第8話 初めての人間の友達
ドラゴンの氷像の前で自己紹介をするふたり、僕は自分がウィルという名前であること、それに神々の息子であることを話す。それと相棒のシュルツも紹介する。
シュルツは最初、見慣れぬ女に警戒をしたが、彼女が膝を折り、微笑むと、黙って喉を撫でられる。
ルナマリアもまるで目が見えているかのように的確にシュルツの弱いところを撫でる。
それを見ていてこの人は本当に盲目なのだろうか、という疑念が浮かぶが、ルナマリアはにこりと否定する。
「先ほどから私の行動は少し変でしょう。まるで光があるかのように見えませんか?」
「たしかに目が不自由とはとても思えない」
「子供の頃から目が見えないと、色々と細かい技を覚えるのです」
「技?」
こくりとうなずくルナマリア。
「視力以外の感覚が鋭くなるのです。聴覚や嗅覚などが代表的ですが、触覚も。――そうですね。ウィル様、私が後方を向いたら、右手か左手を挙げてください」
うん、分かった、と素直に左手を挙げると、ルナマリアは後ろを向きながら言う。
「今、左手を挙げていますね。しかも、拳を握りしめたまま」
「な、どうして分かったの!?」
「簡単です。空気の動きです。手を広げたまま挙げると指の間に空気が通って独特の音がします」
「右か左か当てるだけでもすごいのに、そんなことも分かるなんて、すごい」
「すごいかは分かりませんが、幼き頃よりこうして生きているので、生活には不自由しません」
「大変だったね、という同情の言葉は失礼に当たるかもしれないね」
「そうですね。望んで目を潰しましたし、巫女になったことに後悔はありません」
「でも、その盲目の巫女がどうしてこんな場所に?」
「それは最初も言いましたが、私はこの世界を救う勇者を探しているのです。それはあなた様だと思っています」
「僕が……? でも、印が……」
「印など不要です。仮にあっても私には見えません」
盲目ジョークというやつだろうか、この状況下では笑えない。
「私は神の神託を受けました。必ずこの地にこの世界に平和をもたらす勇者がいる、と。そしてそのものはあなた以外考えられません」
「たしかにこの地には人間は僕しかいないけど」
「ならばもはや確実ですね。ささ、勇者様、どうかこのルナマリアと共に世界を救う旅に出てください」
「いきなり言われても」
「そうでした。たしか、神々に育てられたのですよね」
「そうだよ」
「ならばその神々に挨拶に伺います。このルナマリアが従卒としてウィル様を導くお許しを得ます」
「お許しかあ……」
父さんたちの顔を浮かべるが、皆が反対する顔を浮かべる。まだ修行が足りない。
可愛い僕を外に出したくない。この山で一生暮らせ。そのように説得される未来図が浮かぶ。
快く送り出してくれるのは万能の神レウス父さんくらいだろうな、と説明すると、ルナマリアは、
「……そうなのですか。残念です」
と肩を落とす。
が、それも数秒、すぐににこりと言う。
「逆に言えばひとりは賛成してくださるのですよね。ならばその方を頼りましょう。それに最終的に山を下りるのはウィル様が決めること。ウィル様は外の世界を見たいのですよね?」
「……うん、見てみたい」
シュルツにだけ語った決意を彼女にも披露する。
僕は山の外を見てみたかった。
無論、この山は大好きである。大好きな父さんも母さんもいる。
修行や勉強も楽しい。仲間と遊ぶのも大好きだ。
でも、勉強で習う外の世界。
動物たちから聞く外の世界の話を聞くと、どうしても現実の世界を見たくなるのだ。
魔術の神ヴァンダルは、それは僕が人の子であるから、という。
人間というやつは探究心を押し込めるのが難しいのだ。
好奇心を殺すのは神にも不可能、というヴァンダルの言葉を思い出した僕は、結局、ルナマリアの言葉に従うことにした。
いつか好奇心と探究心を剥き出しにして旅立つ日がくる。
ならばそれが今で悪い道理はない。
彼女と一緒に外の世界を旅するのが一番いいように思われたのだ。
そのことをルナマリアに伝えると、彼女は花びらが咲き誇ったかのような笑顔を浮かべた。
同じ年頃の少女が笑うのは初めて見た。ミリア母さんとはまったく違った笑顔だった。
しばしその笑顔に見とれると、僕は彼女の手を引き、山頂へ向かった。
テーブルマウンテンはその名の通り台形の形をしている。
台形の平面部分には広大な森が広がっているが、その中心に神々の宮殿がある。
宮殿と言っても人間の王族が住まうようなものではなく、森の獣たちの力を借りて作ったささやかな建物であるが。
ただ、それぞれの寝室、修練所、図書室、瞑想室などもあり、規模はそれなりにあった。
僕はルナマリアを応接室へ連れて行くと、そこに父さんたちを集めた。
レウスは大空から鷲の姿で舞い降りる。
ローニンは修練所からそのままやってくる。
上半身裸でタオルを肩に掛けている。
ミリアは二番目にやってきたが、ルナマリアの姿を見ると「化粧をしてくる」とどこかに行ってしまう。
ヴァンダルは4番目にやってきたが応接室でもルナマリアに視線をやることなく、書物ばかり読んでいた。
「……変わった父さんたちでごめんね」
代わりに僕が謝るが、ルナマリアは首を横に振る。
「神々なのですから当然です。私こそいきなりお邪魔してしまうという不躾を働いてしまって」
「この山には呼び鈴もないからね。気にしないで」
冗談で彼女を落ち着かせると、化粧を終えて戻ってきたミリアが開口一番に言う。
「うちのウィルはあなたのような小娘には渡せないわ。どんな手練手管で誘惑したかは知らないけど、帰ってちょうだい」
いきなり失礼な発言であるが、ルナマリアは怒った様子もない。
少しだけ口元を緩め、僕に耳打ちしてくる。
「本当のお母様のようですね。嫁、姑問題発生です」
冗談めかして言うが、その冗談はあながち外れてはいなかった。
僕は大きくため息をつくと、
「彼女の名はルナマリア。地母神に仕える盲目の巫女。――僕の初めての友達なんだ。人間の」
と紹介をした。
その言葉を聞いた神々はそれぞれの視線で僕とルナマリアを交互に見た。
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