならばその智恵によって必ず解決すると信じていた。
ある意味これはサービス問題だったのである。
無論、ヴァンダルとてウィルと離れるのは辛いが、それと同じくらいウィルには勉強をして欲しい、という気持ちがあった。
この広い世界に飛び出て学んで欲しいのだ。
自分のもとでも多くのことを学べるが、実際に世に出てその身で学ぶことには大きな価値があるだろう。
山に閉じこもり、本に囲まれて暮らしているヴァンダルとて、そのくらいのことは承知していた。
最高の息子であり、最強の弟子であるウィルには自分よりも大きな存在になって欲しかった。
それがヴァンダルの偽らざる気持ちである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます