2章:不幸や災難は、連続性を持って襲ってくる。
第6話:時には戦略的撤退も大切である
2日後の水曜日。
一昨日の夕食でしこたま吐き倒したので、昨日は学校を休むことにした。
さすがに1日あれば試食のプロである俺と光樹は回復できたが、双葉の中学の奴らなんて今頃どうしていることやら……考えるだけでも悍ましい。
……あいつの料理って飯テロってよりテロ飯だしな。
『【速報】市内の中学校で複数人が緊急搬送 調理実習での食中毒が原因か』っつってヤホーニュースのトップになってたりしなければ良いんだが……。
「それじゃ、気をつけて帰りたまえ」
わりと本気で心配をしていると、いつの間に来ていたらしい、鳴岡先生がまったく締まらない挨拶でホームルームの終焉を宣告した。
ホームルームに限らず、学校での一般的には何かを締めるとき、教師はたとえ相手が高校生であれ「起立・気をつけ・礼」みたいなお決まりの文句を言わせることが多い。
が、鳴岡先生は仕事に生きる女。そんな無駄なことはしない。
伝達事項があれば簡潔に伝える、なければさっさと帰る。まさに効率のプロフェッショナルである。
……とはいえ、放課後掃除まで生徒に丸投げして帰るのはどうかとは思うが。
そんなことを心の中で考えている間に、先生はさっさと教室から立ち去ってしまった。
そして入れ替わり立ち替わりでやってくるのは、クラスの連中による明後日から始まるゴールデンウィークの話題。
教室を見渡せば、それぞれが属するコミュニティごとに「どこに行く」なり「何をする」なり、ふわふわした、しかし具体的な計画が話し合われているのが目に入る。
……アホか。
いやまぁこいつらがアホなことは元から分かってはいたことだが、にしても休日に休まないとかアホすぎる。
休日は読んで字の如く休む日。休まないなら漢字のお勉強でもしてろ。
だが、彼らが俺の心中をお察しすることはない。その証拠に、奴らはゴールデンウィークの話題で盛り上がりに盛り上がり、声量やテンションは上昇の一途を辿るばかりである。
……黙ってくんねぇかな、マジで。
結局、騒音に耐えかねた俺はすぐさま教室を出た。
と言っても、いつものことだから安心してほしい。そもそも教室なんていう多数派空間は少数派である俺の気質には合わないのだ。
他の教室ではまだHRが終わってないのか、打って変わって廊下は静寂が支配していた。
熱気を帯びた教室から静寂の宿る廊下。その落差で俺の脳も幾分怜悧になる。
歩を進める先は、研究同好会の部室。
部室のある図書館までの道中、俺は片付けなければならない障害を確認する。
直近で処理すべきは中間テスト……つっても別に指定校に興味はないから良いとして。
「やっぱり神崎の件と部員探しだよな……」
知っての通り、俺は研究同好会存続のための部員探しと神崎の恋愛協力をしなければならない。当面はこの2つのタスクを進めていく事になるだろう。
……問題はどちらを先に完遂させるかだが。
「まぁ、部員探しの方が先だよな。終業式までに2人も部員見つけないとだから」
目標を部員探しに固定。とりあえず神崎の人脈をフルに活かして、部活に顔を出さなそうな感じの人を2人紹介してもらおう。
そんなこんな思考しているうちに、図書館の入り口に到着した。
◇
「ねぇ葛岡君、神村君ってゴールデンウィーク空いてるかな?」
……えーっと、なんで俺が知ってると思ったのかね。
遅れてくること15分後。部室に入ってきた神崎は開口一番そんなことを聞いてきた。
ゴールデンウィークの予定が気になっている、ということはおそらく遊びにでも誘おうという算段なのであろう。
……まったく、なんで陽キャは休日に休まないのか。
俺は読んでいたミステリー小説をパタリと閉じる。
「そんなん俺に聞かれても困るんだが。自分で聞いてこいよ」
「む、無理だから君に聞いてるんだけど」
至極真っ当な意見を至極真っ当な意見(?)で返された。そういえばこいつ、神村相手に人格破綻する人間だったっけ。
「部員探しに協力するからいいでしょ? ねっ?」
うざったいほどにグイグイ迫ってくる神崎。しかしなぜだ、不思議と圧力を感じない。
……あぁ、そうか、こいつには圧力を感じるほどの胸が……。
ゲホゲホ、変態扱いされるから言及しないでおこう。
神村に話しかけて予定聞くとか面倒極まりないが、契約は契約だから仕方ない。
「まぁ、それくらいなら良いけど」
「ホント⁈ さっすが葛岡君!」
パァッと輝く笑顔を振りまく神崎。何を持ってさすがなのかはちょっとよく分からないが、まぁいい。聞くだけならどうってことはない。
……そんな神崎を見ていたら、ふと俺の頭にいくつか不安がよぎった。
「でも神崎。お前、神村がいつ空いてるか聞いてどうするんだ?」
「そりゃあどこかデートに行けたらなーって」
この問いに対する答えが遊びなりデートなりに誘うことだというのは想像に容易い。
問題はこのあと。
「……2人で?」
「え、何言ってるの? もちろん葛岡君も行くんだよ?」
「……金は?」
「部費が出るでしょ? 活動の一環って言えば大丈夫だって」
俺の不安、ズバリ的中! 入試とか競馬だったら嬉しいのにちっとも嬉しくない。
……つーか、なんでお前らのデートに同伴することになってんだよ。
前提条件からしてめちゃくちゃだ。訂正しておこう。
「あのなぁ、俺はゴールデンウィークは絶対に休むし、そもそもうちの部活は同好会だから部費なんて出ないぞ?」
「えっ」
……なにも知らなかったのかよこいつ。一周回って何も知らずにここに入ってきたその度胸だけは認めてやりたい。
一転して顔面蒼白になる神崎。
かと思ったらすぐに先ほどまでのニコニコした表情に戻り、再び俺に迫ってきた。
「ねぇ葛岡君、私の恋愛に協力してくれるって約束してくれたよね? お金を掛けないで神村君と行けるデートプラン、考えて」
……ただし、今度は目が笑ってない。ものすごい圧力、というか殺気を感じる。
この場合はなんとかしろと理不尽に命令されているパターンだ。ソースは鳴岡先生。
しかし俺は漢葛岡。ぼっち葛岡。勝ち組葛岡。
このままズルズル行けば休日を奪われてしまう。それは休日も仕事に追われる社畜と同義であり、それすなわち負け組だ。
つまり少数派として、勝ち組として、この休日だけは譲れない! 絶対に負けられない戦いはここにはあるっ!
「嫌だ。めんどくさい。ゴールデンウィークは休む」
「……じゃあ部員探しに協力しない」
「すみませんでしたぁぁぁあ! 協力させて頂きますっ!」
……言っておくがこれは敗北じゃない。戦略的撤退だ。
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