暇つぶし短編集
@tanuki334
恋のキューピット
「そういえばさ、中井さんの事どう思ってるんだよ」
隼人はシャーペンを机に置き、亮史に尋ねた。
「今は関係ないだろう。試験日はもう明日だぞ」
そういうと亮史はプリントにマーカーを引いた。高校二年の隼人と亮史はファーストフード店で期末テストの勉強をしている。
「俺はうまくいくと思うよ、中井さんと」
「え、なんでそう思う」
亮史は手を止め、顔を上げた。
「なんとなくだよ。ただの勘さ」
亮史は「なんだよ」とそっけなく返したが、その顔にバツの悪そうな表情が浮かんでいた。
夕方、亮史と別れた後、隼人は人気のないビルの屋上にいた。そこには長身でスーツ姿の男性がベンチに座っており、隼人は軽く会釈をするとその隣に座った。
「国見さん、やっぱり武田亮史は中井弘子の事が好きみたいです」
「そうか、ご苦労だった」
国見は、スーツの胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。風のない二人だけの屋上では、ライターの音が良く聞こえた。
二〇三〇年、日本政府は少子化対策として、恋愛庁を創設した。恋愛庁は表向きではお見合や婚活を支える組織だが、裏ではある活動を行っている。それは両想いの男女が交際できるよう機与えるというものだ。例えば好意のある者同士を同じクラスにしたり、イベント等の座席を近くにしたりと、国民に気が付かれないよう操作を行っている。国見は、恋愛庁の職員として秘密裏に調査や工作を行ってる。一方隼人は学費を稼ぐため、厳しい審査や面接を乗り越え、学生ながら恋愛庁への情報提供を行っている。当然身内にも内緒で、母親は特待枠で学費が免除になっていると思っている。
「やっぱり、人間恋からは逃れられないな」
煙を吐きながら突然に国見が切り出した。
「どういうことですか」
「俺はこの仕事に就いた時、こんなバカげたやり方で本当に効果が出るのかと思ったよ」
「まあ確かに、恋のキューピットを本当にやろうなんて思いませんよね」
隼人は鼻で笑ったが、国見は真剣な顔をして薄暗い空を見上げていた。
「ふざけたやり方だが、俺の予想とは反して効果はてきめんだった。面白いようにカップルが出来て行ってね。それだけじゃなく、今まで恋愛を拒否していた人たちまで楽しそうにデートしてたぜ」
国見は携帯灰皿に煙草を入れ、咳払いを一つした。
「結局、恋愛離れってのは最初の一歩を踏み出す勇気がないだけで、皆それの言い訳を探していただけだ。俺はきっかけさえあればどんな人でも恋に溺れるのをこの目で見た」
「だから恋からは逃げられない、というわけなんですね」
隼人は国見の言葉について考えた。けれども恋人がいたことのない隼人の頭には何の映像も浮かばない。
「そうだ、隼人君にこれをあげようと思っていてね」
国見は不意にスーツの内ポケットからチケットを一枚取り出した。それは隼人の見たがっていたアクション映画のチケットだった。
「それって、昨日公開の映画じゃないですか」
「同僚が彼女に振られて余ってしまってね。それで隼人君が公開を待ち遠しくしているのを思い出してね」
「ありがとうございます」
隼人は賞状をもらうかのようチケットを両手で受け取った。
「それじゃあ、また頼むよ」
国見は立ち上がり、出口のドアを開けた。
試験も終わり、初めてのんびりできる休日がやってきた。隼人はチケットの日付を確認し家を出発した。亮史も誘ったが、中井弘子と二人で約束があるとメールがあった。
映画の余韻に浸りながら隼人は売店でグッズを見ていた。こういう場所の商品は大体買っても使わないのについつい見てしまう。
「高橋君だよね」
声に振り返ると、隼人が迷っているキーホルダーを持った女性が立っていた。同じクラスの大沢千裕であった。
「そうだけど」
急な出来事で次の言葉を探している時、国見の言葉が脳裏に浮かんだ。恋からは逃れられない。隼人はやられたと思った。たまたまチケットが余ったわけじゃない。国見さんは調べたうえわざと自分にチケットを渡したのだと。僕にきっかけを与えるため。隼人は恥ずかしくなり耳が熱くなるのを感じた。
「そのキーホルダーいいよね」
「そうだけど、鞄に着けるにはちょっと重いかな」
いろんなことで頭がいっぱいの隼人はただ他愛もない話をすることしかできなかった。
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