第15話:勇者の片鱗


「ゴーレム……なのか?」


 一瞬の静寂に誰かの呟きが響く。

 それを合図にしたかのように誰かが叫び、人々が逃げ始めた。


「みなさん、落ち着いてうわあああああああ」


 必死に観客に声を掛けていた司会者はソレに殴り飛ばされた。


「おい、俺たちも逃げよう!」


 カリストロがそう言って茫然とする俺たちを促した、その時。


――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア


「っやめて」王女が叫んだ。


 それは一瞬の出来事だった。

 跳ねるように観客席に移動したソレは王女を連れ去ってしまった。


 ぼろのマントを羽織り、フードを目深にかぶった顔が一瞬見えた。 ソレは渦巻く角を生やした怪物だ。


「待てえええええええ」


 王女を助けようとカリストロが手を伸ばした。


 それは主人公のセリフだろう。


 俺が横目に見た勇者佐々木は、ただ茫然と一連の様子を傍観していた。 まるでモブのように。



「どうしよう」



 誰かが言った。

 俺たちは避難もできず、かといって王女を助けに行くこともできずにいた。


――助けに行かないと。


――でも危険だ。


――兵士に任せよう。


――俺たちに出来ることなんて無い。


 そんな心の声が聞こえた気がした。


 王女を救って事件を解決できればいい。 しかし物語の主人公のように振る舞えるのは妄想の中だけだ。

 現実に問題が起こって、本当に命を懸ける人間なんて普通じゃない。


 けれど、


「勇者様……?」


 ここに一人いる。


「俺、行くよ」


 思い描いていた舞台に立って、失望して、それでも物語を渇望していた男がいた。


「みんなは避難してて」


 余裕そうに笑う勇者の手は少し震えていた。








 佐々木が王女を追った後、残された俺たちは未だに動けないでいた。


「……こうしててもしょうがないよな」

「……うん、避難しようか」

「そうだよな、俺たちに出来ることなんてないし」


 罪悪感が拭えない。

 誰かの呟きを皮切りに許された空気が漂い、避難するためにが動き出した。


「お前らは追わなくていいの?」


 彼らは勇者を囃し立てていた、それも勇者の仲間にしてくれと言っていた取り巻きたちだ。


 本来なら今こそ立ち上がるべき場面だろう。


「いや、俺はまだ戦えるほどじゃないっていうか」

「うん、そうそうなんだよ」

「アハハハハ、そっかそっか。 じゃあしょうがない」


 自分の命が大事、それは別に悪いことだとは思わない。 けれど気付いているのだろうか。 今、自分たちが岐路に立っていることに。


「でもここで逃げ出すような奴らは勇者の仲間に相応しくないよね。 少なくとも気まずくて今後顔向け出来ないと思うけど」


 本当に勇者の仲間として認められるか。 それともただのクラスメイト(モブ)で関係が終わるかの分かれ道だ。


「本当にいいの?」


 返事はなかった。

 彼らは逃げるように避難していく。


「で、カリストロはもしかして助けに行く気?」


 クラスメイトのいなくなった観客席で、ふてぶてしく座るカリストロ。

 彼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「あいつら殿下ファンクラブの風上にもおけねえ」

「勇者とかは関係ないんだ」

「そんなのどうでもいいんだよ! 俺は殿下を助けに行くんだ! 待ってるだけなんて出来ない!」

「愛だねえ」

「で、お前はどうすんだよ?」

「もちろん行くよ。 楽しみにしてたコンテストをめちゃくちゃにされて俺は怒ってるんだ」

「フランはブレねえなあ」


「じゃあ行くか」と俺たちも遅ればせながら王女を助けに向かう。


 正義なんてどうでもいい。

 今さら物語の登場人物になりたいとも思わない。

 もしも命の危険があれば俺は動かなかっただろう。


 俺には俺の動機がちゃんとある。


 それはまだ誰にも言えない。



***


「一人か」


 僕は後ろを振り返って息を吐いた。


 異世界でヒロインを救うシーンはもっと燃え上がる激情があるものだと思っていた。 けれど僕が感じているのは少しの義務感と見捨てられないという偽善、そして


「怖いよ」


 恐怖だ。


「僕は勇者だ。 だから大丈夫、全部上手くいく」


 自分を鼓舞しても不安はぬぐい切れない。


 物語のように仲間がいれば心強かっただろう。 えり好みせず誘っておくべきだったと後悔した。


(どうしてかな)


 仲間と考えて初めに浮かんだのは、サバイバルが得意で僕を特別扱いしない変わり者の貴族の顔だった。


「もしも彼が来てくれたら」


――絶対に仲間になってもらおう。


 そんなことを考えていたら、少しだけ恐怖が消えていた。



***



 

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