第18話 ダンジョン攻略・宝漁り

 カイル・ノエという冒険者を、どれくらいに見積もっていただろう?

 控えめで謙遜な、それなりの実力者?

 それとも、自分と同じ低級の駆け出し冒険者?

 むしろと、願っていたかもしれない。


 ……。

 ……信じられない。


 一瞬でもそんなことを考えた自分が恥ずかしい。

「うそでしょ……」

 ため息とともに漏らすと、隣のイアがにっこりした。


 たしかに小鬼コブリンは単体では弱い。

 けれど結構な数がいるし、多くは武器も持っている。

 カイルはそれらをものともせず、風のような速さで屠っていく。


 一振りごとにゴブリンの首が飛び、腕が千切れ、粗末なこん棒や盾が床に転がり、血が壁を黒く染める。

 部屋は奥に長くて、危機を察して増援がやってくる。

 簡素な鎧をまとった一団が、弓矢でカイルを狙う。

「統制とれてるじゃないか」

 まったく、ひるむ様子はない。


「──」

 ゴブリンたちの一斉射撃。

 前に同じような場面に居合わせたことがあった。

 あの時私がもっと早く魔法を放てていたらって後悔して、あとで仲間にもと言われたっけ。


 部屋に展開した光の中に、放たれた矢が舞う。

 その一本たりとも、カイルに届きはしない。

 突風に吹きとばされたみたいに、天井や壁に突き刺さる。

 剣技ソードスキル

 速すぎて分からない。


 前の一団パーティのリーダー、ケルマトは性格最悪だけど強かった……と思う。

 セクハラまがいの行為に辟易しつつも、仕事クエストをしっかりこなすだけの実力はあった。

 でもカイルは……比べ物にならない。

 こんな剣士、見たことがない。


 イアは戦いをおとなしく見守っている。

 青い瞳に不安はまったくない。

 カイルは精霊無しでこの実力なのだろうか?

 契約している以上最低限精霊から力は流れているはずだけど、真価は精霊を“中”に入れたとき。

 イアと一緒になったら、彼は一体どれだけの力を発揮するのだろう?




「終わった。光があって助かったよ」

 戦闘が終わり、剣から血を拭いながらカイルが戻ってくる。

 敵を前にした時の迫力はすっかり消えて、目元に優しさが戻っていた。

「う、うん……お疲れさま」

 我に返って、私はたまり場を隅々まで照らし、続けて“結界セーフ”を展開する。

 

 部屋中にゴブリンの死体が転がっていた。

 魔物の死体はしばらくすると迷宮に還り、放っておけば再出現リポップする可能性がある。

 結界を張ることで場を浄め、攻略完了まで封印クローズするのだ。


「なかなかわるくなかったねぇ、カイル!」

「こんのガキンチョ……」

 じゃれている二人に探知結果を告げる。

 魔物の気配は消えたけれど、部屋の奥の方にいくつかのが感じられた。

「お宝!?」

 イアがっと駆けだすけれど、カイルにさっと首をつかまれる。


「待て。滑り床ですっころんだのを忘れたか」

「ふわぁ~」

 ……大丈夫かなぁ。

 “鳥の精霊シーガル”というわりに全然羽で飛ばないし。



 

 宝漁りトレジャーハントの基本。

 まずは魔物が落としたものを確認、調査。

 全てのお宝に言えることだけれど、“それ自体で使えるもの”を第一に選別する。

 装備品はもちろん、消耗した持ち物と交換できるもの、部品パーツとして使えるもの、使い捨てできるもの……必要に応じて取得する。

 相手が下級のゴブリンとあってめぼしいものは少ないけれど、数体が持っていた回復薬ポーションなんかは

 

 それから“換金できそうなもの”。

 お金にならなきゃ冒険者なんてやってられない。

 貴金属を貯めこむ魔物もいて、ゴブリン程度だといまいちだけど、ときどき希少な硬貨を持っていたりしてあなどれない。

 冒険者たちの遺品を目にしたりすると気が引ける。

 ……とはいえ、“あの世”にお金は持っていけないからね。


 罠を警戒しつつ奥に進んで宝箱を確認した。

 といっても木材を雑に組んだ粗末なものだ。

 ドキドキワクワクの瞬間……と言いたいところだけれど、低階層のお宝なんてが知れてる。

 

「れっつおーぷん!」

「ちったぁ警戒しろ」

 イアを押さえて、カイルが鞘の先で宝箱をつついた。

 私は“その道”の専門ではないけれど、探知魔法でも簡単な罠なら見分けられる。

「まあ、大丈夫ね」


 カイルが箱を開ける。

 結果は……予想通り。

 人の世界の通貨が少しと、ゴブリンたちには価値があるのであろう、獣の骨や牙を使った装飾品がいくつか。

 一つだけあった“魔力石マジックストーン”をもらう。


「これは?」

 宝箱の奥に手をつっこんで、カイルは何かを取り出す。

 小さな棒状のもので、形に彫られている。

「なんだろう、まじないの品か?」

 視線を向けられたけど、私も知らない。

 ただ、似たようなものを目にしたことはある。

「ゴブリンたちの“信仰対象”、だったりして」


 人間と同じように、魔物は特定の神や絶大な力をもつ上位の存在を崇めることがある。

 木や石などに姿を彫ったり、トーテムを建てたりして対象への忠誠心を示すのだ。

「……ちょっと抽象的すぎるわね」

 ゴブリンの手によるものか彫刻はかなり大雑把で、私たちには理解しがたい形状になっている。


「迷宮の“主”の姿かもな」

 換金できそうにないと判断して、カイルは棒を地面に置いた。

 他にめぼしいものもなく、部屋を後にしようとすると、イアが棒をじっと見つめていた。

「イア、行こう」

「あ、うん」


 促されて、イアはとついてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る